最近行ったコンサート (1998年)

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ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団日本公演(1998年10月16日、ザ・シンフォニーホール)

曲目
マーラー・交響曲第3番
管弦楽
ベルリンフィルハーモニー管弦楽団(コンサートマスター:安永徹)
指揮
クラウディオ・アバド
アルト独唱
アンナ・ラーソン
女声合唱
アーノルト・シェーンベルク合唱団
児童合唱
東京少年少女合唱隊
ベルリンフィルは相変わらずとんでもないヴィルトゥオーゾ集団であった。 第1楽章でホルンがどんだけぶん鳴らそうが、 絶対それに負けずに存在を主張する弦楽(特にバイオリン)。 ここぞという時は3人がかりでぶち鳴らされるシンバル。 完璧としか言いようのない第3楽章のポストホルンのソロ。 第4楽章での最弱奏でも全く乱れないコントラバス。 第6楽章においても最弱奏から最強奏まで文句のつけようのない弦楽合奏。 しかし今回最も印象に残ったのは木管楽器。 どの奏者も、 自分のパートを高い技術に裏打ちされた自信の元に決然と演奏していた。 特にオーボエのソロは非常に美しくエロチックですらあった (第4楽章ではちょっとくどいと思わないでもなかったが)。

先に書いた通り「ベルリンフィルのすさまじいテクニック」 を堪能するという点では文句のないコンサートであったが、 「マーラーの演奏」という点では疑問符を付けざるをえなかった。 確かに非常に良く整っていた演奏であったし、 変な力みなどや、 指揮者が作曲家を押し退けて主張する不自然さといったところもなかったが、 逆に雷に打たれるような衝撃や、すさまじい緊張感、 至福の感情といったものを持つこともあまりなかった。 4年前に9番をベルリンフィルで聴いた時には、 初めてベルリンフィルを聴いたこともあってとてつもない衝撃を受けたのだが、 今回はベルリンフィルも4回目で耳が慣れてしまったのと、 席が壁際であまり良くなかった(1階M列39番)のとから そういう印象を持ってしまったのかもしれない。 自分がマーラーに対する思い入れが強いから どうしても辛い点をつけてしまうのかもしれないが、 はっきり言えばアバドよりいいマーラーを聴かせる指揮者はいくらでもいるのである。 ベルリンフィルのマーラーを聴くのなら、 アバドの次にサイモン・ラトルが就任するのを待つしかないんですかね (5月に聴いたラトル指揮の7番はまさに「衝撃」であった)。 あと、アールノト・シェーンベルク合唱団は、 女声3パートあるにもかかわらず25人しかいなかった。 それでも声量不足ということはなく完璧に歌っていたが、 もうちょっと心理的にマスを感じさせる人数が欲しかった。 それから、児童合唱はできればウィーン少年合唱団を連れて来てほしかったが、 それは贅沢というもんなんでしょうな。

それから、相変わらず高いプログラムはなんとかならんのか。 32,000円の大枚をはたいて来とるというのに、 なんでまたプログラムに2,000円も払わなあかんのや。 そんだけの金取るんやったら、演奏される曲に関する 新研究を載せるとかそれくらいのことしたらんかい。

あと、アルトのラーソンはアバドよりでかかった。 それから、独唱は普通指揮者の横で歌うのだが、 今回はオーケストラの中に埋没して歌っていたのにはちょっと驚き。 彼女の独唱は非常によろしかった。

(1998年10月18日執筆)


小松亮太「ブエノスアイレスの夏」(1998年9月19日,大阪厚生年金会舘中ホール)

演奏者
小松亮太(バンドネオン)、フェルナンド・スアレス・パス(ヴァイオリン)、 パブロ・シーグレル(ピアノ)、エクトル・コンソーレ(ベース)、 オラシオ・マルビチーノ(ギター)
曲目
ブエノスアイレスの夏、ブエノスアイレスの冬、 鮫、アディオス・ノニーノ、天使のミロンガ、天使の死など
厚生年金会舘に行くのは今回が初めてだったが、 行ってみると高校生から二十歳くらいの男がなぜか異常にうろうろしていた。 ダフ屋のおばちゃんまでおるし。 「こんなマニアックなコンサートにこんなに人が集まるか?」と思ったが、 謎はすぐに解けた。國府田マリ子 (私はこの人は名前しか知らんのだが、 声優か何かをやってる結構有名な人だったと思う) のイベントが大ホールであったのだ。

開場を待って入ると実は結構こちらも人は多い。 マニアックなコンサートとは言え、 小松亮太はNHKの「トップランナー」に出たことがあることもあり、 やはり注目してた人は多かったのだろう。会場はほぼ満席。 小松亮太はほかの演奏者に囲まれてかなり小さく見えた。

