経営トップが認識する経営課題は時代とともに変化する。手元にある日本能率協会による経営課題に関する調査結果を眺めていると、2005年頃からトップの意識も急激に変化していることが分かる(注1)。 90年代後半から2004年までは、財務体質強化が経営課題の1位を占め、低コスト経営とともに経営トップの最大の関心事であった。ところが、2005年からは「収益性向上」が1位となり、「売上・シェア拡大」「人材強化」と続いている。そして、2007年は上位3項目は変わらないものの、「人材強化」が2位になった。さらに、将来、つまり2010年頃の経営課題では「人材強化」が1位となっている点に注目すべきだ。 こうした結果をみると、2005年頃から多くの経営トップの意識は「守りの経営」から「攻めの経営」へと転じたものと想像できる。団塊世代の退職後をにらんで人的資源管理(HRM)を重視しながら、攻めの経営を模索する姿が思い浮かぶ。 前述した調査には続編があり、企業の人材強化の動向をフォローしている。具体的な人材強化策として、約5割の企業が前年に比べて教育予算を増加させて、「新入社員研修」「中堅社員研修」「中級管理職(部課長)研修」などを強化しているという。 いうまでもなく「企業は人なり」という言葉は名言である。それゆえ、動機がどこにあるにせよ人材強化の動きは好ましい。しかしながら、筆者は日本企業の研修のあり方には日頃から疑問を抱いている。まず、「リーダー育成」という視点が弱い点である。次に、階層別には役員・役員候補向け研修のお粗末さがあげられる。 企業の業績はリーダー次第というのは歴然とした事実である。例えば、地方の事業所を想起しよう。リーダーシップのとれる人とそうでない人との実績の差は明らかであろう。また、小売チェーンや飲食チェーンを考えれば、店長次第で店の売上が左右されることはよく知られている。そして企業全体の業績は、あまり大きな声ではいわれていないが、リーダーである経営トップ次第である(注2)。 これからはますます環境変化に機敏に対処できるよう、現場に近いところにいるマネジャーが戦略眼を持ったリーダーとなることが求められよう。また、かってのような一元的管理ではなく、社員に自主性と責任感をもたせ、行動の質を高めることのできるリーダーが必要となる。全社戦略、事業戦略を踏まえて、自らの部隊を動かすことのできるこうしたリーダーの優劣が企業全体の業績の差をもたらすことになる。それゆえ、経営トップはリーダー育成教育にもっと注目すべきである。 では、リーダーの能力とはいかなるものか。いろいろな視点があるが、筆者はMITのスローン・スクールの教授達が提唱している次の4つの能力に注目している(注3)。
次に、人間関係を築くには、時間をかけて相手の見解を理解することから始める。自分の見解を述べる前に相手の発言を促し、自分の見解を述べるときには事前に最適な説明を考慮し、結論に至ったプロセスまでよく説明する。 ビジョンを描くには、日頃からそれを考えていることが肝要だ。そして、そのビジョンの大切さや、それによって達成できる事柄をよく説明できるように準備する。もし理解がえられないようであれば、共通のビジョンをつくり上げるように努力する。 最後に、創意工夫に優れている人は、新しい仕事や課題に直面した場合、これまでの方法がベストであるとは考えずに、絶えず選択肢があるかどうかを確認しながら新しい方法で取り組みように努める。 上記の能力をすべて保持する「完全なリーダー」は少ないといわれている。むしろ、自分がどの能力が欠けているかを認識し、欠けている能力は部下や同僚に補ってもらいながら協調して創造的な仕事をする「分散型リーダー」こそ、これからのリーダーだという。 さて、読者のまわりに上記の「分散型リーダー」の条件に合致する人をイメージできるだろうか。もし多数存在すれば、真のリーダー予備軍の層の厚さを喜ぶべきだ。あとは丁寧にリーダー教育を行えばよい。問題は条件に合う人があまり見受けられない場合である。 この場合は、経営トップの意識改革が必要だ。なぜならば、その会社にはリーダー能力をはぐくむ風土、文化が欠如しているからである。トップがこの点を十分に認識してリーダーの育成を真剣に考えなければ、その会社の未来は明るいとはいえないだろう。 人材強化を目指す企業が多いことは結構だが、この際「リーダー育成」について再考してみてはどうか。 注1: 社団法人日本能率協会が実施した『2007年度(第29回)当面する企業経営課題に関する調査』による。結果のグラフは(こちら)をご覧ください。 注2: 2006年10月の提言『トップは今何をすべきか?』を参照。 注3: D. Ancona, T. W. Malone, W. J. Orlikowski and P. M. Senge, "In Praise of the Incomplete Leader," Harvard Business Review, Feb, 2007.(「完全なるリーダーはいらない〜分散型リーダーシップのすすめ」、『DIAMONDハーバード・ビジネス』07年9月号所収)。 |
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