10.ニッケル博士の心霊現象謎解き講座


「数えきれないほど幾度も幻の手が出現し、われわれはそれに触れた。・・・その間・・・彼女の両手は両脇にいる者によっておさえられていたのである」
パラディーノを調査したミラノ委員会の報告

O:ヴィクター、この本を知ってるか?

ヴィ:えー、なんです、「ニッケル博士の心霊現象謎解き講座」。ああ、これですか。

O:なんだ、知ってるのか。それなら話は早い。で、ここにパラディーノっていう霊媒が偽者だというちゃんとした証拠が載っているんだが。確かこの前、この霊媒は本物だとか言ってなかったっけ。

ヴィ:とにかくこの本はひどいものですよ。少なくとも心霊関係については。結局この著者は超常現象すべてを否定したいのです。それを実現するために、彼は自分の主張に有利な証拠だけを提示して読者を説得しようとしています。

O:なるほど、じゃあ君はここに書かれていることを嘘だと言うわけだ。

ヴィ:勘違いしないでください。彼が提示している証拠に嘘はないと思います。例えばパラディーノがトリックを見つけられた話が載っていますが、これは間違いのないものでしょう。

O:??? 何か矛盾してないか?

ヴィ:彼女は真正の霊媒であると共に、ごまかしをたくさん行なった霊媒としても有名なのです。そのごまかしについて詳しく述べる前に、彼女が例えばどのような現象を起こしてきたか紹介しましょう。


O:ほう、すごいもんだな。で、彼女もサイババと同様に、本物の能力者でありながらトリックもやってきたと言いたいわけ?

ヴィ:彼女の場合には、真性の現象と偽の現象の両方を起こしたことを示す証拠がふんだんにあります。

 彼女の能力は各国の何十人もの科学者たちによって20年以上調べ上げられ、先入観のない正しい調査をした科学者は皆、パラディーノの能力が本物であることを認めました。その一方で、調査をしたすべての科学者たちが彼女のごまかし、もしくはごまかそうとする試みに出会ってきたのです。SPRの研究チームは、実験中に意識的に彼女の手足を自由にしてやることによって、どのようなときにごまかしが起きるのかを調査しました。その結果、彼女の能力を本物と認めているSPRのマイヤーズはこのように述べています;

「不正行為は、通常の意識状態と完全にトランス状態になっているとき、この両方において起きたのだ。」


 このトランス状態、つまり無意識の状態でなぜごまかしが起きるのかについて、パラディーノをパリに招待して調査したフラマリオンは次のように言っています;

「実験の翌日、ときには翌々日まで彼女はよく体調を崩し、何を食べても吐いてしまう状態になる。そのため何らかの超常現象を要求されたとき、不正手段を用いてそれを実現することが可能であれば、多大な体力を消耗するよりはそちらを選ぶのではないかと推測できる。その方法なら疲れ果ててしまうことはないし、彼女自身も楽しめる。」


 フラマリオンは、この考えが頭の奥深くまで刷り込まれているので彼女は無意識状態でもごまかしを試みるのだ、と言っているわけです。パラディーノは自分の評判が危うくなってきてから「私にごまかしをさせないで」と述べたことがあります。この言葉は、もう意識的には不正をやるつもりはないが、実験条件がゆるいと無意識に不正をやってしまう可能性があるためにでてきたものと思われます。

 1898年12月に、リシェ博士はパラディーノの評判を取り戻すための実験を企画しました。十分よく見える明かりの中で手足を出席者に押さえられたパラディーノは、実験に参加していたマイヤーズに、これから起きることに細心の注意を払って見届けて欲しい、と何度も言い続けました。スイスのフルールノワ博士は、この条件の基で、どんな物理法則でも説明不可能な現象を確かに見たと述べています。結局、パラディーノの能力に対する各研究者の最終評価は、一度のごまかしだけですべてを結論付けてしまう短絡的な一部の研究者を除いて、疑いの余地なく真正なものとなっています。

O:なるほどね。わかった。

ヴィ:何がですか?

