3月の提言において「景気の波を超えて増益を達成できるような企業は、競争戦略の基本に忠実」であると述べた。ところが、何人かの読者からもう少し具体的に述べてほしい、事例を示してほしい、といったコメントをいただいた。幸い日本には競争戦略論のポーター教授にちなんだ「ポーター賞」なるものがある。そこで、今月はポーター賞受賞企業の戦略をみて高収益会社の条件を探ってみたい。 ポーター賞は一橋大学大学院国際企業戦略研究科における「ポーター賞」運営委員会が評価・選定を行っている。2001年から毎年、各業界で高収益を維持し、他社とは異なる独自性のある価値を提供しユニークな方法で競争する企業や事業にポーター賞を授与してきた。2008年までの8年間の受賞企業・事業は下記の表の通りである(注1)。
第1回ポーター賞を受賞した企業はマブチモーター株式会社と松井証券株式会社である。マブチモーターの授賞理由は「小型直流ブラシ付きモーター」への集中であり、「標準化戦略」による差別化である。同社はAVから自動車電装機器、家電、事務機器など幅広い用途の小型モーターで、世界のトップシェアを維持してきた点が評価された。一方、松井証券は「何をしないかの選択と個人の信用取引」に特化し、何をしないか、つまりトレードオフによるの競争戦略の明確さが評価された。同社は株取引経験の豊富な個人をターゲットにして、法人や経験の浅い個人をターゲットにしていない。さらに株式投信やミニ株、MMFなどのサービスも提供していないのである。また、営業店や営業マンをおかず、オンライン信用取引をメーンにビジネスを行った。松井証券はターゲットに合わせて、商品と営業しててむで差別化しているのである。この2社はポーター教授の「差別化フォーカス戦略」を実行しているといえる(注2)。 第8回までで「単一事業を営む企業」19社がポーター賞を受賞した。第1回の受賞企業にみるように、多くは特定の商品・市場やターゲットに特化し、その市場・ターゲットに対して差別化商品・サービスを提供している。こうした「差別化フォーカス戦略」を実行しているのは19社中9社である。続いて「差別化戦略」が7社、「集中戦略」が2社、「コストフォーカス戦略」が1社となっている。他方、多角化企業の事業部門としての受賞は7事業部門である。うち3事業部門が「差別化フォーカス戦略」、他は「差別化戦略」と「集中戦略」がそれぞれ2事業部門だ。このように競争戦略が巧みで業界他社に比べて高い利益を生む企業は、差別化フォーカス戦略を実行している企業あるいは事業が多いことが分かる。 差別化フォーカス戦略は、駿河銀行のように個人市場に特化し、独自性のある新商品・サービスを提供するのが典型的な事例である。たとえば、大同生命は中小企業市場に特化し、経営者の在任中の死亡などの法人リスクに対応する差別化された保険サービスを提供した。同社は生保業界8位(当時、現在は太陽生命等とともにT&Dホールディングス傘下の事業会社)ながら、中小企業市場で21%の高シェアを獲得した。さらに、トレンドマイクロはウィルス対策市場に特化し、迅速なウイルス対策サービスで差別化した。このように、単なる市場やターゲットに特化するのみならず、差別化された商品サービスを提供することで持続的な競争優位を維持することが可能となる。 市場やターゲットを特化する集中戦略をとらず、差別化戦略で成功している企業も多い。 セブンイレブンは「朝起きてから夜寝るまでにちょっと必要な」ものを「いつでも高い品質で」効率的に提供できるシステムを構築し、品揃えで差別化している。良品計画は「無印良品」という価値提案で差別化し、さらに自社ブランド品企画流通というSAP(製造小売り)で低価格を実現している。バンダイは「テレビ完全連動型キャラクター・マーチャンダイジング」というポジショニングで差別化している(バンダイは05年9月にバンダイナムコホールディングス傘下の事業会社となった)。また、キヤノンのレンズ事業部は技術力で差別化を実現、HOYAのビジョンケアカンパニーは薄い、反射しないなどの高付加価値レンズで差別化している。 ところで、受賞企業19社をみると企業規模が大きい企業ばかりではない。これは集中戦略を実行し、市場やターゲットを特化して大きな市場の一部を事業領域にしている企業が多ければ当然の帰結である。市場・ターゲットをフォーカスせずに差別化戦略で成功したのは、セブンイレブン、バンダイ及び中古ビジネスのガリバーやブックオフ等である。また東海バネ工業は縮小する国内バネ市場の中で「多品種微量受注生産」で差別化した成功事例だ。 上述したとおり、業界の他企業よりも高い利益を稼ぐ競争戦略の優れた企業は、差別化フォーカス戦略や差別化戦略を実行していることが分かった。自社の事業領域の中で市場を細分化し、絞り込むことで差別化商品・サービスを提供できる可能性を検討すべきだ。あるいは、全社的に差別化戦略を実行できない場合でも、ライバルとの違いを出せる可能性のある事業部門があるかどうかをチェックすべきである。 ポーター教授の競争戦略の本質は、ライバルとの違いの創出にある。横並び意識と行動に馴染んだ多くの日本企業にとって、まずは競合他社との「違い」がどこにあるかを見極め、その差を最大化するような手を打ってほしい。 注1: ポーター賞の審査基準は次の通り.詳しくは,下記のURLを参照のこと. http://www.porterprize.org/selection.html 第1次審査:
注2: 受賞理由等はポーター賞のホームページに公表されている「過去の受賞企業・事業部」 を参考にした(こちら). |
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