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98.07.18

銀行の張り紙

 「週刊朝日」98.07.24 p.40に、銀行員が得意先の老夫婦を殺害した事件の記事が出ていました。その同じページに、勤務先の銀行が張り出した「お詫び」の写真が載っています。

お客さま各位/お詫び/このたび当店行員が殺人罪容疑で逮捕されるという誠に遺憾な事態が発生致しましたことにつきましては誠に申し訳なく衷心より深くお詫び申し上げます/平成十年七月九日 頭取〔略〕/支店長〔略〕

 銀行にしてみればさぞ困ったでしょう。お気の毒としか言いようがない。ただこの張り紙は、内容から注意をそらそうとする言い方の好例だな、と僕は関心をひかれました。
 ふつうの文章なら、「このたび当店行員が殺人罪容疑で逮捕されました。誠に遺憾な事態です。誠に申し訳なく、衷心より深くお詫び申し上げます」のようになるところでしょう。でも、「当店行員が……逮捕されました。」などという文で言い切ってしまうと、そこに読者の注意がいってしまう。ここで文を終えたくないという気持ちがあったんでしょうね。全部続けて一文にし、「お詫び申し上げます」だけを述語にしてしまえば、あとの部分はみんな、この述語に直接・間接にかかる修飾語にすぎなくなってしまう。かなり苦心の跡がしのばれる文章ではあります。
 肝心な事実を述べているところで文を切らず、下に続けて、紋切り型の句で文を終止させるというのはよくあることです。以前「私だけだろうか」という言い方に触れましたが、あれもそうですね。
 「お詫び申し上げます」にさらに付け加えて「お詫び申し上げたいと思います」とすれば、文意はもっとあいまいになります。「私は……(とにかく何かを)……思ってますよ」という部分が文の中心になってしまうからです。
 98.07.10の「朝日新聞」天声人語では、この「……したいと思います」という表現を取り上げ、「単刀直入な表現ばかりでは、とかく世の中がギスギスする」だろうが、「あいまいなのはよろしくない」と指摘しています。
 この種の〈注意をそらす〉言い方、たくさんの常套句が出来てきたのは最近のことでしょう。いつごろから全盛になってきたのか、発達史を調べてみたいものです。

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