今月の提言


10月の提言:『トップは今何をすべきか?』



「企業は人である」とはあまりにも人口に膾炙している言葉である。とりわけ経営トップの考え、ビジョンは大事である。「企業の業績はトップ次第」であることも事実である。しかしながら、トップの行動をよく観察すると、トップが自らの仕事をよく理解していないと思われる節がある。そこで、今月は「トップのやるべき仕事」について考えてみたい。

トップの仕事とは何だろうか。現場主義に徹してこまめに工場や事業所に顔を出し「現場の意見」を汲み取る、壮大な目標を掲げ部下を激励叱咤する、あるいは緻密な目標管理を行う等々様々な仕事があるかもしれない。だが、トップの本来の仕事は、日常の業務を管理することではないのである。無論、短期的には直面する経営課題に適切な対応が求められるが、筆者は中長期的な企業の進むべき方向を決めることこそトップの仕事であると考える。

例えば、図表1と2を見ていただきたい。花王とライオン、キヤノンとミノルタの実質営業利益の差をどう考えるか。筆者には戦略の大きな差があったと思えるのである(もっと見やすい図表をお望みの方はPDFファイル(こちら)をご覧ください)(注1)。

図表1:花王とライオンの実質営業利益の差
図表1:花王とライオンの実質営業利益の差
出所:注1の図表4-10-1による。


図表2:キヤノンとミノルタの実質営業利益の差
図表2:キヤノンとミノルタの実質営業利益の差
出所:注1の図表4-10-2による。

花王とキヤノンの事例はあまりにも有名なので詳細は他に譲るが、ポイントは次の通りである。花王は1969年からほぼ30年かけて問屋を経由する間接販売体制から直販体制へと移行した。元社長の丸田芳郎氏(社長在任は71年から90年まで)が牽引した、従来の商慣習を破った直販体制の推進という「戦略の差」がライオンとの利益の差を生んだのである。

一方、キヤノンは1962年に第1次長期経営計画において事務機への進出意図を発表し、70年代後半には事務機への展開を本格化した。こうした多角化戦略は課長として計画を立案した賀来龍三郎氏が社長時代(77年から89年まで社長)に軌道に乗せたものだ。キヤノンは1969年には社名からカメラをとって並々ならぬ決意を内外に示したが、ミノルタが遅れること四半世紀を経て1994年に社名からカメラをはずしたのとは大違いである。これを戦略の差といわずして何というのか。

ところで、上述した丸田氏も賀来氏も企業の戦略を転換した卓越したトップであり、10年を超える長期にわたって社長として戦略を推進した。そして、二人とも急逝した社長のあとを継いだ、危機の中で生まれたトップであった。ここで売上高営業利益率が長期的に二桁以上を示す高業績企業の社長の任期は、10年を超えるケースがほとんどであるという点に留意すべきである。適切な戦略を着実に実行して成果に結び付けるには時間が必要なのである(注2)。

このように経営トップ、社長の本来の仕事とは、長期的視点から大きく会社の方向を転換し、持続的にその戦略を推進させることであると考える。周りを見渡すと、トップがあまりにも日常の些事に追われているように思うことがある。ここは是非百年の計とまではいかなくても、最低でも10年や20年スパンの事業観をもって企業の進むべき方向を考え、それを長期にわたって実行してほしい。


注1:
三品和弘『経営戦略を問い直す』(ちくま新書、2006年9月)による。

注2:
三品和弘『戦略不全の論理』(東洋経済新報社、2004年9月)を参照。



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