今月の提言


2月の提言:『トヨタもキリン・サントリーも企業価値向上とは何かを再考せよ』



今年に入ってビジネスに関するビッグ・ニュースは、キリン・サントリーの経営統合破談とトヨタのリコール問題であろう。前者は共通の統合目的を持ちながら危機感を共有化できなかった点が破談の背景にある。後者は対応が後手に回った点が問題を大きくしたと思われる。この2つのケースは、一見共通点がないように見えるが、実はそうではない。両方とも企業価値向上に対する認識が希薄であった点で共通していると思われる。

まず、キリン・サントリーの経営統合破談に関しては、両社の社長は「縮み続ける国内市場に大手がひしめくような余裕はもはやない。多角化、国際化を進めなければ生き残れない」という共通認識があった。そのうえで、国内市場の足場を固めてグローバル市場へ展開を加速するという明確な戦略的意図があったのである。にもかかわらず、文化の違いや統合比率に関する両社の思惑の相違など企業内部の問題に起因して破談となった。

今回の破談は、トップ同士の危機感を双方あるいは一方の社内に浸透しきれなかった点に問題があったと思う。そして、サントリーの大株主である一族を説得できるであろうと踏んだ、両社のトップの見通しの甘さは否定できない。この意味で、トップの判断、経営の判断が破談の原因といえる。しかし、真の原因は、両社に企業価値を向上を第一義に考えるという文化が根付いていなかった点にあると考える。サントリーは非上場で創業家一族が経営する家業であるとはいえ、株主のみならず従業員などのステークホルダー全体の利益に寄与する選択を行うのが企業の社会的責任ではないか(注1)。

次に、トヨタのリコール問題は、2007年に発覚したフロアマットの不具合と2008年に発覚したアクセルペダルの欠陥に対する対応の遅れが問題になっている。昨年の秋以降の主な動きを日経新聞からピックアップすると下記のとおりである(注2)。
  • 「トヨタ380万台リコールへ、復調の米国販売に影、床マットがアクセル制御妨害」(2009/10/01「日本経済新聞 朝刊」)
  • 「米トヨタ車、急加速1000件、19人死亡、米紙報道、顧客が報告」(2009/11/09「日本経済新聞 夕刊」)
  • 「トヨタ、米でペダル改修、床マット問題で400万台超、当局と合意」(2009/11/14「日本経済新聞 朝刊」)
  • 「トヨタ、米で230万台リコール、アクセル戻らぬ恐れ」(2010/01/22「日本経済新聞 夕刊」)
  • 「トヨタ、欧州で回収・修理、アクセル問題、200万台対象に検討」(2010/01/26日本経済新聞 朝刊)
  • 「トヨタ異例の対応、リコール車種、販売・生産停止、信頼回復に全力」 (2010/01/27「日本経済新聞 夕刊」)
  • 「トヨタ、109万台追加改修、米フロアマット問題、対象530万台に」 (2010/01/28「日本経済新聞 夕刊」)
  • 「トヨタの不具合問題、世界で拡大、700万台超の可能性も、米では中古車販売中止も」(2010/01/29「日本経済新聞 朝刊」)
  • 「リコール8車種、トヨタ、米であす生産停止、部品調達など、事態収拾、なお時間」(2010/01/31「日本経済新聞 朝刊」)
  • 「信頼回復へ陣頭指揮、トヨタ社長、リコール問題で会見『影響を最小限に』」 (2010/02/10「日本経済新聞 朝刊」)
  • 「トヨタ、リスク対策で新組織、社長直轄、世界規模で情報収集」(2010/02/13「日本経済新聞 朝刊」)
  • 「トヨタ社長を招致、米議会、24日の公聴会に」(2010/02/19「日本経済新聞 朝刊」)
上記の記事から読み取れることは、昨年の秋以降問題が大きくなってから社長が前面に出るまで4,5ヵ月を要している点だ。確かに、フロアマットやアクセルペダルの欠陥は技術的な問題であり、トヨタの「徹底的に調べる」体質が対応の遅れを招いた一因ではある。しかし、米国のビジネススクール、KelloggのD. Diermeier教授が指摘している通り、「トヨタの間違いはマネジメントでなくエンジニアリングの問題と考えたこと」である。 トヨタは上述した記事から明らかなように、今年の2月にリスクマネジメントに関する社長直轄組織を編成した。遅ればせながら、トヨタは今回のリコールに至る一連の問題がマネジメントの問題であることを認識したようだ。トップの判断、経営の判断の遅れが、ことを大きくしてトヨタの企業価値を棄損させる危機に直面させたことは間違いない。この意味で、トヨタも一連の問題が企業価値に関わるマネジメントの問題であることを、正しく認識していたとは言い難い(注3)(注4)。

ところで、日本企業においても企業統治のあり方が問われ、制度上の整備が進んできた。企業統治とは、企業価値を増大させるための企業組織をいかに構築するかということである。とすれば、両ケースは企業統治の問題でもある。この意味では、日本の代表的な企業が、実は企業統治という観点からは甚だお粗末だということを露呈したともいえる。

この機会に経営トップは企業価値向上のために何を行うべきか、また企業統治について再考してほしい。それは企業が社会的責任を果たす第一歩であると考えるからだ。


注1:
2009年8月の提言「キリンとサントリーの経営統合から何を学ぶか」及び筆者の個人ブログに執筆した「キリンとサントリーの経営統合破談に思う」(2010年2月14日)を参照(下記のURL).

http://www.csconsult.co.jp/teigen/0908.html
http://blog.livedoor.jp/asktaka/archives/51338657.html

注2:
2010年2月10日付けウォール・ストリート・ジャーナル日本版「【現地記者に聞く】トヨタ・リコール危機の背景を読む」を参照.

http://jp.wsj.com/Business-Companies/Autos/node_31639

注3:
2010年2月21日付け読売新聞オンライン「米議会のトヨタ公聴会、『リコール遅れ』に重点」を参照.

http://www.yomiuri.co.jp/atmoney/news/20100221-OYT1T00136.htm

注4:
BusinessWeek誌のD. Diermeier教授による下記の記事による.

"The Toyota Recall: Understanding the Real Problem,"(February 9, 2010).

http://www.businessweek.com/managing/content/feb2010/ca2010029_503075.htm



(先月の提言はこちらへ!これまでの提言はこちらをご覧ください)



トップ・ページへ




ご質問、お問い合わせは下記までお願いします。

© 1997-2007info@asktaka.com