太鼓の音を聞き比べると、同じサイズの長胴太鼓でも、良く鳴る太鼓と鳴らない太鼓があることがわかります。その決定的な違いはどこにあるのでしょうか。それは、「太鼓胴の完成度」と「皮の出来具合」です。

 太鼓師が試行錯誤を重ねた太鼓づくりの技が太鼓に施され、両面太鼓特有の「胴鳴り」をもたらし、聞く者を魅了します。

 ここからは、東京浅草の宮本卯之助商店〔写真:右〕における太鼓づくりを見ていきましょう。





荒胴 初めに、太鼓の胴を作る『胴削り』の作業を見てみましょう。

 先ずは、胴になる木地を購入します。関東以北の樹齢一〇〇年以上の欅です。伐採して丸太のまま一、二年寝かせ、太鼓の寸法にあわせて輪切りにしてさらに寝かせます。これを臼状に加工した「荒胴」〔写真:左〕にして、自然乾燥させます。

 現存する荒胴は、二〇年以上前に作成したものです。胴の外側は、丁寧に鉋をかけて仕上げます〔写真:右〕。そして内側を取れば太鼓胴の完成です。


胴削り  ところで、同じサイズの見た目は同じ長胴太鼓でも、良く鳴る太鼓と鳴らない太鼓があります。


 その秘密が胴の内側に隠されています。太鼓師が江戸期から工夫を重ねてきた太鼓づくりの技(わざ)が太鼓の胴に刻まれ、独特のうなりをもたらします。両面太鼓特有の「胴鳴り」です。


 それ故、張替で皮を剥いで太鼓胴の内側を覗き込む時は、その胴を作成した業者の姿勢や職人の技量が露見する瞬間でもあるのです。鳴るべき太鼓が鳴る。皮を何度張り替えても、鳴らない太鼓は鳴らないのです。





刈り掛け 『皮づくり』は、先ず、原料の牛皮の「脱毛加工」から始まります。深みのある質の高い太鼓を実現するためには、入荷した牛皮の毛、油分を発酵した米糠、塩、冷水で抜く。さらに、毛抜きした皮を塩漬けにして冷水で流し、塩漬けにしては冷水で流すという作業を繰り返します(「米糠発酵法」)。

 この工法に拘るのは、皮に適度な油分が残り、太鼓の音色に豊かな響きを生み出し、さらに、皮の繊維を傷めず丈夫で長持ちする皮を作り出すためです。




 「脱毛加工」の次に行われるのが「皮裁ち」です。畳四帖分もある牛皮から、使用できる部分を選んで太鼓の大体の形に切る。鳴りの良い太鼓を作る基本中の基本であり、皮を見極める職人の眼力が大いに問われます。ここで失敗すれば、この後の工程は無駄になるので、重要な工程となります。

 次は「 仮掛け〔写真:左上〕です。太鼓の胴に似た形の台に裁った皮を仮に掛けます。そして「乾燥」。仮掛けした皮を乾燥させ、さらに、乾燥させた皮を寝かします。「枯らす」とも言います。

 次は「
皮選び」〔写真右:宮本章さん〕。枯らした皮の中から、太鼓の用途に合わせて厚さや色艶を見極める。長年の経験と勘を積んだ職人同士でも、意見が分かれるほど難しい作業です。




皮張り”><font color= このような工程を経て、工場の「張り場」に胴と皮が搬入されると、いよいよ『
皮張り 』が始まります。

 先ずは、太鼓の用途に合わせて皮を湿らします。「
あんばいを付ける」といいます。ここで使用されるのは、「皮」であって「革」ではありません。鞣(なめ)してないので、水分を含ませば元に戻ります。

 そして、掛(かけ)矢(や)(木槌)で
皮を伸ばす作業〔写真左:坂本敏夫さんと、掛矢と「ぶっちゃげ」(樫材)を用いて「エンオトシ〔写真:右下〕する作業を交互に繰り返して皮を張っていきます。

エンオトシ 掛矢を振り下ろし、微妙な音の変化を聞き分けて、時間をおいては、皮を張る方向を決めて張っていきます。「
あんばいを見る」と言います。

 まさに気力を集中し、神経を研ぎ澄まして張っていきます。普段は温厚なベテラン職人も、この時ばかりは近寄りがたい鬼の形相です。そして、鳴りが最高点に達した瞬間を見極めて太鼓鋲を打っていく。力任せに皮を張る「半端職人」など出る幕ではありません。




 ところで、業者の多くは、現在、脱毛加工に化学薬品を使用しています。手間がかからない分、低価格というメリットがありますが、太鼓に求められる「粘り」、「深み」を欠き、その音質に豊かな響きはありません。強く張ればトタンバケツ、張りが弱ければ段ボールです。所謂「和太鼓」の類いですが、組太鼓など、一つ一つの太鼓の鳴りに拘りのない分野から急速に普及しました。

 秩父地方の祭りでも、川瀬祭と大祭の町会の一部を除けば、太鼓の響きに「胴鳴り」と豊かな音質を聞き取ることは、殆どなくなりました。しかし、太鼓本来の音は、決してなくしてならない祭り文化の重要な構成要素です。祭りに携わる者には、今こそ、太鼓の良質な音を
聞く耳を持つことが求められます。


【はみ出しメモ】

  太鼓の新調・張替も、胴に皮を張り、
太鼓鋲を打てば長胴太鼓は完成です。
  ところで、太鼓鋲には「地鋲」と「機械鋲」の二種類があるのをご存じでしょうか。「地鋲」とは専門の職人が真っ赤に焼いた鉄を打ち鍛えて作る鋲であり、一方、「機械鋲」とは、別に作った蓋を上からかぶせた鋲を言います。文具の画鋲のイメージです〔写真:地鋲(左)と機械鋲(右)〕。

 「地鋲」は、食い込みが良く耐久性に優れますが、価格が一本400円(平成6年1月現在)と高額です。そこで、太鼓製造業者によっては、一本20円(同)の「機械鋲」を使用しています。張り替えの際、「地鋲」、「機械鋲」のどちらを使うのか。「地鋲」を抜いて発注者に無断で「機械鋲」を打ち付けていないか。その業者の仕事に対する姿勢を知ることが出来るのです。


 なお、「地鋲」を作る職人が既に廃業したため、在庫が無くなり次第底を突くことになります。



【参考文献】
『みやもとだより』第1号(平成26年1月)〜第28号(令和元年8月)
発行:株式会社宮本卯之助商店
               

  (2024年05月03日  中村 知夫)

(C)2001 Copyright by 秩父屋台囃子.All rights reserved