今月の提言


4月の提言:『三角合併解禁を攻めの視点で考える』



5月から「三角合併」が解禁される。この件に関しては2005年3月に『三角合併解禁にどう備えるか』と題して、本提言にて論じたことがある(こちらを参照)。そこでは「三角合併に備えるために」今後次の3点を再検討すべきだと提言した。
         
  1. 企業統治の理念を基本から再検討する
  2.      
  3. 社外取締役を含め取締役会の機能を適正にする
  4.      
  5. ブランド価値を高める
  6.      
基本は上述した点に変わりはない。しかしながら、直近に迫った三角合併「解禁」に向けて、王子製紙のTOBを例にとって前向きに再考してみたい。

昨年の王子製紙による北越製紙に対するTOBの失敗は多くの教訓を残した。業界最大手の王子製紙が業界5位の北越製紙に敵対的買収を仕掛けたわけで、強者が弱者を飲み込む図式に捉えられがちだ。しかし、北越製紙は05年3月期(04年度)まで13期連続で増収増益を続け、また紙・パ業界において13期連続で売上高経常利益率トップの座を維持してきた高業績企業なのである。

高業績の背景には、北越製紙がこれまで成長分野に注力して戦略的に手を打ってきた点がある。たとえば、同社は印刷情報用紙製造工場として国内最大の生産規模を有する2工場を新潟県に設置しているが、さらに550億円を投資して08年に稼働予定の設備計画が進んでいる。

このようにみると、王子対北越は、強大な戦略不在企業対フォーカス型戦略経営企業といった図式と考えた方が適切だ。さらにいえば、売上高にして8倍に達する成熟した業界のリーダーが、力にものをいわせて規模に劣る成長途上にある高業績企業を手中に収めようとする、珍しく「戦略的な」行動だといえる。

ところで、王子製紙が敵対的TOBに失敗した主な要因は、次の3つに要約される。
         
  1. 戦略的な設備投資計画(N9[新潟9号機]計画)の存在
  2.      
  3. ステークホルダーの反対
  4.      
  5. TOBに対する未熟さ
  6.      
TOBにおいては、資本市場において株主がどちらの企業が将来的に企業価値を向上させるかという視点から判断することになる。戦略的に有意義な資金需要の存在は、三菱商事が第三者割当増資を引き受け、友好的な筆頭株主となる大きな要因であった。

次に、今回の場合、ステークホルダーが「反王子」にまわった点が応援買いをうみ、王子の提示したTOB価格を上回る株価を維持する結果となった。こうした反王子の引き金になったのは、TOB期間中のある出来事であったといわれている。

06年8月の半ばに王子製紙の篠田社長が新潟県を訪問した。その時、北越製紙の地元幹部が篠田社長に、北越社員の熱い思いを綴った手紙を渡そうとしたという。しかしながら、篠田社長は同行していた弁護士の助言もあり、その手紙を受取ろうとはしなかった。この光景をテレビが放映したのである。視聴者は、あたかも悪い代官が弱い民の願いをにべもなく断る、時代劇によくあるシーンのように感じたことだろう。この一件の後、地元での反王子の流れが加速し、また同業他社、取引先をはじめ広範囲な北越買いが始まったのである。よく歴史にイフはないといわれるが、もし篠田社長が弁護士の制止を振り切り、手紙を受取って、「皆さんの思いをくみ取って、良い会社にしよう!それには一緒に頑張ろう!」と呼びかけていたら、事態は変わったかもしれない。かつての雪印乳業の社長の記者会見も同様だが、危機に際しての経営トップのステークホルダーに対する姿勢が問われている(注1)。

最後に、王子製紙は通常のTOBの手法を踏襲せず、いかにも中途半端な仕掛け方であった。5%未満まで水面下で株式を買い増しして、突如TOBを仕掛けるという常套手段を回避したことで、王子のTOB戦略を曖昧なものにした。また、通常買収先(北越製紙)の戦略を評価し、TOB価格を上乗せして相手方トップにプレッシャーを与え、最終的には友好的なTOBを目指すのが一般的だ。しかし、最後まで相手方経営陣と敵対することで、反王子の雰囲気を助長させたのである。

王子製紙のTOBは上述した要因によって失敗に終わった。失敗の原因は王子側の戦略・戦術ミスにあった点は否めない。しかしながら、今後三角合併に備えるには、北越製紙のN9計画にみるように、成長シナリオを明確に描き推進していくことが重要なポイントである。 というのは、海外企業がターゲットにする企業は、大きく2つに別れる(注2)。
  • 不動産等豊潤な資産を持ちながら有効活用していない企業
  • 優れた技術・ノウハウを保有しているが、時価総額が割安な企業
上記のような企業は、経営トップ次第で、マネジメント力いかんでさらに企業価値を向上させる可能性が大だからである。

王子製紙のTOBもグローバルに再編が進行している紙パ業界において三角合併を恐れたものと見る向きもある。同様な環境下にある医薬品、鉄鋼、食品、日用品、流通、金融 などの業界も戦々恐々としているという。しかしながら、注2で示した通り、キャッシュフローが少なく、株価も割高なかぎり、それほど恐れることはない。

三角合併はあくまでもM&Aの一手法である。現金が「株式」に変わっただけで、M&Aの本質は変わらない。最良の対策は、明確な成長シナリオをもち、企業価値を向上させるマネジメントを遂行することである。たとえば、トヨタを考えてみよう。Fordの株主はトヨタとどちらを選ぶだろうか。恐らくトヨタの株式と交換した方が良いと考えるだろう。GMの株主さえも今や世界一の自動車メーカーとなるトヨタの株式を選択するかもしれない。

すべての企業が優れた技術・ノウハウ、卓越したマネジメント力をもっているわけではない。しかしながら、良い企業、優れた企業を目指すことはできるのである。三角合併を含むM&Aに備えるには、小手先のポイズン・ピル(買収防衛策)ではなく、一段高い目標、ビジョンを描き、そこに到達するシナリオとアクションプランを示すことが肝要である。 そして、経営トップがそれらをステークホルダーに明確に知らしめることである。

筆者は企業防衛の視点を超えて、自社のビジョン、成長シナリオを踏まえ、海外企業に戦略的なM&Aを仕掛けてほしいと思う。こと買収案件であれば、国内で数兆円、世界で数十兆円はファイナンスできるそうである。三角合併解禁を前向きにとらえて、明日を切り開いてほしい。


注1:
米国では通常TOBを仕掛ける場合、投資銀行、弁護士等のアドバイザーとともに広報・PRアドバイザーをチームに加える。しかし、王子製紙は前者は某社に依頼したが、後者は採用しなかったという。この差がステークホルダーの対応にあらわれたのか、企業体質なのであろうか。

注2:
海外企業が日本法人経由で三角合併により友好的あるいは敵対的M&Aを試みるにしても、それほど多くはないとみる向きも少なくない。その理由の一つは、日本企業はROE(株主資本利益率)やPER(株価収益率)の観点から欧米企業に比べて割高だということである。次に、三角合併を行うと、買収側企業の株式が大量に売却され株価が下落するリスクがあるからだ(これは「フローバック」と呼ばれる)。



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