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98.07.27

宴席にへと案内

 この文章を毎日書くようになって10回目になりましたが、早くも種切れの様相です。
 ストックを作っていないので、文を書く直前には、本棚の文庫本をぱらぱらとめくったりして、以前に読んだときに何か印をしてないかどうか探します。何かあればめっけものです。
 さて、今日はたまたまボッカッチョ作「デカメロン」のページの端が折られていて助かった。この「デカメロン」は、14世紀イタリアの作品で、高貴な男女10人が集まって艶笑話を披露し合うという内容です。その一節。

この使者は大喜びで迎えられました。ただちにクルラードは二、三の友人をつれて、ベリートラ夫人とジュスフレーディを引き取りにきた貴族たちを迎えに行き、彼らを喜んで招き入れ、いまだたけなわなる宴席にへと案内しました。(ボッカッチョ・柏熊達生訳『デカメロン 上』ちくま文庫・1987.10.27第1刷発行 p.210)

 「に」と「へ」が結びつくのはとても珍しい。もしかして、原文のイタリア語を直訳するとこうなるのかな?……まさか。
 単なるミスかもしれませんが、まったく無関係な文字が紛れ込んだというようなものではないでしょう。貴重な例だと思います。また、もし間違いでないとしたら、どういう意味合いで使ったのか知りたい気がします。
 「にへ」といば、次の「のへ」という連続も面白いです。

(略)奥からあわただしい下駄{げた}の音といっしょに、おかみさんもとびだしてきた。
「どなたですか、だまってつれ出されたら、こまりますが」
 うさんくさそうにいうのへ、松江ははじめて口をきき、おかみさんのうたがいを打ち消すように小声でいった。
「大石先生やないか、お母はん」(壺井栄『二十四の瞳』1952発表・角川文庫 p.125)

 ふつうなら、「○○という発言××と言い返す」というふうに「に」が使われるところ、前に「の」が来た場合はそうならず、「のへ」と使われるんですね。「のに」とすると「のだが」の意味(逆説)にとられてしまうので、「のへ」または「のに対し」とするのです。
 「のへ」は、愛用する人とそうでない人がいるようです。池波正太郎・村上元三といった時代小説家は多用しています。井上ひさしが使っている例も見つけました。

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