今月の提言


2月の提言『不況期こそ遠近法経営の実践を!』



経営トップは「百年に一度の未曾有の難局」という現状に金縛りになっている感がある。しかし、このような時期こそ筆者が以前より提唱している「遠近法経営」が求められているのではないだろうか。つまり、現在と将来を同時に見据えたマネジメントが不可欠であると思う(注1)。

業界によって多少の差はあるが昨年の秋以降売上が低迷している。すでに今期の大幅な営業赤字を公表した企業も多いが、水面下で懸命に対策を講じている企業が大半だ。しかし、こうした状況下で、危機管理システムを活用して対応した日本企業はどれだけあるか。危機管理は先進国の多くの企業で導入されているが、それは事故や災害のみならず、経済危機など、企業の存続にかかわるすべてが対象にされるべきなのである。

例えば、米ビジネス・ウィーク誌によると、今回の世界同時不況に関して米国のデュポン社の危機管理プランがうまく機能したという。昨年の10月上旬に同社のCEOであるホリデイ氏は経済危機を認識し、危機管理チームが招集され、短期と長期に分けた金融関連対策が講じられた。具体的には、危機感を共有化するために、短期対策として全社員に経費削減や資金繰りなどの改善策を3つ提案させて実践した。この結果、出張経費の削減、社内会議削減、必要最低限の費用以外は支出を凍結、などで短期的なコストが削減された(注2)。

日本企業もさまざまなコスト削減など危機対策を講じている。しかし、それが危機管理システムとして内部統制システムと連動して実施されたかどうかが重要である。さらに、短時間で危機対策が実行されることが肝要だ。ちなみに、デュポン社は危機管理のスタートから実施まで6週間だったというが、読者の会社では初動にどのぐらいの時間を要するか。

ところで、短期的な対策のみならず、並行して中長期的な対策を講じることが重要である。この点に関して、トヨタの張富士夫会長の言葉は筆者のいいたい点を代弁している。少し長くなるが引用してみよう(注3)。

「いまトヨタの社内には赤字になったことに対する危機感がかなりあります。(中略)ただ、大切なのは、短期と中長期を峻別して対策をとることです。短期的な視点しかないと『赤字だから、とりあえずカネを使うことはみんな止めろ』という雰囲気になり、事業がシュリンクしてしまう。しかし、中長期的に見れば、市場は再び戻ってくる。その時先頭を走っているためには何をしなければならないのか。こうした意識を持つことが重要ではないでしょうか」

上記のような発言は「トヨタ銀行」といわれる企業だからこそいえることだ、と思う向きもあるかもしれない。しかしながら、過去の不況期に先を見越した手を打てたかどうかが、その後の業績を左右してきたことを思い起こすべきだ。張会長の「その時先頭を走っているためには何をしなければならないのか」という言葉は、言い換えれば、未来を見据えたビジョンということができる。短期的な目先の対策に止まらず、ビジョンに基づく戦略の再構築と先行投資こそ将来の勝ち組となる条件といえる。

今こそ、遠近法経営を実践し、短期の危機対策とともに中長期的な視点から経営資源の再配分を行うべきである。


注1:
遠近法経営については2004年12月の提言『遠近法経営で未来をマネジメントする!』(こちら)を参照.

注2:
デュポン社の危機管理プランについて、詳しくは下記を参照のこと.ホリデイ氏は顧客である日本のグローバル企業のトップとの会話を通じて危機感を肌に感じたという.危機意識と対策の初動に関しては、その日本企業が一歩先んじているが、成果はどちらに軍配があるかが興味深い.

"Managing Through A Crisis,"BusinessWeek, January 19, 2009, pp.30-38.

注3:
下記より引用.

張富士夫「トヨタ会長インタビュー・危機こそ改善のチャンスだ」『文藝春秋』2009年3月号.



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