8月の提言は夏季休暇向けの読書案内が恒例だが、今年はやや趣を変えて、ビジネススクール(以下BS)に関して述べてみたい。というのは、何年か前から特に米国のビジネススクールの変調が伝えられている。それゆえか、筆者には短略的にBS不要論が跋扈しているようにみえる。しかし、筆者は日本企業にとって経営幹部教育という観点から、BSは極めて有用であると考えるのである。 米国のBSは応募者数が減少し、合格ラインも下がり、カーネギーメロンのように定員を減らすBSさえ出現しているという。数年前までは経営トップを目指す人々は、こぞってハーバードやスタンフォードなどの一流のBSでMBAを取得しようとしたものだが、何故米国のBSが不人気になったのか。その原因は要約すると次の3点になろう(注1)。
戦略コンサルティング会社は、かつてはゴールドマンサックスなどの投資会社と並んでMBAの大口受け入れ先だった。しかし現在では、例えばマッキンゼーなどは学卒が7割前後、MBAが3割前後と、以前と比べて比率が逆転しているという。ということは、MBA取得後に高給で採用してくれる企業群が減少し、費用対効果が低下したことを意味する。これらの点がBS離れの一因である点は否めないだろう。 二番目に、上述したニーズに対してBSの教授陣が応え切れていないとの指摘も多い。米国でBSが誕生して以来、実学重視、理論重視と何度かの波があった。しかしながら、1950年代末にBSの学問的レベルを危惧する2つの報告書が公表された後、BSのアカデミズム重視への流れが加速し、現在に至っている。この結果、BSの教授陣は実務家よりもPh.D保持者が大勢を占め、専門的な知識は豊富で理論的モデルの組み立てには秀でているが、実務経験の希薄な教員が増加したのである。 専門的な学問を取得した教員の増加は、もう一つの弊害を生んでいる。教授陣は専門化した領域、つまり、財務、会計、マーケティング、組織などを教える。だが、経営するということは、機能別の知識を有するということではない。それらを「統合」して意思決定し、実行する(させる)ことが肝要だ。機能別の断片的な知識と分析力のあるMBA取得者ばかりでは会社は回らないのである。BSは企業が求める人材を教育できないという問題に直面している。 最後に、行政や制度的要因もBSの不振に影響を与えている。州政府の財政悪化により以前のようにBSにお金が集まらなくなり、教授陣が資金集めに奔走し教育面に影響しているという。また、911のテロ発生後、米国のビザ発給制限が行われた。その結果MBA志望者の多くは、INSEADなどの欧州のBSに流れたといわれている。 以上、米国のBS人気凋落の原因を要約した。問題は最初の2つである。これらはBSにとって基本的な問題であるだけに、早々には解決しそうにはない。確かにあまり実務経験のない若手がMBAを取得する価値は下がっているかもしれない。しかしながら、こと日本企業の幹部教育という観点からみると、筆者はBSのプログラムは有効だと考える。なぜならば、これまでほとんど「現場」を経験してきた日本企業の幹部は、系統だったマネジャーとしての知識、意思決定のための知識を習得していないことが多い。自らの実務経験を踏まえて理論武装することで、これまでの「勘と経験」に頼るマネジメントや意思決定から脱皮し、一層多面的な視点から決断や行動ができると思うからである。 換言すると、実務経験の豊富なマネジャーや事業部長クラスが理論という眼鏡で、自分の経験を考え直すことが大事なのである。そうすることで、自らの経験が一般化できて、将来の行動に役立つだろう。また失敗や成功体験を理論と結びつけることで、今後の戦略的、戦術的オプションの選択肢が広がり、事業リスク、経営リスクの軽減につながる。この意味でミンツバーグ教授の指摘するとおり、「優れた理論はマネジャーが自らの経験を理解するのに役立つ」のである(注2)。 上述した点を踏まえて、筆者は日本企業の経営幹部教育に関して、BSをもっと活用すべきであると考える。具体的には3点を提案したい。
注1: 以下のBSの現状に関しては、BussinessWeek、Fortune及びWall Street Journalなどの米国の新聞・雑誌、並びに小林規威氏(慶應義塾大学名誉教授)の「人気凋落?新展開を模索する欧米ビジネススクール:米国教育事情の一断面」(06年6月3日に早稲田大学にて開催された「国際企業展開・経済協力・国際人材育成研究会」における講演)、知人・友人・クライアントからの情報などを参考にした。 注2: Henry Mintzberg, Managers not MBAs (Berrett-Koehler, 2004). 邦訳は『MBAが会社を滅ぼす〜マネジャーの正しい育て方』(日経BP、2006)。 注3: 欧米のエグゼクティブ・プログラムのランキングと情報は、こちらを参照し「エグゼクティブ・プログラム情報」をクリックすれば一覧できる。 |
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