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98.08.28

手こそくださね

 今日は江戸川乱歩の『陰獣』を読みました(これは読書日記なのか?)。
 陰獣とは何でしょうね。小説では、暗いところに潜んでいるけだもの、というような意味で使われていたと思います。『日本国語大辞典』を見ると「陰性のけだもの、特にキツネ」とあります。だいぶイメージ違うな。
 それはそれとして、末尾のほうに出てきた文を読んで、おっ、と思いました。

とすれば、彼女を殺したものは、手こそくださね、明らかにこのわたしであったではないか。(1928.08〜10発表・春陽文庫 p.118)

 「手こそくださね」。「手こそくださないが」ということで、古典の時間に習う、いわゆる係り結びだ。
 係り結びは、古典の世界だけではなく、今でも「こそすれ」「こそあれ」の形でよく出てきます。

・仕事の方は増えこそすれ、減ることはない。
・憎しみこそあれ情なんかわきませんよ。

のように。
 「こそ」が来ると、「する」が「すれ」に、「ある」が「あれ」に変わる。こういった対応関係を「係り結び」という。現代人ならこの感じは分かるでしょう。
 古文ではもっとバリエーションがあって、「人知ら」が「人こそ知ら」、「花、匂ひけり」が「花匂ひける」になるわけで、ちょっとややこしい。ただ、何も不思議な現象ではなく、現代語につながっているのだということを、もっと高校でも教えたらいいんじゃないでしょうか。
 今では「こそすれ」「こそあれ」ぐらいしか見かけなくなりましたが、まれに、上記の乱歩の小説のように、ほかのことばも出て来るんですね。
 話しことばでもごくたまに耳にします。たとえば、橋本前首相はこの春、ロンドンのアジアヨーロッパ首脳会議での記者会見で

時期こそ違え (NHKテレビ・1998.04.04 22:00)

と言っていました。ちょっと前後は失念。「各国によって、時期こそ違え、これこれの政策を実行します」とかいう話ではなかったかと思います(が、もう記憶もあいまい)。
 これで、聞くほうはちゃんと分かるのだから、「係り結び」は現代でもまだ生きていると言っていいでしょう。

●この文章は、大幅に加筆訂正して拙著『遊ぶ日本語 不思議な日本語』(岩波アクティブ新書 2003.06)に収録しました。そちらもどうぞご覧ください。

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