今月の提言


7月の提言『ビジネスパースンのための現代の古典から学ぶ』



毎年夏休みの時期は、本提言においてお薦めの本を紹介していた時期があった。今月は久しぶりにお薦めの書物を紹介したい。「現代の古典」ともいうべき次の5冊である。

まず、マネジメントを考える上で次の3冊をお薦めしたい。
  • マイケル・E・ポーター(土岐坤他訳)『新訂・競争の戦略』(ダイヤモンド社)
  • ジェームズ・C・コリンズ&ジェリー・I・ポラス(山岡洋一訳)『ビジョナリー・カンパニー』(日経BP出版センター)
  • J・A・シュンペーター(清成忠男編訳)『企業家とは何か』(東洋経済新報社)
ポーターの『競争の戦略』は現代の戦略論の古典である。そのエッセンスは、3つの基本戦略(コスト・リーダーシップ、差別化、集中)、5つの競争要因(Five Forces)、バリュー・チェーンなど、戦略立案に携わる方々にとってお馴染であろう。本書を熟読することで、永く戦略論のバイブルとして世界の企業人に読み継がれてきた理由が分かるはずだ。

一部の論者は、M&Aや提携などが活発なことから、自社も競争相手もさらに顧客も定義できない時代になったという。こうした時代にはポーター流のバリュー・チェーンで戦略を構築するやり方は通用しないと。しかしながら、よく考えてほしい。ライバルも顧客も定義できない時代とはいえ、競争がなくなるわけではない。3つの基本戦略は現在でも有効なのである。また、コスト・リーダーシップ戦略を実行する場合、グローバルなバリュー・チェーンを構築するのは定石といえる。本書を再度熟読して、戦略の本質を考えてはどうか(注1)。

『ビジョナリー・カンパニー』は、ビジョンや理念が確立している企業は結果として収益率が高いことを実証研究した。本書はビジョンを持ち、未来志向で、卓越した企業を18社選び競合企業との違いを調査した結果、永続した卓越性の源泉は「基本理念」にある ことを明らかにした。ソニーやIBM、3M、GE、P&Gなど18社のリストは脚注を参照されたい(注2)。

ビジョナリー・カンパニーの条件は、次の6つである。
  1. 業界で卓越した企業である。
  2. 見識のある経営者や企業幹部の間で、広く尊敬されている。
  3. わたしたちが暮らす社会に、消えることのない足跡を残している。
  4. 最高経営責任者(CEO)が世代交代している。
  5. 当初の主力商品のライフ・サイクルを超えて繁栄している。
  6. 1950年以前に設立されている。
ここで注意すべきなのは、ビジョナリー・カンパニーは組織である点だ。ビジョンを持つカリスマ経営者がいても、個人の活躍できる時間は限られている。理念やビジョンをつくり、それを組織の末端まで浸透させ、実践させる組織的努力が永続的繁盛を生むのである。18社の中には現在やや陰りがみえる企業も散見するが、ビジョナリー・カンパニーの原点を再確認すべきではないか。そして、これから永続的繁栄を目指す企業のトップや幹部も必読の書であると考える。

『企業家とは何か』はシュンペーターの企業家に関する4つ論文を翻訳して収録したものである。第1章では、企業家の機能とは、「経済の分野におけるリーダー機能」であると説き、次の5つの難しい課題を克服するために経済的リーダーシップが不可欠であるという。
  1. 新しい生産物または生産物の新しい品質の創出と実現。
  2. 新しい生産方法の導入。
  3. 工業の新しい組織の創出(たとえばトラスト化)。
  4. 新しい販売市場の開拓
  5. 新しい買い付け先の開拓。
上記の5つは、企業家のイノベーションの具体例である。企業家の革新と新結合こそ資本主義の発展の原動力と説くシュンペーターの主張は今でも新鮮さを失わない。

次の2冊は、未来を考える上で押さえておくべき書物である。
  • P・F・ドラッカー(上田惇生訳)『ネクスト・ソサエティ』(ダイヤモンド社)
  • サミュエル・ハチントン(鈴木主税訳)『文明の衝突』(集英社)
ドラッカーは定番の『現代の経営』については過去に何回かお薦めしているので、今回は『ネクスト・ソサエティ』を選択した。筆者は10年ほど前に出版された直後に読了してその後何度か読み直している。ドラッカーの社会の変化が経済を規定するという主張はもっともで、人口構成など社会構造の変化やIT化が経済に及ぼす影響は計り知れない。

ネクスト・ソサエティは知識社会であり、知識が中核資源となり、知識労働者が中核の働き手となるとするドラッカーの主張は示唆に富む。つまり、知識社会としてのネクスト・ソサエティは、知識は資金よりも容易に移動するゆえに境界のない社会、全ての人に教育の機会が与えられるがゆえに上方への移動が自由な社会が実現するという。さらに全ての人が生産手段としての知識を入手できるが、勝者と敗者がはっきりする社会が到来すると予想した。経営哲学者、人間学者あるいは未来学者と呼ばれたドラッカーの『ネクスト・ソサエティ』は一読に値する。

『文明の衝突』は911を予告した書としても知られている。すなわち、「西洋文明」と「イスラム・儒教コネクション」とはそのうち衝突するだろうとする予告である。著者のハンチントンはハーバード大学のジョン・M・オリン戦略研究所の所長を務めた冷戦時代の戦略家である。

ハンチントンは西洋と非西洋とが衝突し、西洋文明とイスラム・儒教コネクション文明とが衝突するだろうと予想したが、この前提には近未来の世界は8つの文明の時代が到来するという予想がある。つまり、西洋文明(欧米)、儒教文明(中華文明)、日本文明、イスラム文明、ヒンドゥ文明、スラブ文明、ラテンアメリカ文明、アフリカ文明、この8つである。近未来に文明間の世界戦争が起こりうるという結論には賛成しかねるが、世界情勢を歴史的に捉えた世界観はこれから世界をみる上で参考となる。

以上、今回は5冊をお薦めしたが、明日のマネジメントを考える上で少しでもヒントになれば幸いである。


注1:
ポーター教授の戦略論に批判的な論者の一人は大前研一氏である.大前氏は,市場,顧客をベースに戦略を考える立場だが,市場・顧客に立脚しても3つの基本戦略を否定する必要はない.市場・顧客に適合した差別化戦略、コスト・リーダーシップ戦略をとればよいのである.

注2:
調査対象となったビジョナリー・カンパニー18社は次の通りで,括弧内は比較対象となった企業である.3M(ノートン),アメリカンエキスプレス(ウェルズ・ファーゴ),ボーイング(マクダネル・ダグラス),シティコープ(チェース・マンハッタン),フォード(GM),GE(ウェスチングハウス),ヒューレット・パッカード(テキサス・インスツルメント),IBM(バローズ),ジョンソン&ジョンソン(ブリストル・マイヤーズ),マリオット(ハワード・ジョンソン),メルク(ファイザー),モトローラ(ゼニス),ノードストローム(メルビル),プロクター&ギャンブル(コルゲート),フィリップ・モリス(R・J・レイノルズ),ソニー(ケンウンッド),ウォルマート(エームズ),ウォルト・ディズニー(コロンビア),以上18社.



(先月の提言はこちら.これまでの提言はこちらをご覧ください)



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