今月の提言


4月の提言『資本主義の未来は?〜資本主義凱旋の世紀を超えて』



20世紀を総括すると、社会主義の崩壊と資本主義が勝利した世紀であった。しかし、2008年9月のリーマン・ブラザーズ・ショック後の金融・経済危機を経て、資本主義の未来に危惧が生じた点は否めない。そこで、今月は資本主義凱旋の経過を踏まえて、資本主義の将来を考えてみたい(注1)。

まず、何故社会主義は崩壊し、資本主義が勝利したのか、私見では次の3点が決定的だった思う。
  1. 計画経済のような中央集権的経済システムは、市場を活用した分権的システムに比べて資源配分上非効率だった。
  2. 単一のイデオロギーや独裁的政権による統制が情報化社会の中で人心を捉えるには無理があった。
  3. 平等という名の悪平等が、国民の労働意欲を減退させ、経済全体の活力をそぐ結果となった。
旧ソ連や中国の社会主義国家としての崩壊は、市場に委ねる分権的な資源配分に敗北したといっても過言ではない。この意味では、資本主義とは民間資本を中心にして、市場の力を活用したシステムだといえる。

こうしてカール・マルクスが述べたような、「資本主義がそれ自体の客観的矛盾によって崩壊」して、社会主義が誕生、発展する、と言う結果には至らなかった。一方、シュンペーターは、「資本主義は成功ゆえに崩壊し、社会主義に至る」と考えていた。サミュエルソンはハーバードでシュンペーターの講義を聞いて、この言葉に反発して資本主義を守るために混合経済を提唱したという見方もあながち嘘とはいえない。

いずれにしても、マルクスもシュンペーターも資本主義が崩壊して社会主義に至ると考えた点は間違いであった。とはいえ、勝利した資本主義は決して万能ではない。市場主義万能からヨーロッパ諸国で「第三の道」という考え方が生まれた。社会学者のアンソニー・ギデンスなどが提唱したものだが、市場経済の枠組みの中で、社会正義と自由と公正を実現しかつ効率的な経済運営を行うには、企業の力を規制するしかないという考え方である。京都大学名誉教授の佐和隆光氏の『市場主義の終焉』の中の提言は、実はこのような「第三の道」の流れを汲んでいた。ただ「第三の道」の欧州での実験も必ずしも成功していない点は周知の通りである(注2)。

では、資本主義の将来はどうなるのか。この点に関していわゆるリーマン・ショック後の金融危機を経て、2009年10月にシンポジウムが開催された。岩井克人氏(東京大学経済学部教授)が基調講演を行い、同氏とロバート・ジョス氏(スタンフォード大学経営大学院前学長)及びサスキア・サッセン氏(コロンビア大学社会学部教授)がパネリストであった(注3)。

岩井氏は持論の株主主権の誤謬の話をベースに、コーポレート・ガバナンスの欠如、忠実義務違反の経営者、また危機の背景にある脱産業化社会における金融資本の凋落など、資本主義の問題点を踏まえて将来を語った。岩井氏の主張は、人間が自由を求める限り、将来においても資本主義を選択せざるをえないため、その資本主義の持続可能性を維持するためには自由放任から開放すべきであり、人間の英知によってコントロールしなければならないという点にある。では、どのようにこの自由放任をコントロールするのか。岩井氏は資本主義においてリーダーの役割の重要性を強調し、大学の役割に期待を寄せる。

ジョス氏は冒頭発言で、「資本主義の将来は明るくてよいものであるはずだ」と宣言する。そして資本主義を改善するには次の4つが重要だという。
  1. 金融分野の規制。
  2. 政策立案者は物価と雇用だけではなく、各国の債務のレベルを同様に監督、管理。
  3. 民主的な政治によって資本主義経済をコントロール。
  4. 資本主義を社会のために機能させるには、企業のトップ、公的機関の管理者を機能させる。
上記はあえて説明するまでもないと思うが、4点目は岩井氏の主張する「リーダーの役割の重要性」と同様である点に注目したい。

サッセン氏は資本主義は3つの危機に直面しているという。金融危機あるいは経済危機、不平等という危機、そして環境危機、この3つである。同氏は資本主義は、この3つの危機を乗り越えることでチャンスを見いだせると主張する。

ジョス氏も指摘するように、もう資本主義の是非を論じる時代ではなく、様々な危機の中で資本主義を改善すべきなのだ。つまり、自由放任からの開放であり、規制や管理、監督が求められるのである。今後、民主的な手続きによって資本主義が規制、コントロールされていくだろう。

筆者はコントロールや規制以上に重要なのは、企業や国などのリーダーだと思う。資本主義がコントロールされるにしても、そのダイナミズムと効率性を生かし、かつ直面する危機を乗り切るには卓越したリーダーの存在が不可欠だ。筆者が考えるリーダー像を思いつくままに列挙すると次の通りである。
  1. 明確なビジョン
  2. 巧みなコミュニケーション力
  3. 明るい性格
  4. 強い目標達成意欲
  5. 強い倫理観
  6. 永続的な実行力
では、こうしたリーダーをどのように育成するか。現状をみる限り、岩井氏の指摘のように大学教育に委ねるのはあまりにもナイーブな発想だと思う。筆者のイメージは、民間企業であれば、若い時期の子会社経営や欧米のビジネススクールへの派遣を経て、IBMのような社長補佐制度の導入が効果的だと思う。ただし、社長補佐制度は、現社長が上記の6つに該当していることが条件である(国のリーダー育成については割愛する)。

資本主義の未来は、リーダーの存在と資本主義のかたちを選ぶ国民の意思に関わっている。 企業人にとってリーダーの選定、育成のあり方を見直してほしい。そして、一有権者としては、資本主義のダイナミズムを失わないかたちを考えている政党を支持すべきではないか。そうすることで、近未来に改善された資本主義が実現することを期待したい。


注1:
社会主義崩壊と資本主義の凱旋に関しては,筆者の個人のホームページ2000年12月25日付で投稿した「20世紀は資本主義凱旋の世紀」の一部を加筆訂正した.

注2:
佐和隆光『市場主義の終焉――日本経済をどうするのか』(岩波新書,2000年).

注3:
2009年10月23日(金)に東大安田講堂にて開催された東大・朝日シンポ「資本主義の将来」. 詳しくは下記を参照.

http://www.asahi.com/shimbun/sympo/091023/



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