O:皆そんな風にして自分を正当化しようとするわけだ。変に地位があるだけに、一度本物だと認めてしまったものが偽者だとわかったからと言って、そう簡単に意見をくつがえすわけにはいかない。そして、確かにトリックをすることもあるが基本的に本物であることには変わりない、という妙な結論を持ち出してくるんだな。ヴィクター、君がサイババに対して同様な結論をくだしたくなった気持ちがよくわかるよ。

ヴィ:感情的な世間体を取り繕ったうそと、論理的思考が生む当然の帰結を一緒にしないでください。

O:いいんだ。そんな難しい言い方をしてむきにならなくても。私にはヴィクターの気持ちが理解できるよ。

ヴィ:私のどんな気持ちが理解できたというのですか。私が今、世界で一番嫌いになりかけている相手が誰かわかったとでも言うのでしょうか。

O:うん、それは何となくわかるな。でも、その相手は君を嫌っていないぞ。むしろ、哀れんでいる。

(険しい目で教授を睨み付けるヴィクターに対して、O教授の目はあくまで冷ややかだ)

ヴィ:とにかく、私は自信を持ってこういうことができます。ニッケル博士の態度は科学的ではありません! 当時のたくさんの研究者が、パラディーノは本物と偽物の現象を両方起こすと認識していた中で、その実情を今の読者に伝えずに一方的に偽者だと決めつけるのは、正に名誉毀損とさえ言えます。

O:でも基本的に嘘を言っているわけではないんでしょう。まあいいじゃないか。少しくらいはそういう面があったって。

ヴィ:ところが「少し」どころではないのです。この本ではフォックス姉妹も偽者だとしているので、それについても言っておきましょう。

O:ちょっと待った。フォックス姉妹とは何者だ?

ヴィ:そうですね。それでは、この事件について詳しく述べてみましょう。

 <ハイズヴィル事件>
 ニューヨーク州にあるハイズヴィル村にフォックス一家が引っ越してきたのは1847年の12月。彼らが住むことになった木造の家屋は、これまで住んでいた一家が、不思議な物音がして気味が悪いと言って出ていった後だった。移り住んでしばらくは何もなかったが、翌年の3月半ばからラップ音(何かを叩くような音)がし始め、見えない力でベッドが揺り動かされるようなこともでてきたのである。この事件の同年にその記録が、近所一帯の有力者デュースラーの指導の下に作成され、「ジョン・D・フォックス氏の家に起きた不思議な騒音についての報告」という名で出版されている。その中に収められたフォックス夫妻とデュースラーの証言によれば、事件は次のようなものであった。

 1848年3月31日金曜日の夜、フォックス夫人は度重なるラップ音に睡眠不足になっていて、この日は暗くなるかならないうちにベッドに入った。この夜の最初のラップ音が始まったとき、別のベッドに寝ていた子供のケイト(1841−1892)がふと思いつき「名無しの足音さん、私と同じようにしてごらん(Mr. Spiritfoot, do as I do.)」と言いながら指を鳴らした。するとただちに同じ回数のラップ音がとどろいたのである。次に姉のマーガレット(1838−1893)が「今度は私のする通りにしてごらん。数えるのよ。ひとつ、二つ、三つ、四つ」と言いながら手を打つと、ラップ音もその通りにした。そのときフォックス夫人は、他人には答えることのできないテストを課してみることを思いつき、彼女の子供達の年齢を順々に音の数で示すことを求めた。ラップ音は正確に、それぞれの年齢を区別するために十分な合間を置いて与えられ、七人目になってより長い休止の後に三つの音が与えられた。これは一番末の死んだ子の年齢にあたっている。

