HOME主人敬白応接間ことばイラスト秘密部屋記帳所

「ひとりごと」目次へ
前へ次へ
きょうのことばメモへ三省堂国語辞典
email:
99.02.02

81番さま

 ファストフード店やファミリーレストラン、コンビニエンスストアといったところでの店員さんの対応は、よく批判のタネになっていますが、今回もそういう話。
 営団地下鉄早稲田駅に近いあるハンバーガーショップで、遅い朝食を買っていました。ここのハンバーガーはうまいので、僕はひいきにしているのです。
 いくつかの品を注文したあと、できあがるまで待ってくれということで番号のついた紙を渡されました。そこには「81」と書いてあります。
 しばらくして呼ばれました。
81番さま。お待たせしました」
 一瞬、僕は自分がスパイか囚人かなんぞになったような気がした。人を番号で呼ぶ法があるもんか。「さま」をつければいいというものでもないでしょう。
 短く迷った末、抗議することを決意。
「おねえさん、その〈81番さま〉ってのはやめてくれませんかね。皆さんで何かいい呼び方を相談してください」
 こういう苦情を言うようになるとは、トシを感じますな。しかしここまでになったのは、以前の経験からの反省があるからです。
 近所に、これもうまいトンカツ屋のチェーン店があります。キャベツなんかを無料でお代わりをしてくれて、ありがたいのですが、いつのころからか応対のことばがヘンになってきた。
「いらっしゃいませ。お煙草はお吸いになられますか
「吸いません」
「では、禁煙席へどうぞ。(奥に向かって)1名さま入りまーす
 ここでガクッ、と来るね。パチンコ玉じゃあるまいし、「入ります」はないでしょう。その前に「お吸いになられますか」と、天皇に対するような敬語を使ってくれるにしては(ふつうは「お吸いになりますか」で結構)、あとの待遇がガクッと落ちるのは悲しすぎる。
 新入りの店員で言い間違えたのかと思って、そのときは忘れました。ところが、次に来たときも、その次も、その次の次も、店員がみな「入ります」とやっている。今さら指摘するのも、ずっと我慢していたことを暴露するようで気が引け、そのままにしていました。
 きっと他のだれかが注意したのでしょう、今では、「○名さま入ります」ではなく「○名さま入られます」と、「られ」を付けています。これでも何となくおかしいのですが、まあいいでしょう。
 そういうわけで、失礼だと思った応対は、その場で注意することが、ことばの研究者のはしくれとしての義務と考えるようになったわけです(おおげさだな)。
 研究者というものは、ことばを「よいもの」と「悪いもの」とに選別することは慎重に控えるべきです。しかし、上に記したようなことは、ことばの問題でもあるが礼儀の問題でもある。一言いうことは許されるでしょう。

●この文章は、大幅に加筆訂正して拙著『遊ぶ日本語 不思議な日本語』(岩波アクティブ新書 2003.06)に収録しました。そちらもどうぞご覧ください。

「ひとりごと」目次へ
前へ次へ
きょうのことばメモへ ご感想をお聞かせいただければありがたく存じます。
email:

Copyright(C) Yeemar 1999. All rights reserved.