最近経営トップにお目にかかると、そろそろ本音が聞こえてくるようになった。企業統治、内部統制、CSR(企業の社会的責任)などの一連の活動の意味を問う声である。もっといえば、このような活動が行き過ぎると活力を失い、会社を潰しかねない、という危惧である。
そこで今月は、企業統治等の活動が企業の業績にどう関連するかをサーベイして、いま企業が何をすべきかを考えてみたい。 まず、内閣府が2004年に行った調査研究では、企業統治が優れている企業は業績も良い、という結果になっている。株主・資本構成や取締役会の構成、情報開示などに関する28項目によって企業統治の優劣が判定される。大雑把にいうと外国人持株比率や機関投資家比率そして社外取締役比率が高く、情報開示度が高い企業ほど「ガバナンスが優れている」のである。結論は、ガバナンスが優れた企業ほど高い業績を示すとされている(注1)。 このように上記を代表とする、企業統治と業績との間に正の相関関係があるとするものがあるが、否定的な調査研究も数多く存在する。たとえば、日経新聞の調査によると、ガバナンスが優れていると判断される委員会等設置会社(31社)の時価総額や収益の伸びは東証一部上場企業の平均を下回る結果となった。また、花崎正晴氏の研究によると、03年6月までに委員会等設置会社に移行した34社を調べたところ、移行後に収益性が改善した企業は少数にすぎず、株価も下落した企業の方が多かった。さらに、経団連のレポートによっても、「執行と監督の明確な分離」や「内部統制の充実」などガバナンスの強化が企業価値、すなわち株式時価総額の増大に及ぼす影響は中立的であるとされる。つまり、ガバナンスを強化しても企業価値はプラスにもマイナスにもならないのである(注2)。 日本において2003年4月から委員会等設置会社の導入など企業統治の改革がスタートした。この種の改革の効果が現れるには時間が必要な点を考慮しても、今のところ企業統治と業績との間に正の相関は認めにくい。たとえ両者の間に正の相関があるとしても、ニワトリが先か卵が先かという問題は残るのである。要は、もともと業績の良い企業がガバナンスの強化に取り組んでいるとも考えられるからである。そして、私見では効果はブランド価値の向上を通じて中長期的に現れるとみるべきだ。 ところで、委員会制度、執行役員制度、社外取締役の導入等は米国型企業統治のコアというべき仕組みである。だが、欧米でも70年代から社外取締役の実効性に対して議論があった。最近では「社外取締役の比率は業績に無関係」だとする意見もある。では、企業統治を強化しても業績に直結しないからといって、ガバナンスを軽視してよいかというと、そうではないのである。 もともと業績とは何を意味するのか。一般には、売上高や利益で業績を評価する。最近では売上よりも利益を重視する傾向にある。そこで、一定か、より安いコストで、一層多く売れば利益は向上するのである。より多くを売るには顧客の視点から優れた製品・サービスを提供するとともにブランド力を高めることが不可欠だ。 企業統治は広義にはCSRの一部であり、CSR活動の推進によりブランド価値を高めることが期待される。ブランド価値は企業価値を高めるための一つの変数と考えることができ、それゆえCSRは企業にとって重要な意味を持つ。しかしながら、真に企業価値を高めるには、優れた製品・サービスを生み出す資産、戦略が必要なのである(こちらの図表1〜3を参照)。このように考えると、筆者には「企業統治と業績との関係」に一喜一憂すること自体が不毛のことのように思われる(注3)。 顧客不在で、魅力的な製品・サービスを提供せずして、CSR経営や企業統治にいくら熱心でも業績が向上するわけがないのである。株主重視経営の名のもとに、ステークホルダーの一員である「顧客」を軽視すればそのつけは大きく、会社を潰すことにもなりかねない。 ここは下記の今は亡きドラッカーの名言を肝に銘じつつ、永いスパンをとってガバナンスの強化を含むCSR活動を継続してほしい。 「事業の目的についての正しい定義は唯一つ、それは顧客を創造することである。(中略)顧客が買おうと考え、『値打ちがある』と考えることが、事業の成功にとって決定的に重要だ」(The Practice of Management(邦題『現代の経営』)、p.37より筆者が意訳・超訳した) 注1: ここで、業績とは総資産利益率(ROA)、全要素生産性(TFP)、企業の市場価値を示す「トービンのQ」(株式時価総額+負債総額/資産総額)をいう。詳しくは下記を参照のこと。 内閣府・内閣政策統括官室『企業の事業再構築、コーポレートガバナンスと企業業績―近年の企業関連制度整備の効果』(2004年) 注2: 詳しくは下記を参照。 「委員会等設置会社―進む統治改革 効果は道半ば」『日本経済新聞』2005年8月16日付朝刊 花崎正晴「経済システムとコーポレート・ガバナンス―米・日・東アジアの比較分析」、鈴村興太郎・長岡貞男・花崎正晴(編)『経済制度の生成と設計』(東京大学出版会、2006年) 日本経営者団体連合会『企業価値の最大化に向けた経営戦略』(2006年) 注3: CSR経営の概要を知るには下記の拙稿を参照(こちらをクリックすればPDFファイルをご覧いただけます)。 竹生孝夫「CSR経営がレジャー産業を変身させる」(『月刊レジャー産業資料』06年4月号、綜合ユニコム) |
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