アストル・ピアソラのタンゴを中心に14曲が演奏されたのだが、 演奏が始まって驚いた(というよりショックを受けた)のは、 純粋にアコースティックではなかったこと。 音のバランスなどを考えたらスピーカーの使用はやむをえないのかもしれないが、 普段クラシックの演奏会しか行ったことのない人間にとっては、 音が楽器のあるところと別のところから出ているような気がして辛いものがあった。 それに、ピアノの音がスピーカーを通すと非常に濁って聞こえたのも残念であった。 しかし、曲も演奏も非常に洗練されたカッコいいもので、 聴いていてただただその魅力に感嘆させられるのみであった。 特に小松亮太の真摯な演奏ぶりは美しくすらあった。 ピアソラの曲は、 非常にリズミカルでカッコいいのに とてつもなく悲しい響きがするのが大きな魅力であり、 そういったところが見事に表現されていた (小松以外はピアソラとずっとcollaborateしてきたので当たり前なのだが)。 あと、小松亮太が曲の紹介をしたり演奏者の紹介をしたりするのも、 ほとんど言葉を発しないクラシックの演奏家ばかり見てきた私にとっては新鮮であった。


バーミンガム市交響楽団(1998年5月28日,ザ・シンフォニーホール)

曲目
メンデルスゾーン:ヴァイオリン協奏曲
マーラー:交響曲第7番
指揮
サー・サイモン・ラトル
独奏vn.
イダ・ヘンデル

メンデルスゾーンについては例によって論評はパス。 ただ、イダ・ヘンデルのヴァイオリンは非常に柔らかい響きであった。 協奏曲のあとはヴァイオリン独奏のアンコール (曲名はわからん。ラトルはオケの後ろの方にちょこんと座って聴いていた)。 どんな激しいphraseも高音も、全く濁りもきしみもなくあくまで柔らかに響くのには 感嘆させられた(ヴァイオリンはストラディヴァリウスらしい)。

後半のマーラーは素晴らしいの一言に尽きた。 ラトルの指揮 (メンデルスゾーンは楽譜を見ながらであったが、マーラーは暗譜であった) は、深い理解と共感に基づく、非常に自然でスケールの大きいものであったし、 オーケストラも各パートの有機的なつながりが見事に保たれ、 非常に奥行きの深い響きを醸し出していた (オーケストラの配置は、コントラバスを第1ヴァイオリンの後ろに置くという 少し特殊なものであった)。 特に第1,2楽章は、最初の音からぐいぐいと耳を引き込んで全く離さない、 ほとんど「悪魔的」とも言えるような魅力をもった演奏であった。 これだけいい意味でどきどきさせられる演奏は、 自分のコンサート経験でも初めてであった。 自分のマーラー経験としても、 4年前にアバド・ベルリンフィルで聴いた9番と比類できる 素晴らしいものであったと思う。

演奏が終ったあとの会場はすさまじい熱気で、 オーケストラが引っ込んだあとも、拍手に答えてラトルは2回も舞台に一人で登場した。 ラトルはウィーンフィルとマーラーをやって大成功を収めた時と同じように、 楽譜を高々と掲げてマーラーに敬意を表していた。 あと、前の方にいた何人かはラトルと握手していたのが非常に羨ましかった。

(1998年5月29日執筆)


京響第402回定期演奏会(1998年3月6日,京都コンサートホール)

曲目
R.シュトラウス:4つの最後の歌
マーラー:交響曲第5番
指揮
井上道義
ソプラノ
中丸三千繪

井上道義が京響の常任として迎える最後のコンサート。 KBS京都のニュースでは、 10分くらい時間を割いてこのコンサートの模様と井上道義へのインタビューを放送していた。

R.シュトラウスについてはコメントできない。 やはりちゃんと予習をしていくべきであった(CD聞いたんが当日の昼やもんなあ)。 ただ、中丸三千繪が最初の方であまり声が出てなかったような気がするが気のせいか?

マーラーについては、井上道義が常任として振る最後のコンサートなので、 さぞかし気合いの入った演奏になるであろうと思ってたのだが、 どうも最初の方は満足できなかった。 どうもこわごわと弾いているようで、マスとしてのパワーが感じられないし、 パワーがあっても楽器間のバランスがよくなかったりするのだ。 繊細な表現の部分は決して悪くなかったのだが、 激しい表現をきっちり演奏し切ってこそ、 そういったマーラーの緻密な繊細さが生きるのになあ、、、

などと思いながら聴いていたのだが、 最終楽章はそんな私の不満を吹き飛ばして余りある素晴らしい演奏であった。 技術、表現、パワー、どの面から見てもほとんど完璧と言えたのではないかと思う。 少なくとも、「最後に帳尻を合わせる」 などという発想でできるようなレベルの演奏ではなかった。

終演後の井上道義に対する聴衆の拍手はすさまじいものがあった。 井上道義はやはり特異な才能の持ち主であったことが改めて確認できただけに、 「就任期間が長い」というだけの理由で 井上道義を切った京都市の役人に対する怒りが再びこみ上げてきたとともに、 もっと井上道義の京響を聞いておくべきであったという後悔の念 (8年も常任をやってたのに、数回しか行ってない。 意欲的なプログラムも組んでいたのに)を強くした。

(1998年3月7日執筆)


最近行ったコンサート
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