今月の提言


4月の提言:『サービス業の生産性を向上させるには』



日本のサービス産業の生産性は欧米に比べて、あるいは製造業に比べて低いと言われてきた。確かに、欧米と比較すると日本のサービス産業の生産性は低い。しかし、製造業と比べて本当に低いのだろうか。実は、最近の研究によると、サービス産業の生産性は製造業に比べて必ずしも低くないのである(注1)。

一口にサービス産業といっても周知の通り間口は広い。電気・ガス等の公益事業から、卸売・小売、運輸、情報通信、飲食、生活関連サービス、娯楽、事業所向けサービスなど幅広い。ここではサービス産業という場合は第3次産業全体、広義のサービス産業を意味し、サービス業という場合は飲食から個人向けや事業所向けサービスなど狭い意味で用いる。経済産業研究所(RIETI)の森川正之氏の論文によると主な分析結果は次の通り(注2)。

  1. 狭義のサービス業全体の労働生産性、全要素生産性(TFP)の水準は製造業に比べて低くない。サービス業の中には生産性の高い企業が多数存在し、TFPでみると68%は製造業の中央値よりも高い。小売業は他産業に比べて労働生産性、TFPともに低い。
  2. サービス業の労働生産性並びにTFPの水準は製造業に比べて企業間格差、つまり企業により「ばらつき」が大きい。なお、卸売業、小売業も製造業と同様にばらつきは少ない。
  3. サービス業に属する企業の労働生産性の伸びは製造業よりも低い。だが、TFPの伸びは製造業と比べて見劣りせず、サービス企業の63%は製造業のTFPの伸びの中央値を上回っている。一方、小売業の労働生産性とTFPの伸びはともに他産業よりも低い。
  4. 売上高ウエイトでサービス業全体でみると、TFPの伸びは製造業よりも低くなる。この理由は、サービス業では売上高の大きい企業のTFPの伸びが相対的に低いことによる。
  5. サービス業では規模の大きい企業の生産性上昇寄与が小さい。また、サービス業では生産性の低い企業のシェアが拡大。これらが製造業との生産性上昇格差の要因となる。
森川氏の分析は経済産業省の「企業活動基本調査」のパネルデータを使用し、調査対象は産業分類の大分類20のうち12をカバーしている。つまり、鉱業、製造業をはじめ経産省が所管している第3次産業(広義のサービス産業)が対象である。調査対象となった狭義のサービス業の具体的業種は次の通り。

ソフトウエア業、情報処理サービス業、インターネット付随サービス業、映画・ビデオ制作業、新聞業、印刷業、一般飲食業、フィットネスクラブ・カルチャーセンター、デザイン業、エンジニアリング業、冠婚葬祭業、事務用機械器具賃貸業、自動車賃貸業、スポーツ・娯楽用品賃貸業、その他物品賃貸業、広告業、ディスプレイ業

なお、労働生産性は資本装備率と全要素生産性(TFP)によって決まる。ただ資本装備率は約3分の1しか説明できず、残りの3分の2はTFPにより決定される。TFPは技術進歩を示すといわれていたが、最近では人的資本の質、研究開発投資や無形資産投資、制度環境・文化がTFPに影響を与える要因として注目されている。サービス業はこうしたTFPが製造業を上回っているケースが多いのだ(注3)。

分析結果から筆者が注目するのは、労働生産性及びTFPの企業間格差が大きいという点だ。筆者はかつて海外のビジネスパースンに、日本の製造業は日々現場での「カイゼン」を行っているが、サービス産業はそうしたカイゼンが実行されていないのではないか、といわれたことがある。生産性の企業間のバラツキはこの点と関連していると思われる(注4)。

とすれば、サービス業が「カイゼン」を実践することで生産性の低い企業のレベルが向上すれば、企業間格差は減少し全体の生産性も向上する。問題はいかにカイゼンを実行するかである。それにはまず経営トップが、マネジメントのツールとしてカイゼンの効用を認識することが先決だ。そして、従業員参加のカイゼンを実施していない企業は、まず手のつけやすい部門から着手することをお勧めしたい。


注1:
欧米との比較に関しては下記の報告書の第1章を参照.

産業構造審議会新成長政策部会・サービス政策部会サービス合同小委員会中間報告書「攻めのサービス産業に向けて」(2008年6月)

http://www.meti.go.jp/report/data/g80619aj.html

注2:
森川正之「サービス産業の生産性は低いのか?〜企業データによる分析」(2007年12月)(下記URL)を参照した.

http://www.rieti.go.jp/jp/papers/journal/0804/rr01.html

サービス産業とサービス業の大まかな定義も上記論文の脚注1(p.2)に従った.日本の統計上の産業分類では大分類20項目のうちFからSまでの14が第3次産業,広義のサービス業となる.論文は経済産業省のデータを使っているため,医療・福祉,教育などの所管以外の産業は除外されている.

注3:
TFPの影響要因,資本装備率やTFPの説明力に関しては,池尾和人「成長戦略と労働生産性」(下記URL)を参照のこと.

http://agora-web.jp/archives/804866.html

注4:
カイゼンに関する同様な趣旨は,社団法人経済同友会による「サービス産業の生産性を高める3つの改革」(2009年4月)の中でも指摘されている(p.5).

http://www.doyukai.or.jp/policyproposals/articles/2008/090409a.html



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