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01.02.24

重松清の「関西弁」?

 テレビでしゃべっている人のことばを聞いて、「この人は何県の人か」と考えることがよくあります。市までぴったり当てることができるときもあれば、まったく当たっていないときもあります。
 いや、実は、当たらないことのほうが多いです。
 「ビタミンF」で第124回直木賞を受賞した重松清氏の作品に「エビスくん」という傑作があります(新潮社『ナイフ』所収)。これは、小学6年生の「ぼく」を主人公にした作品ですが、せりふが関西弁らしきことばで書かれています。
 僕は重松氏の出身地を知らなかったのですが、「おそらく作者は関西近辺の人で、自分のことばに基づいてせりふを書いているのだろう」と思いました。もっとも「県内」という単語も出てくるので(p.221)、大阪府ではないようでしたが、ではどこだろう、と思いつつ小説を読み進めました。
 判断材料として、たとえば、登場人物たちは「〜さかい」という言い方をよく使います。
 大阪の人に聞くと、今、若者で「〜さかい」は使われないと言います。しかし、NHK教育テレビの「ふるさと日本のことば」では福井・三重・滋賀・京都・奈良・徳島の回のVTRで「〜さかい」が出てきました(ただし、使用者の多くはおじさん・おばさんでしたが)。方言辞典によれば、ほかに兵庫県・香川県(小豆島)などでも使われるようです。
 これだけでは範囲が狭まりませんが、ほかにも、「あかん」「かめへん」「なに言うてんねん」「くれはるんや」などの言い方が出てきます。
 さらには、

「ひろしはお兄ちゃんなんやさかい、辛抱したってえな。〔……〕」(p.165)

「ごめん、エビスくん、さっきのこと忘れたって。〔……〕」(p.210)

などのように、自分のために「〜してください」という意味で「〜たって」という言い方。
 これらの表現をすべてを使う地域といえば、どうしても大阪、またはそれにごく近い土地だと考えられます。
 ところが、一方で、どうも大阪的でない言い方も出てきます。

「〔……〕そやから、男の約束なんや。話が本決まりになるまでは、ゆうこにもお母ちゃんにも言うたらいけん。秘密やで、ええの」(p.197)

「なんで? うちら、相原くんのこと心配してるんよ。なんで言うたらいけんの?」(p.201)

などの「いけん」。大阪なら「あかん」というところでしょう。「いけん」は、どうも中国・四国・九州的な色彩の濃いことばです。また、

「あたりまえや。情けないもんやのう、先公の目の前ならいじめられん思うとるおまえも、先公がおったら手出しでけんエビスも、どっとも情けないもんや。〔……〕」(p.182)

「ちょうどええやないか。お父ちゃん、もうすぐひろしに抜かれそうやのう(p.198)

 この「のう」も、各地で使われますが、あまり大阪弁的ではない。むしろ、中国・四国などのほうでよく使われる語尾でしょう。
 そればかりか、

「あかんなあ、ゆうこはエベッさんを甘う見とるわ。バチかぶっても知らんで」(p.167)

というふうに、九州でよく使われる「ばちかぶる」(罰が当たる)なんてことばまで出てきます。
 さあ、分からなくなった。
 ここまで見てきたことから、この小説のせりふは、基本的には大阪弁らしい特徴が目立つ。しかし同時に、もっと西の性格も見られるということが言えます。
 そこで、僕は重松清氏を兵庫県あたりの人だと推測しました。
 ほんとうは岡山県の人でした。僕の推測は外れていました。考えてみれば、作家は自分の出身地に関係なく、作品中では各地の方言を使います。たまたま、ある作品で大阪弁らしきものが多用されているからといって、それが作者の出身地のことばの反映である保証はまったくないわけです。僕は、そういう基本的なことを忘れて、作者の出身地あてゲームに没頭していたのでした。


追記 2001.05.16にNHK「スタジオパークからこんにちは」に出演した重松清氏自身の発言によれば、重松氏は生まれは岡山県ながら、その後少年時代に大阪・名古屋・鳥取・山口などを転々としたそうです。山口にいた期間が長かったように聞きました。(2001.05.26)

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