最近、日本企業と海外企業との戦略的行動の差は、「戦略的コミットメント」を理解しているかどうかによると思うことがよくある。戦略的コミットメントとは、工場新設や新製品参入など、影響が長期間に及び「後戻り」できない意思決定をいう。価格設定や四半期ベースの生産数量決定など、後戻りができ、影響も短期間ですむ「戦術的」意思決定とは明確に区別されるべきである。一握りのグローバル企業を除いて、この点を認識しているのだろうか(注1)。 戦略的コミットメントが重要なのは、業界の競争環境に影響を与えるからだ。自社のスタンスからみれば、コミットメントを行うことによって競争相手の予想に影響を与え、自社を有利な環境に導くことができるのである。しかしながら、このようなコミットメントが有効に働くには、企業が競合他社の動きを予想しながら、合理的な意思決定を行うことが前提となる。だが、日本企業の場合、この「合理的に」という部分がどうもあやしいのである。 たとえば、ある企業(A社)が積極策に出て、新工場を建設するとしよう。この場合、競合他社(B社など)にも同様な動きがあると仮定する。A社のコミットメントによって、競争相手から期待通りの反応をえるには、次の3点の特徴が不可欠である。
上記のケースの場合、日本企業は往々にしてB社のような消極的戦略に転じることなく、A社と横並びの積極的戦略をとることが多かった(積極策の予想キャッシュフロー、つまりNPV(Net Present Value:正味現在価値)が消極策に比べて少なくても)。その結果、低稼働の工場あるいは肥大した資産をもつ業界が多数出現したのである。具体的な業界をあげるまでもなく、読者のまわりをみると、いまだにこうした業界が現存していることが理解できるであろう。 他方、海外企業の戦略的コミットメントへの対応を誤り、積極的戦略をとるべきなのに、消極策に終始して後手に回ったケースも多い。たとえば、かつての半導体メーカーの設備投資の遅れが代表例である。また、ビール業界において、アサヒビールが新商品としてスーパードライを投入したケースも、戦略的コミットメントの観点からみると興味深い。筆者の試算では、キリンビールが可及的速やかに積極策を講じ新商品を投入していれば、二番手に甘んじることはなかったかもしれない。筆者のみる限り、キリンビールはアサヒの積極策に対して消極的戦略しかとりえなかったのである(注3)。 しかし、戦略的コミットメンは自社の行動に縛りをかける点に注意すべきだ。つまり、予期せぬ環境変化によって見通しが狂ったり、ライバルに手の内を知られて予想とは異なる反応に直面し、投資を回収できないリスクがある。効果的なコミットメントを行うには、先を見通し、相手の反応を見極めるプロセスが重要である。完全な予測はありえないものの、情報収集によって一層先読みの精度を上げてリスクを少なくすることは可能だ。 筆者はかつて経営トップの意思決定にゲーム理論を活用するよう提言したことがある。戦略的な意思決定が行われたと思われるケースも散見するが、まだ多くは「情の経営」から脱しきれていない。筆者は「情」を全否定するつもりはない。だが、戦略的コミットメントをはじめ「戦略的行動」とは何かを再考し、意思決定にかかわる部分では「理の経営」へと変身してほしい。それが企業の意思決定の質を高め、内外の競争環境に生き抜くための課題だと思うからだ。(注4)。 注1: 戦略的コミットメントに関して詳しくは下記を参照。 デイビッド・ベサンコ他(奥村昭博+大林厚臣訳)『戦略の経済学』(ダイヤモンド社、2002年) 注2: 読者の読みやすさを考慮して、ゲーム論等の理論的説明を省き、厳密さを無視して直観的な解説のみとした。厳密な論理展開に興味のある方は前掲書(pp.281-305)を参照のこと。 注3: 日本の半導体メーカーの大型設備投資の遅れに関しては、当時の間接金融の流れの中で銀行の担保ベースの融資姿勢にも問題があったとする見方もある。 注4: ゲーム理論の活用に関しては、2004年10月の提言『意思決定にゲーム理論を活用せよ!』(こちら)を参照。 |
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