今月の提言


8月の提言:『「らしさ」を再確認して戦略を見直そう!』



昔から「経営はサイエンス(分析)かアート(直観)か」という議論がある。ここ10年では、ヘンリー・ミンツバーグ教授や野中郁次郎氏の議論が代表的だ。こうした議論の背景には、経営環境の予見、予測の困難さに対する確信と戦略に対する不信がある。

例えば、日本のケースでは、古くは80年代後半のバブルの発端といわれている旧国土庁の予測結果がある。それは、日本が「アジアにおける金融の中心地となり、外資を含めビル需要が激増する」というものであったと記憶している。こうした過大な予測結果が、過剰流動性や銀行・不動産会社・不動産鑑定士の連動した動きと相俟ってバブルを発生させた。また、バブルの崩壊に関しても、89年の経済白書では高らかに「日本経済は新たな成長段階に入った」と宣言したものだ。ところが「成長段階」どころか、その年の年末には株価はピークに達し、その後のバブル崩壊への下降局面に入ったのである。

それから、90年代後半の「自動車業界では世界のトップ5しか生き残れない(それゆえホンダは生き残れるか)」「ルノーと日産との提携は効果がない」などと見通した内外のアナリストは多かった。だが、現実はホンダはいまだに健在で、ルノーの提携効果は大である。

海外の著名な経営者をはじめとして様々な予測や見通しが述べられている。しかしながら、「個人がコンピュータを家庭でもつことはありえない」(DEC創業者、ケン・オルセン)、「アップルは解散して、お金を株主に返した方がいい」(マイケル・デル)など、多くは的外れな結果になっているのである。

このような経営環境の予測の困難さは、分析をベースにした戦略そのものを懐疑的にする一因となった。すなわち、ミンツバーグ教授や野中氏は次のように述べている。

ミンツバーグ教授は、戦略計画と戦略(あるいは戦略的思考)とは異なるものだと述べている。前者は、分析が中心だが、これは戦略でも経営でもないという。戦略とは、会社の方向性や競争社会での勝ち方を示すビジョンだという。そして、ビジョンは情報を細分化したり数値化する「分析」ではなく、直感や創造力によるさまざまな情報の統合により生まれるものだと指摘している(注1)。

それから、野中郁次郎氏は、「分析まひ症候群」に侵された日本企業に警鐘を鳴らしている。「美しい分析や整然としたプレゼンテーション」を偏重することなく、現場での暗黙知を生かした現実的な判断と、全人格をかけた創造力に基づくイノベーションが必要だと説く。両氏ともに、分析よりも「直観や創造力」を重視している点がポイントである(注2)。

ところで、経営や戦略にとって「分析」が全く不要かといえば、そうではない。分析は戦略のアイデア、切り口を提供する。さらに過去のデータを分析することは、歴史を学ぶことと同様に一定の意味がある。少なくても過去の行動の現在への影響を検証することができ、過去に学ぶことができれば、過去の過ちを回避できるからだ。また、現状を多様な観点から分析することによって、経営トップの思いつきや独断を軌道修正できる。

筆者は、こうした分析の限界やメリットを理解した上で、環境予測などの分析に過度に依存せず、アートの部分、つまり直感や創造力を生かした戦略(づくり)が求められていると思う。ここで、ただ「直観や創造力」を生かせといっても実務的ではない。直感や創造力を生かすためには、まず自社「らしさ」を徹底的に追及することから始めることをお勧めしたい。換言すれば、自社の文化・風土、経営資源の特徴、強みに立脚した発想である。

戦略の定義は論者によって様々だが、一言でいえば「競争に勝つためのプラン」といったところだろう。競争に勝つには、ポーター教授の指摘する通り「他社との違いを出す」ことが重要である。それには「らしさ」を再確認して、他社との差異を明確にした上で違いを打ち出すべきだ。

もし「競合他社との違いは何か」との問いに、明確に答えられない企業があるとすれば、是非上記を実践して戦略を再考してはどうか。


注1:
ヘンリー・ミンツバーグ(中村元一監訳・黒田哲彦他訳)『戦略計画〜創造的破壊の時代(The Rise and Fall of Strategic Planning)』(産能大学出版部、97年7月).

注2:
野中郁次郎『日本企業に蔓延する「分析まひ症候群」傍観者はリーダーではない (経営リーダーの育て方)』、NBonline(日経ビジネスオンライン).

http://business.nikkeibp.co.jp/article/manage/20070518/125130/

なお、下記のコラムでは野中氏は、経営学の使命は「サイエンスとアートの統合」であると述べている。

野中郁次郎『経営は科学なのか(あすへの話題)』(07年1月26日付日本経済新聞夕刊).

注3:
「らしさの経営」に関しては、拙著『ブランディング・カンパニー』(経林書房)を参照(但し、現在絶版)。



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