HOME主人敬白応接間ことばイラスト秘密部屋記帳所

「ひとりごと」目次へ
前へ次へ
きょうのことばメモへ三省堂国語辞典
email:
99.02.03

モーニング娘。は文か

 アイドルグループの「モーニング娘。」は、1998年1月に「モーニングコーヒー」でデビュー、年末には「抱いてHOLD ON ME!」で「紅白歌合戦」にも初出場しました。
 この「モーニング娘。」というグループ名ですが、終わりに「。」がついています。名前に「。」がつくというような例は見たことがありません。ふつうは、文の終わりに「。」がつきます。すると、「モーニング娘。」は、全体を一文と考えていいということでしょうか。
 中学校教科書の記述の元になっている橋本進吉の説をみると、発音を手がかりに、文の条件がまとめてあります。それによると、

一、文は音の連続である。
二、文の前後には必ず音の切れ目がある。
三、文の終には特殊の音調が加はる。(『国語法研究』)

という外形的特徴を備えているということです。
 「モーニング娘。」の場合、

「モーニング娘。」が「紅白歌合戦」に出場した。

と言うとき、別に「娘。」の後で音は切れないし、特殊の音調(イントネーション)が加わることもないので、文でないようにも思われます。ただ、この例は「『寝るより楽はない。』が僕の座右の銘だ。」という場合と同じく、「モーニング娘。」という文が他の文に引用されているとも考えられます。橋本の基準だけでははっきりしません。
 別の考え方をしてみましょう。「あっ、犬。」とか「はい、お釣り。」いうようなのも文であることは理解しやすいでしょう。釣り銭を忘れて出ていく客に向かって、店員は「お釣り!」と叫ぶかもしれません。この「お釣り!」も文です。
 とすれば、「モーニング娘。」も、「私たち、モーニング娘よ。」とか「はい、モーニング娘よ。」とかいうような文が「モーニング娘。」という形をとったとみてもいいでしょう。松下大三郎は「蛙とびこむ水の音。」などを「直観断句」と名付け、また時枝誠記(もとき)は「独立格」としていずれも文相当としています。「モーニング娘。」もこれと同じものではないでしょうか。
 「ほんとかね?」と言われそうです。では、北野武監督の映画のタイトル「あの夏、いちばん静かな海。(1991)はどうか。これも「あの夏の、いちばん静かな海よ!」というような意味と考えれば、文と考えられます。
 テレビドラマの「いいひと。(フジテレビ 1997)も、たとえば「あなた、いいひとね。」の意で「いいひと。」と言っているならば文でしょう。

 調べてみると、こういうふうにタイトルに「。」を付けたものはけっこうあります。
 曲名では「君に、胸キュン。(YMO 1983)、「Return to Myself 〜しない、しない、ナツ。(浜田麻里 1989)、「どんなときも。(槇原敬之 1991)、「サンキュ.(Dreams Come True 1995)ここでキスして。(椎名林檎 1999)、「あのつくことば。(広末涼子 1999)、「君んち。(篠原ともえ 1999)など。
 映画では「どっちにするの。(金子修介監督 1989)、「あひるのうたがきこえてくるよ。(椎名誠監督 1993)など。
 テレビ番組では「僕が彼女に、借金をした理由。(TBS 1994)、「甘い生活。(日本テレビ 1999)、「とりあえずイイ感じ。(日本テレビ 1999)、「てれごじ。(NHK松山 1999〜)など。
 書籍では『私、小市民の味方です。(村松友視・山藤章二 1984)、『とれたての短歌です。(俵万智・浅井慎平 1987)、『すべての男は消耗品である。(村上龍 1987)、『恋、がんばって。(俵万智・岡本真夜・竹内夕紀 1998)、『2組のお友達。(一條裕子 1999)、『俺、南進して。(荒木惟経・町田康 1999)、『ますの。(枡野浩一 1999)などがあります。
 『私、小市民の味方です。』のように「です」がついていると、文としてかなり安定しているようです。これらと「モーニング娘。」の間に区別を付けるのはちょっと難しいでしょう。

 「。」を付けることで、付けないときと何が変わるかというと、発言者の顔が見えてくるというところです。
 塀に「駐車厳禁」と「。」なしで書いてあれば、これは単なる「○に斜線」の標識とそう変わりません。「東西南北」「前後左右」などと同じ無機的な四字熟語です。しかし、「駐車厳禁。」というふうに「。」を付ければ、書き手の顔が(どんな人の顔かは想像するしかないけれど)文字のむこうに浮かび上がってきます。さらに、「駐車しないでください」のように「ください」という依頼の形をとると、いっそう発言者の顔がはっきりします。もうこの段階では、「。」がなくても明らかに文です。
 このように、「だれかがだれかに向かって発言していますよ」ということを示す機能を文の「陳述機能」と呼ぶことにしましょう。この陳述の存在をはっきりさせるのが「。」です。

(2000.07.11 改訂。「君に、胸キュン。」の例は、TS氏のreminderにより追加しました。)

●この文章は、大幅に加筆訂正して拙著『遊ぶ日本語 不思議な日本語』(岩波アクティブ新書 2003.06)に収録しました。そちらもどうぞご覧ください。

「ひとりごと」目次へ
前へ次へ
きょうのことばメモへ ご感想をお聞かせいただければありがたく存じます。
email:

Copyright(C) Yeemar 1999. All rights reserved.