今月の提言


2月の提言:『水面下で進む多角化路線を考える』



昨年あたりから将来を語る経営トップが増えてきた。リストラが一段落してリストラ景気の中で、2010年あるいは5年先、10年先をにらんだビジョンや中長期計画を練り、成長戦略を模索する余裕が出てきた現われともいえる。こうした動きと相まって、今、水面下で多角化が進んでいる。いくらポーター教授が「ポートフォリオ・マネジメント」を戒めても、成熟市場でビジネスを行っている多くの企業にとって、生存していくには成長市場への参入か既存市場で新市場を創造するしかないである。

過去1年の多角化の動きを日経各紙の記事から検索してみると、成熟市場に直面する幅広い業種が多角化を模索していること分かる。主な記事をピックアップすると次の通りである。
  • 非鉄4社、多角化急ぐ、市況の影響抑え収益安定へ(06/05/24, 日経新聞朝刊)
  • ムトウが多角化、繊維素材を販売、アパレル向け(06/07/31,日経MJ)
  • 富士写真フイルム―IT素材など多角化好感(06/ 09/14, 日経産業)
  • 住生活グループ、老人ホーム参入――まず東京・福岡、120億円で事業買収(06/11/06, 日経新聞夕刊)
  • オリエンタルランド、三菱系に出資、「脱・舞浜」へ多角化加速、外食事業展開を模索(06/11/10, 日経MJ)
  • 日航系のJALUX、多角化に50億円投資(06/12/27, 日経MJ)
  • ゲオ、ゲーム施設参入、少子化にらみ多角化(07/ 01/ 09, 日経新聞朝刊)
  • 婚礼各社、新たな収益源模索、外国人挙式・多角化に活路――アジア拠点拡充(07/01/19,日経聞MJ)
  • AOKIが老人ホーム、09年まず横浜に開業、富裕層の利用見込む(07/01/24, 日経MJ)
  • 伊藤園、M&A解禁――脱緑茶へ多角化急ぐ、「タリーズ」の黒字化カギ(07/01/30, 日経金融)
  • シダックス、大新東を子会社化、給食から事務・管理まで、公共施設運営を一括受託(07/01/30, 日経新聞朝刊)
  • アルバック、薄型パネル依存から脱却――市場熟成にらむ(07/01/31, 日経産業)
  • キタムラ、加賀電子グループから、広告制作事業を取得、印刷サービス拡大(07/02/09, 日経MJ)
ところで、よく知られているように、60年代前半から活発化した米国企業の多角化あるいは多角化のためのM&Aは、その多くが撤退もしくは閉鎖にいたっている。日本においても、80年代後半の「バブル期」に各企業は積極的に多角化路線にシフトしたが、失敗に終わったケースが多い。日米企業とも「選択と集中」とはこうした多角化路線の後始末であった。

では、日本企業の多角化が失敗した原因はなんだろうか。筆者は主な理由は次の3点であると考えている。
  1. 戦略的視点が欠如
  2. 自前主義にこだわり適材適所の人事政策が欠如
  3. 投資基準、撤退基準が不明確
先ず、筆者の知る限り、多角化(M&A、海外資産買収を含む)の失敗ケースの多くは、受身の判断であった。つまり、自社の中長期的ビジョンと戦略的方向付けをした上で、多角化やM&Aを行ったというよりも、金融機関や友好関係にある他社の勧めによるところが多かったと思う。さらに、経営トップの趣味、思いつきで、鶴の一声で多角化に走ったケースも見うけられる。

本来多角化を行うには、参入分野の業種のポテンシャルが高くなければならない。つまり、投資に見合う利益あるいはキャッシュフローを得ることが出来るかどうかが鍵となる。例えば、業界全体の利益率が低い構造不況業種に参入しても、特別の条件がない限り多くは期待できないのである。また、新しい事業が自社の既存資源を活用することによってさらに持続的な競争優位を生み、その結果全体としての企業価値を高めるものでなけらばならない。80年代後半の多角化の時代に、多くの企業がこうした戦略的判断を行っていたとはいいがたい。

次に、当時の多角化、新規事業は「自前主義」、つまり社内の人材を活用することが多かった。「企業内起業家」という言葉が人口に膾炙したのもこの時期である。しかしながら、幾多の例が示すとおり、新しい分野、異分野の事業を展開するには、業界のプロが不可欠である。「業界のプロ」の質と量と「経営のプロ」の力が合体して、多角化の成功確率は高まる。業界の素人と経営のプロ、業界のプロと経営の素人、このいずれの組み合わせでもベストではない。ましてや二線級の人材を投入して、「戦略的な多角化事業」を推進できるはずがないのである。

現在では多くの企業は投資基準、撤退基準を整備している。しかし、80年代は必ずしもこうした基準が明確ではなかった。例えば、60年代からカネボウが推進してきた多角化戦略「ペンタゴン経営」は、繊維、化粧品、食品、薬品、住宅環境の5つの事業分野を均等に発展させようと試みだった。多分野への進出により、不振事業と好調事業が補い合うという、ポートフォリオ経営の実現を目指すものであった。この意味では戦略的な目的は明確であったが、投資基準及び撤退基準の観点からは不備があったといわざるを得ない。

80年代後半に、ポーター教授はポートフォリオ経営は効力を失ったと指摘した。この理由はいくつかあるが、筆者はその最大の難点は、「総合化」という名の下に経営が非効率になることだと思う(注)。

今、進行している多角化が過去の失敗を他山の石として、はたして日本企業の活性化に貢献するだろうか。その成否は、上述した3つの点を考慮して、新たな自社の多角化事業マネジメント・パラダイムを創造できるかどうかにかかっている。それには、多角化企業の歴史に学ぶとともに、ホールディング・カンパニーの役割、機能を徹底的に吟味することが不可欠である。


注:
ポートフォリオ経営に対する批判はポーター教授の下記の論文が代表的である。

Michael E. Porter, "From Competitive Advantage to Corporate Strategy," Harvard Business Review, May-June 1987.



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