 夫人は引き続き「人間なのか」と聞いたがラップ音はしない。「霊なのですか。もしそうなら二つのラップ音を鳴らしてください」との問いに、ただちに二つのラップ音が返された。このように質問を繰り返す中で、近所の人にも聞かせてやりたいがラップ音を続けてくれるか、と尋ねたところ、ラップ音は肯定を意味して高く鳴った。呼び寄せられた隣家のレッドフィールド夫人は、現象を確かめるとデュースラー夫妻を含む数人の人を呼び寄せ、終いには川で釣りをしていた人々までが呼びこまれ、大勢の人が終夜この家にいて、目に見えないものとの対話を続けたのである。フォックス夫人と子供達はこの時点で家を出て他所にいたが、夫のフォックス氏は終夜この家に留まっていた。次の日の土曜日には、家は人であふれるばかりで、このときには300人以上の人々が来ていたと言われている。昼間のうちはおさまっていたラップ音も、夕方になると再び始まった。日曜日の午前には、昼間なのに来ていた人々の全てがラップ音を聞いている。このようにして、この目に見えない存在から得られた情報によって、この霊はチャールズ・B・ロスマという名の行商人で、5年前の火曜日の夜12時に東側の寝室で殺されたこと、肉切り包丁で喉を切られたこと、所持金500ドルを奪われたこと、死体は地下室に運ばれ翌日の夜に埋められたこと、地表から10フィート(約3m)下に埋められたことなどが確かめられた。

 地下室の発掘は直ちに行われたが涌き水のために一旦中止され、その年の夏になって再開された。この時に掘り出された毛髪と歯、少量の骨は、医学の専門家によって確かに人間のものとされている。ただし骨が少量であったため、事件の裏づけとしては不充分であった。

 一方、殺人の下手人として最も疑われた、当時の在住者であるベル夫妻は、近隣の住民達に人格証明書に署名してもらい身の潔白を証明する努力を懸命にしている。しかし当時お手伝いだった女性の話によれば、行商人が来て泊まったことは確かにあり、その日彼女は家に帰るように言われて暇をもらい、翌日戻ったときには、行商人はすでに出発したと告げられたと言う。とはいえ、チャールズ・B・ロスマなる人物の身元は判明せず、あったかどうかわからない5年前の殺人事件に対して、あらためて捜査が始まるということはなかった。

 行商人の死体と思われるものが発見されたのはそれから56年経ってからである。1904年11月23日付けのボストン・ジャーナルは、ハイズヴィルの「幽霊屋敷」の地下室に入りこんで遊んでいた少年達が、地下室の壁が崩れて人骨らしきものが見えているのを報告したのがきっかけで、この壁が二重壁であったことが判明し、そこからほぼ一体分の人骨と、行商人用のブリキ製の箱が発見されたと報じた。

 フォックス姉妹たちは事件の渦中から逃れるため、それぞれ別の地に住む兄弟の家に身を寄せたが、怪現象はその行先でも起こった。ラップ音が姉妹に着いて来る事がわかると、やがて彼女たちは観衆の前に招かれその力を実演するようになったのだ。これが大成功を収めると今度は実演ツアーの話が持ちあがり、ハイズヴィルの事件時にはすでに嫁いで家を出ていた姉のリーも自分に霊能力があることを発見し、これに加わることになった。この三姉妹は相次いで職業霊媒となって各地で実演を繰り返し、当時の学者たちの各種実験にも協力して確実な評価を得ている。


O:いいな。霊媒三姉妹か。そんなのがいたら是非ともつきっきりで調査したいものだ。その姉妹は美人だったの?

ヴィ:写真はこれです。

O:・・・。平安美人ってとこかな。

ヴィ:何です、その平安美人というのは?

O:いやなに、平安時代は下ぶくれが美人の基準だったということだ。さて、それはともかく、それだけ実演を繰り返して学者にも協力した彼らがなぜ偽者なのかな。ニッケル博士の本には、自分たちが偽者だと告白した事実が載っていたが。これは嘘なのか?

