今月の提言


8月の提言:『幹部教育にビジネススクールを活用せよ!』



8月の提言は夏季休暇向けの読書案内が恒例だが、今年はやや趣を変えて、ビジネススクール(以下BS)に関して述べてみたい。というのは、何年か前から特に米国のビジネススクールの変調が伝えられている。それゆえか、筆者には短略的にBS不要論が跋扈しているようにみえる。しかし、筆者は日本企業にとって経営幹部教育という観点から、BSは極めて有用であると考えるのである。

米国のBSは応募者数が減少し、合格ラインも下がり、カーネギーメロンのように定員を減らすBSさえ出現しているという。数年前までは経営トップを目指す人々は、こぞってハーバードやスタンフォードなどの一流のBSでMBAを取得しようとしたものだが、何故米国のBSが不人気になったのか。その原因は要約すると次の3点になろう(注1)。

  1. 企業側のニーズの変化(市場、需要要因)
  2. 知識・理論偏重の教授陣(供給要因)
  3. 米国州政府の財政難、911以降のビザ発給制限などの環境変化(行政、制度的要因)
先ず、企業のニーズに関して、マネジメントの知識よりも、もっと幅広い知識と創造性や知恵などへの期待が高まっている。企業環境のグローバル化と複雑化により、単に分析的な理論偏重のアプローチでは問題解決ができないからだ。MBAは「Master of Business Administration(経営管理修士)」ではなく、「Management By Analysis(分析による経営)」だという古いジョークがある。企業がBSに求めているのは、分析する人ではなく、創造的な戦略家あるいは起業家、多様な社会・文化に対応できる知恵のあるマネジャーなのである。

戦略コンサルティング会社は、かつてはゴールドマンサックスなどの投資会社と並んでMBAの大口受け入れ先だった。しかし現在では、例えばマッキンゼーなどは学卒が7割前後、MBAが3割前後と、以前と比べて比率が逆転しているという。ということは、MBA取得後に高給で採用してくれる企業群が減少し、費用対効果が低下したことを意味する。これらの点がBS離れの一因である点は否めないだろう。

二番目に、上述したニーズに対してBSの教授陣が応え切れていないとの指摘も多い。米国でBSが誕生して以来、実学重視、理論重視と何度かの波があった。しかしながら、1950年代末にBSの学問的レベルを危惧する2つの報告書が公表された後、BSのアカデミズム重視への流れが加速し、現在に至っている。この結果、BSの教授陣は実務家よりもPh.D保持者が大勢を占め、専門的な知識は豊富で理論的モデルの組み立てには秀でているが、実務経験の希薄な教員が増加したのである。

専門的な学問を取得した教員の増加は、もう一つの弊害を生んでいる。教授陣は専門化した領域、つまり、財務、会計、マーケティング、組織などを教える。だが、経営するということは、機能別の知識を有するということではない。それらを「統合」して意思決定し、実行する(させる)ことが肝要だ。機能別の断片的な知識と分析力のあるMBA取得者ばかりでは会社は回らないのである。BSは企業が求める人材を教育できないという問題に直面している。

最後に、行政や制度的要因もBSの不振に影響を与えている。州政府の財政悪化により以前のようにBSにお金が集まらなくなり、教授陣が資金集めに奔走し教育面に影響しているという。また、911のテロ発生後、米国のビザ発給制限が行われた。その結果MBA志望者の多くは、INSEADなどの欧州のBSに流れたといわれている。

以上、米国のBS人気凋落の原因を要約した。問題は最初の2つである。これらはBSにとって基本的な問題であるだけに、早々には解決しそうにはない。確かにあまり実務経験のない若手がMBAを取得する価値は下がっているかもしれない。しかしながら、こと日本企業の幹部教育という観点からみると、筆者はBSのプログラムは有効だと考える。なぜならば、これまでほとんど「現場」を経験してきた日本企業の幹部は、系統だったマネジャーとしての知識、意思決定のための知識を習得していないことが多い。自らの実務経験を踏まえて理論武装することで、これまでの「勘と経験」に頼るマネジメントや意思決定から脱皮し、一層多面的な視点から決断や行動ができると思うからである。

換言すると、実務経験の豊富なマネジャーや事業部長クラスが理論という眼鏡で、自分の経験を考え直すことが大事なのである。そうすることで、自らの経験が一般化できて、将来の行動に役立つだろう。また失敗や成功体験を理論と結びつけることで、今後の戦略的、戦術的オプションの選択肢が広がり、事業リスク、経営リスクの軽減につながる。この意味でミンツバーグ教授の指摘するとおり、「優れた理論はマネジャーが自らの経験を理解するのに役立つ」のである(注2)。

上述した点を踏まえて、筆者は日本企業の経営幹部教育に関して、BSをもっと活用すべきであると考える。具体的には3点を提案したい。

  1. 部課長クラス、あるいは執行役員、事業部長クラスを対象にする
  2. 数週間、何ヶ月単位のエグゼクティブ・プログラムに派遣する
  3. 米国のみならず欧州、アジアの有力BSも派遣対象とする
これまで日本企業はMBA取得者を十分に使いこなせていないといわれてきた。筆者の知る限り、帰国後の歩留まりは悪い。それゆえ、一部の企業ではMBAの派遣を見直している。しかしながら、今後ますますマネジメントの質が問われる時代になることは不可避である。日本企業が上記の3点を実行し、「戦略下手」から脱皮するきっかけとなることを願うものである(注3)。


注1:
以下のBSの現状に関しては、BussinessWeek、Fortune及びWall Street Journalなどの米国の新聞・雑誌、並びに小林規威氏(慶應義塾大学名誉教授)の「人気凋落?新展開を模索する欧米ビジネススクール:米国教育事情の一断面」(06年6月3日に早稲田大学にて開催された「国際企業展開・経済協力・国際人材育成研究会」における講演)、知人・友人・クライアントからの情報などを参考にした。

注2:
Henry Mintzberg, Managers not MBAs (Berrett-Koehler, 2004). 邦訳は『MBAが会社を滅ぼす〜マネジャーの正しい育て方』(日経BP、2006)。

注3:
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