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00.12.28

なぜカタカナで書くのか?

 もうずっと前の話ですが、さる大学――というのはD協大学経済学部――の入学試験の国語で、いっぷう変わった問題が出題されました。
 それは、天野祐吉氏が広告について語った軽いエッセイで、小林聡美さんの出演する目薬バイシンのテレビコマーシャルについて論じたものでした(問題では目薬××××と表記されていました)。
 設問はえらくザンシンなもので、
 「小林聡美はどのような人か、次の中から選んで番号で答えなさい」
 などと訊いたりするものでした。受験生は相当に面喰らったのではないかと思います。もちろん、その答えは問題文を読めばよく分かるようになっていますが、選択肢の中には
 「ほんとうは男の子なのに女の子と体を取り替えてしまった人」
 などという、映画「転校生」を見ていなければ何のことやら分からないものもあり、受験者の進路を左右する厳粛な試験問題としてはどうかという気もします。
 さて、その設問の中に、表記に関するものが2つありました。
 1つは、「ブアイソを漢字で書いてない理由を、次の中から選んで番号で答えなさい」、もう1つは、「ワケシリとわざわざカタカナで表記した理由を、次の中から選んで番号で答えなさい」というものでした。
 ちなみに、本文には、

小林聡美という人は、へんな媚(こ)びがないところがいいし、ブアイソがアイソになるという特技を持った役者さんだが……

〔証券不祥事のニュースを聞いて〕なぜかぼくらはワケシリになって、「ま、証券業界なんてそんなもんだよ」とか、「悪いやつらはみんなグルなのさ」とか、わかったようなことを言ってしまう。
(いずれも教学社『大学入試シリーズ』による)

とあります。
 それらの正解はそれぞれ、
 「漢字で書くと、この言葉の話言葉としてのニュアンスが伝えられないから」
 「そんなに事情に通じているはずがないのに、事情通である顔をしたがるものであることを強調するため」
 だろうと思います。
 設問の視点は、日本語の表記法を考えさせる上で、なかなか悪くないものではあります。ただし、他の選択肢を見ると、
 「CMの評論ばかりしていて、漢字を忘れてしまったから
 などという、筆者に失礼なものもあり、やはり出題者の姿勢には疑問を持ちます。
 筆者・天野氏自身は、この大学の入試問題のことを知らされていたのかどうか、ほぼ1年後に、

 ぼくは、むずかしい字はカタカナで書くことにしている。ユーウツなんて字を漢字で書こうと思ったら、それだけでもうユーウツになってしまうからである。
 〔中略〕
きのうもらった手紙のなかに、「魑魅魍魎(ちみもうりょう)が跋扈(ばっこ)するいまの社会で……」なんて書いてあるのを見たときは、ぼくはドハツ天をついてしまった。そんなことをわざわざ漢字で書くようなやつのことを、チミモウリョウというのだゾ。(朝日新聞 1993.2.20「CM天気図」)

と書いています。
 天野氏の発言を参考にすれば、先の入試問題も、
 「むずかしい字はカタカナで書きたいから」
 が真の正解であるかもしれず、本来、多様な解答が期待できるはずの問題について、あえて択一形式を持ち込むという問題作成方法が正しかったかどうか、議論の余地があるでしょう。

*   *   *

 「漢字やひらがなで書ける語を、なぜカタカナで書くのか」、これはなかなかに深い問題です。
 この際、いくつか考えられる理由を列挙してみましょう。上に出てきただけでも、

1.口語的なニュアンスを出したい(「ブアイソ」)
2.実際はそうではないものについて、あえてそのことばを使って皮肉なニュアンスを出したい(「ワケシリ」)
3.難しい漢字を書きたくない(「ユーウツ」)

などが有りうるようです。また、前後にひらがなが続いているときなど、

4.語の区切りをハッキリさせたい

こともあるでしょう。そのほか、

5.語の意味内容よりも音声形式に重点をおきたい

という場合もあるでしょう。
 これは、たとえば韻を踏むような場合です。最近の歌謡曲を見ると、「心」を「ココロ」と書くことがありますが、

言葉よりも伝わる ホントのトコロ見せよう
 〔中略〕
どーにもこーにも止まらない キミのココロ欲しくなる
(Mad Soldiers・Solea作詞「Easy Action」2000)

という例では、「所」と「心」とが同じメロディーの所に使われています。類音を用いていることを示すため、歌詞の表記としても「トコロ」「ココロ」と、音韻を逐次的に示すことのできるカタカナを用いたのでしょう。
 さらには、2.に類似しますが、

6.伝統的な意味からずらした意味を込めたい

という場合も多いでしょう。
 ロックバンドのGLAYの詞を書いているTAKUROさんは、女性に呼びかける対称としては「お前」とは書かず「オマエ」としています。

オマエには言えない仕事にありついた(「ビリビリクラッシュメン」)
今はオマエが誘うままに Oh 溺れてみたい(「誘惑」)
オマエの手まねきに揺れてる(「唇」)

など。
 「お前」は、もともとは、相手を尊敬する言い方で、地方によっては、いまだに目上に用いているところもあります。しかし、時代を経るに従って、この語の持つ敬意は逓減してきて、目上→同等→目下というふうに、用いる相手が変わってきました。
 僕の感じとしては、女性に「お前」と呼びかけると、殴られそうで、ちょっと使えません。「あなた」「きみ」「あんた」なら言えます。テレビドラマなどで男性が女性に「お前」と言っているのは、どうも違和感があります。
 しかし、もしかすると、今、若い男性が女性に対して用いているのは、目下に向かっていう「お前」ではなく、しかるべき尊敬を込めた、カタカナの「オマエ」なのではないか。TAKUROさんの表記は、「オマエ」に新しい意味を認めているのではないか。そういう気もするのです。
 でも、やっぱり失礼な気もするけれど。

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