3月に出版された"The Lords of Strategy(戦略の大立者たち)"が話題になっている。この本は、世界で約10兆円から20兆円といわれる経営コンサルティング産業の発展に寄与した4人と戦略について描いたものだ(注1)。 この4人の中で戦略の考え方やツール面で大きな影響を与えたのはブルース・ヘンダーソン(BCGの創立者)とマイケル・ポーター(HBS教授)であろう。BCGによる経験曲線や成長・シェアマトリックスは、マネジメントの基本ツールである。またポーターの競争の3つの基本戦略は今でも有効であるし、ファイブ・フォース分析、バリューチェーンは分析の考え方、ツールとして定着している。 先日、某上場企業の経営トップと歓談した際に、リーマンショック後の不況下で業績を伸ばしている企業をみると、ポーターの3つの基本戦略、つまりコスト・リーダーシップ、差別化、集中に則っているケースが多いようだということで意見が一致した。そこで、昨年11月に発表された第9回ポーター賞の受賞企業をみると、世界不況で輸出企業が低迷する中で内需型の2企業と2事業が選ばれた。下記の受賞企業・事業は3つの基本戦略を推進した典型例である(注2)。 <単一事業を営む企業>
株式会社ポイントは、ファッション性と手頃な中間価格ゾーンのファッション・カジュアルに集中したファストファッションの会社である(集中)。同社は衣料品を企画して製造はアウトソーシングしているため、SPAと呼ばれる企画から製造まで垂直統合している製造小売りとは異なるビジネスモデルである。投下資本利益率は業界平均を52.6%上回り、営業利益率は13.6%アップと好調だ(注3)。 次に、多角化企業の部の一社は、株式会社パークコーポレーションが展開する青山フラワーマーケット事業だ。同社の生花小売り事業は、従来は胡蝶蘭に代表されるギフトや葬祭向けの法人需要が中心の業界だったが、個人客向けの日常の花に特化した点が特徴だ。同社は単に生花の販売ではなく、"Living With Flowers Everyday(花のある時間と空間)"をテーマに花と共に過ごすライフスタイルを楽しめるように差別化している(差別化&集中)。なお、投下資本利益率は業界平均を41.2%上回り、営業利益率は4.3%アップした。 株式会社ファーストリテイリングのユニクロ事業は、全ての人が着こなすことが出来るベーシック・カジュアル衣料に絞り込んで、低価格で提供している。1998年の1900円のフリース、03年の4900円と7900円のカシミヤのセーターは業界の常識をはるかに超えるものであったことは記憶に新しい(集中&コスト・リーダーシップ)。ユニクロは日本のSPAとして知られているが、実は自社工場ではなく提携工場に製造をアウトソーシングしており正確には疑似的な製造小売りである。投下資本利益率は業界平均を39.1%上回り、営業利益率は11.6%上回っている(注4)。 ポーター賞受賞企業以外に、上述した基本戦略を実践している企業を一つだけ選択するとすれば、今や有名な事例となった株式会社サイゼリアをあげたい。同社はコストリーダーシップ戦略で創業以来37期連続で増収を続けるイタリアンレストラン・チェーンである。グラスワインが100円、ワイン2本分のマグナム(1500ml)が1060円、オードブルが299円から399円、ピザは300円台、スパゲティは200円台など低価格ではあるが顧客に価格以上の価値を提供している。こうした超低価格を実現しているのは、国内や海外にカミッサリー(食品加工工場)を設置するなど川上への垂直統合の実現と店舗作業を簡素化するなど徹底したコスト削減を行っているからだ。この結果、営業利益率は10.4%と業界で群を抜いている(注5)。 世界経済は回復の兆しが見えてきたものの、日本経済の先行きには不透明感が漂っている。こうした環境下では、足元を固めるだけではなく、将来の好況と不況の波を乗り切るための大きなビジョンと大きな手を打つべきではないだろうか。筆者は、その際のヒントになるのが3つの基本戦略だと考える。自社の今後のドメインを踏まえて、他社との違いを明確にし、3つの戦略のうち何を選択するかを熟考すべきだ。そして数年のスパンでそれを実現すべきである。上述した企業も最初から競争戦略が優れていたわけではなく、まずは「違い」を創出することから始めたことを忘れるべきでない。 注1: Walter Kiechel III, "The Lords of Strategy: The Secret Intellectual History of the New Corporate World," (Harvard Business Press, March 2010). 4人とは、ボストン・コンサルティング・グループ(BCG)の創立者ブルース・ヘンダーソン(Bruce Henderson),ベイン&カンパニーの創業者ビル・ベイン(Bill Bain),マッキンゼーの役員であるフレッド・グラック(Fred Gluck),そしてHBS教授のマイケル・ポーター(Michael Porter)である. ベインの功績は,BCGでの経験を踏まえて,1業界1社,プロジェクトよりも長期的関係,提言から戦略推進支援など新たなコンサルティングの提供方法を確立.グラックは,マッキンゼーをデータ重視・分析重視へとシフトさせ,さらにファイナンスからロジスティックスなど15の「能力センター」による専門能力を強化させて同社の戦略コンサルティングの名声を確立. 注2: ポーター賞の選考基準並びにこれまでの受賞企業・事業は,2009年4月の提言『ポーター賞にみる高収益企業』を参照(下記URLをクリック). http://www.csconsult.co.jp/teigen/0904.html 注3: 衣料品小売業は,製品開発のリードタイムとライフサイクルの観点から,ファストファッションとスローファッションに分類できる.ポイントやZara, H&M, フォーエバー21などはファストファッション,ユニクロはスローファッションである.よくSPAをファストファッションだとする記述が目につくので注意が必要だ. 注4: 受賞理由等詳しくは,ポーター賞のホームページに公表されている「過去の受賞企業・事業部」(こちら)の下の方にある「2009年受賞企業・事業部」を参照. 注5: メニュー,営業利益率などのデータは株式会社サイゼリアのホームページを参照した。 |
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