昨年は米国でCSRに対するアゲンストの風が吹いた。CSRに熱心な企業の業績が必ずしもよくない、つまり「CSRは業績に貢献しない」とする書籍が出版されたことが一因だ。確かにCSRに積極的でない企業でも、業界環境や優れた戦略によっては高業績を遂げているケースもある(注1)。 筆者が懸念するのは、こうした米国の空気が日本にも伝播し、熱しやすく冷めやすい民族性そのままに折角途に着いたばかりのCSR経営が頓挫することだ。もっとも10数年前から環境報告書を作成するなど、環境からサステナビリティ、CSRへと進化した企業にとってはこのような心配は無縁だろう。 積極的なCSR活動で知られる海外企業といえば、ヒューレット・パッカード、マークス・アンド・スペンサー、メルク、リーバイ・ストラウス、ロイヤル・ダッチ・シェル、ザ・ボディショップなどがある。デビッド・ボーゲル教授(ハース・スクール・オブ・ビジネス、カルフォルニア大学バークレイ校)によると、こうした企業の最近の業績はCSR活動に熱心でない企業と比べて見劣りがするという(注2)。 しかしながら、ボーゲル教授も一定のCSRの効果は認めている。例えば、「ブランドにより利益を得ており、かつ社会活動家によって攻撃されている企業」や「CSRをブランド戦略の一環として位置づけている企業」にとっては、CSRが報われると指摘している。 では日本企業の場合はどうだろうか。日本でCSR先進企業といえば次の各社を思い浮かべる人が多いだろう。すなわち、リコー、富士ゼロックス、松下電器、キヤノン、日立、資生堂、三井住友海上火災、イオン、ユニチャームなどだが、いずれも業績は概ね好調である。日本企業の場合、ボーゲル教授の指摘はあてはまらない。 もともと競争力があり、いわゆる体力のある会社がCSRに熱心であるせいか、CSRの効果を議論する場合「鶏が先か卵か先か」の議論になりがちである。ここではむしろ日本市場において、CSRを推進しなかった場合のリスクを考えた方がいいと思う。 例をあげるまでもなく、社会的責任を果たさない不祥事によってブランドイメージは低下し、業績に影響する。また、地域社会に貢献している企業と、そうでない企業との地域における信頼度、ブランド力の差は明らかであろう。製品・サービスの質や価格が同一だとすれば、CSR経営を熱心に推進している企業の方が人々や社会に評価される。その結果、ブランド力は高まり中長期的に企業価値を向上させることになるだろう。 このように考えると、日本において「CSR経営はペイする」といえよう。ただ、ボーゲル教授も指摘しているように、CSRに熱心なあまりコストに影響して、その結果顧客が不満を抱く時に限界がくる。この意味で「CSRの最大の敵は市場」であることを認識すべきである。 最後に、CSR経営を推進する際の留意点を一つだけ述べておこう。日本企業は基本的なCSRとしてコーポレート・ガバナンスやコンプライアンス(法令遵守)を位置づけるケースが多い。そして、これまで取締役や従業員に「法令遵守」を求めてきた。しかしながら、これからは法令遵守のように法律を基準にするのではなく、各企業が独自の倫理基準を設けて高い倫理を持つ社風を醸成すべきである。なぜならば、国が制定する法律に準拠した法令遵守では不祥事がなくなることはないからだ。あるいは法律すれすれのグレーゾーンで行動する企業も少なくないだろう。むしろ、各企業は自らを律する倫理を確立すべきなのである(注3)。 上述したとおりCSR経営は中長期的な企業価値を高めることが期待される。そして、CSR経営を定着させるには10年のスパンを考え、着実にPDCAを実践して、持続させることが肝要なのである。 注1: David Vogel教授の次の著書である。The Market for Virtue: The Potential and Limits of Corporate Responsibility, Brookings, 2005. 注2: David Vogel. "The Low Value of Virtue," Harvard Business Review, June 2005, p.26. 注3: OECDの2004年改定版「コーポレート・ガバナンス原則」において、これまで取締役会に求めていた法令遵守を「高い倫理基準」に変えたのはこのような趣旨による。 |
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