昨年は2008年9月のリーマンショックの影響を受けて世界経済は試練の年であった。世界の主要先進諸国はマイナス成長で、日本企業の業績も急速に悪化した。夏には政権交代が実現し変化の兆しは見えたものの、日本経済再生の成長戦略の道筋が見えたわけではない。先般発表された「成長戦略」も生活重視の需要サイドが主で、未来の産業を後押しする視点が欠如しているように思える。 しかし、2010年は世界の先進諸国が足取りは重いものの景気回復軌道に乗る年となる。日本経済は政策効果が不透明ではあるが、欧米経済の回復に従って先が見えてくるであろう。そこで、今年は未来に向けた「希望」の年となることを願って "HOPE" をキーワードとした。ちなみに、HOPEは下記の4つの頭文字をとったものである(注1)。 Healthy Company(健全な企業) Opportunity for Global Market(グローバル市場機会) Portfolio Strategy (ポートフォリオ戦略) Emergent Strategy(創発戦略) 「健全な会社」というと、財務上の健全さや法令遵守を思い浮かべる読者が多いと思う。健全さの一つの指標はCSR経営を着実に実践しているかどうかであることは確かだ。しかしながら、筆者はこうした型通りの「健全さ」よりも、もっと当たり前のことを着実に実行できる会社を、健全な会社、ヘルシー・カンパニーと呼びたい。例えば、自由闊達な議論ができる風通しの良い社風をもち、世の中の常識と乖離していない会社、誠実に説明責任を果たす会社、足して2で割る形式の中途半端な調整型の意思決定を排する会社等々である。そして、今後はソーシャル・メディアをうまく活用できる能力も求められる。今年はこのような観点から、自社にとって何が健全なのかを考えて欲しい。未来の「希望」の源泉は優秀な人材の存在であり、こうした人材を多く集めるにはヘルシー・カンパニーであることが不可欠だからだ。 国内市場は少子高齢化の影響で市場のパイ全体が縮小していく。また、かつての若者が支えた旺盛な市場の中には、成熟した社会の消費行動の変容により衰退あるいは低迷を余儀なくされているものも多い。自動車やビールが典型的だ。筆者は、消費行動の変容や技術変化による市場の衰退への対応が後手に回って勢いを失った企業を何社も知っている。歴史にイフはないとよく言われるが、もしその時海外市場へ目を向けていれば、状況は変わっていたと思うことが多い。本業が成熟化した場合の企業の成長戦略のオプションは、国内市場をにらんだ多角化と海外市場への展開に大別される。この選択肢を選ぶポイントは成長性にある。成熟企業にとって成長するグローバル市場への展開の足掛かりをつかむか、あるいは海外成長市場を一層強化する年にしてほしい。 ポートフォリオ戦略とは、事業あるいは製品・サービスを中長期的視点から組み合わせて事業リスクを分散する戦略である。成長性の鈍化した事業や製品・サービスが主力である場合企業の将来はどうなるのか、自問自答するまでもないだろう。不況期こそポートフォリオ発想に基づく中長期的な事業ビジョンを創造して、次に備えることが求められる。上述したグローバル市場への展開も、地域ポートフォリオという視点から位置づけてほしい。失われた時代の「選択と集中」の呪縛から逃れて、ポートフォリオ戦略を実践することをお勧めしたい。 創発(emergence)とは、個々の力の発揮によって全体に良い影響を与えることを意味する。 創発戦略(emergent strategy)は、時間の経過とともに偶発的に現われ、当初意図された戦略とは変容したものになる。つまり、現場で市場の動きに接する人々が学習し、環境変化に機敏に対応して当初の戦略を軌道修正することをいう。創発という言葉は10数年ほど前にビジネス誌などに盛んに露出した言葉ではあるが、はたして日本企業にどこまで浸透し、定着しているかは疑問である。実は、創発戦略があれば従来の戦略が不要というのではない。ただ、意図された戦略の前提となるビジョンが従来よりも重要となるのである。海図なき航海が無謀であるのと同様に、ビジョンなき創発戦略は不毛であり果実を生まないことが多くの例が示している。今年は上述した事業ビジョンを含む将来の進むべき方向を練り直して、創発戦略の進化を目指してほしい(注2)。 上記の4点を踏まえて、2010年は未来を築く第一歩を踏み出す希望の年となることを期待したい。 注1: 毎年当社の賀状は「当社がご提案する今年のビジネスキーワード」を記載しています.今年は"HOPE"ですが,一部の賀状は"Portfplio Strategy"ではなく"Positioning Strategy"となっていました.ここに訂正してお詫びいたします. 注2: 創発戦略について詳しくは下記の書籍を参照. Henry Mintzberg,The Rise and Fall of Strategic Planning: Reconceiving the Roles for Planning, Plans, Planners (1994).翻訳書は中村元一監訳『戦略計画 創造的破壊の時代』(産能大出版部, 1997). |
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