ヴィ:1888年10月、マーガレットとケイトの二人はニューヨークの音楽アカデミーの会合で舞台に立ち、爆弾発言を行いました。彼女達はラップ音の実演をした後、それがトリックであること、スピリチュアリズムそのものが詐欺であることを公表したのです。この発言の背景には、長女のリーとこの二人との不和があげられます。当時、マーガレットとケイトはすでに50代で、二人とも未亡人となり酒におぼれていました。酒浸りのケイトは、児童虐待防止法によって子供達から引き離され、長女のリーと子供の管理権の問題で対立していました。マーガレットは、大酒のみで生計の苦しかった彼女を厳しく非難するリーを憎み、仕返しの機会をねらっていました。最終的にこの二人は、ラップ音はでっちあげであることを示すことにより、職業霊媒として成功していた姉のリーの立場を貶めようとしたのです。告白の報酬としてスピリチュアリズム反対派から受け取った1500ドルの大半は、すぐにまた酒に消えたといいます。この告白をお膳立てした記者ルーベン・ダヴェンポートはさらに「The Death Blow to Spiritualism(スピリチュアリズムへの致命的打撃)- 1889」という本を著しています。

 マーガレットは一年半後に前言を撤回し、当時生活が窮乏していたこと、姉への強い反感から精神不安定だったこと、それを利用したスピリチュアリズムに反対する人達の策謀などを原因としてあげています。その後は二人ともラップ音は全て本当であったと生涯主張し続けました。マーガレットの死を看取った夫人の話によると、ニューヨークの貧しいアパートの寝室の天井や壁、床から、死ぬ間際までラップ音が鳴り続けたそうです。

 そう、私が言いたいのは、ニッケル博士が姉妹の告白を紹介し、すべてがこの姉妹によるトリックだったとするのなら、まず次の事柄について説明をしなければなりません。


 この事件は調べれば調べるほど迷宮入りに、果てしなくグレーになっていきます。しかし、ハイズヴィル事件に限らずに当時の状況、その後の研究歴史、そして現代における現象を詳しく調べていけば、ラップ音とは超常現象なのだと結論が出ます。そして再びフォックス姉妹の件を調べ直すと、かなりグレーの部分はあるが、本物だと思うのが妥当ではないかという結論が出ます。それを調べもせずに姉妹が偽者だと述べるのは、最初から結果の決まっている魔女裁判をしているようなものです。ところがニッケル博士は、このような態度を取っておきながら序文には「対象にオープンな気持ちで向かい、 ― 略 ― 盲目的な信奉者ではなく、頑なな否定論者でもなく、あらかじめ結論を用意しない『調査者』として事実を追うつもりだ」と書いているのです。

 結局彼の頭の中にはあらかじめ結論ができているのです。そのため、フォックス姉妹が偽者であることを示唆するような証拠がひとつでもあれば、それに飛びついて狂喜し、もはや他の証拠類を吟味しようとはしません。私はこの本に取り扱われている他の分野について詳しくありませんが、心霊の項を見る限り、他の部分も読む価値がないと判断せざるを得ないでしょう。

O:そうだな。確かに片手おちの調査で結論付けてしまった本だとは言えるのかもしれない。ただし、ちゃんとした調査をしても同じ結果が出たとは思うがな。しかし、それにしてもヴィクター、君は彼と同じことをしているのに気づかないか。

ヴィ:???

O:ニッケル博士はパラディーノやフォックス姉妹の一部を見て、それ以上調べるのをやめ、彼らが偽者だと結論した。一方ヴィクターは、心霊の項がいい加減だからと言って、他の項も読む価値がないと言っている。同じ間違いをしていないか。

ヴィ:そうですね、教授。一章から会話を続けてきて初めてまともな言い分を聞いた気がします。

O:君は喧嘩を売りたいのかね。

ヴィ:いいえ、そんな気は全然ありません。私は教授を大好きですよ。

O:しかし君のその目は、とても好意を持っている相手に向ける目ではないぞ。

ヴィ:きっと、日本とオーストラリアの文化的な違いでしょう・・・。

弁護士の論じる死後の世界


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