今月の提言


9月の提言:『産業の盛衰を見極める法』



企業が戦略や中期計画を立案する場合、産業あるいは業界の今後の 変化を見通すことが重要である。とはいえ、必ずしも各企業が産業 の変化を巧みに予見しているとは限らない。もっといえば、自社の 属する産業の変化を理解していないケースが多いのである。そこで 今月は、昨年ハーバード・ビジネス・レビュー誌に発表された、 産業変化のパターンを紹介したい。

ボストン大学経営大学院のマクガハン教授の論文によると、 産業の変化は次の4パターンに集約されるという(注)。

  • 徹底的変化(radical change)
  • 関係的変化(intermediating change)
  • 創造的変化(creative change)
  • 漸進的変化(progressive change)
上記のパターンは、コア活動とコア資産の「陳腐化の脅威」の有無 によって分類される。つまり、コア活動の脅威の有無を表頭にとり、 コア資源の脅威の有無を表側にとる次のマトリックスによって、4つ にパターン化されるのである(参考文献に基づき筆者が編集)。

      
<産業変化のパターン>

↓コア資産・コア活動→
コア活動・脅威あり
コア活動・脅威無し
コア資産・脅威あり
徹底的変化(19%)
何もかもが混乱状態にある産業
(ex. 固定通信メーカー、宅配便、旅行代理店)
創造的変化(6%)
資産や経営資源をたえずリニューアルすべき産業
(ex. 映画制作、投資銀行、プロ・スポーツ経営)
コア資産・脅威無し
関係的変化(32%)
取引関係が不安定な産業
(ex. 自動車販売、証券会社、骨董オークション)
漸進的変化(43%)
小さな変化を試み、そのフィードバックに対応すべき産業
(ex. オンライン・オークション、民間航空会社、長距離トラック輸送)
(米国の全産業の20年間のデータによると、最も多い「漸進的変化」と「関係的変化」が4分の3を占める。「徹底的変化」は19%、「創造的変化」は6%と少ない)

ここでコア活動はこれまで当該産業で利益をもたらしてきた主力事 業をいう。またコア資産とは、各企業が独自の強みをもつ経営資源、 知識・ノウハウ、ブランド力などを意味する。

徹底的変化は、コア活動とコア資産の双方に陳腐化の危機が生じて いるケースで、新技術の登場、法規制の変化、消費者の嗜好の変化 などによって生じる。例えば、パソコンの出現と普及によって、 タイプライターやメーンフレーム(大型汎用コンピュータ)業界は 大打撃を受けた。またインターネットの普及により世界中でeメール が郵便需要を侵食している。

こうした変化の真っ只中にある産業に属する企業は、全面撤退するか、 他社の撤退を待って生き残るか、それとも新分野へ主力事業をシフト させるか、といった戦略オプションを選択するしかない。

関係的変化の多くは、顧客やサプライヤーが従来得られなかった情報 を入手できるようになった点に起因する。この場合コア活動が脅威に さらされるが、コア資産としてのノウハウ、ブランド力などは維持さ れる。例えば、証券業界におけるネット証券がこれまでの証券会社と 顧客との関係を変えつつある。また文具業界ではネット・通販専業の 出現により顧客の購買行動は大きく変化している。

関係的変化の場合、経営者が自社のコア活動に対する脅威を軽視しがち な点がやっかいだ。危機意識がなければ、後手に回る可能性が大であ るからだ。このケースでは、ノウハウなどのコア資産を使って新た な価値を創造するとともに、川上(サプライー)、川下(顧客)の 関係を見直すことが肝要なのである。

創造的変化のパターンは、顧客やサプライヤーとの川下、川上の関係 は安定しているものの、コア資産の変化が著しい。代表例は映画制作 産業で、新作映画という不安定な資産と俳優、映画監督、映画館経営者 などとの安定的な関係を組み合わせている。その他、製薬、パッケージ ソフトなど当たり外れの多い商品をもつ産業がこのパターンに該当する。

創造的変化の場合、イノベーションは断続的に発生し、ヒット商品を生む 確かな成功法則はない。そのためリスクを分散するため、多数のプロジェクト を同時並行的に進める。創造的変化のパターンは、徹底的変化と混同され がちだが、顧客やサプライヤーとの関係が安定している点が異なる。安定的 な取引関係の維持なくして、このパターンでの成功はありえない。

漸進的変化は創造的変化と同様に、顧客やサプライヤーとの安定的な関係 にあるが、コア資産も陳腐化の脅威がない点が異なる。それゆえ、漸進的 変化の場合、創造的変化が起きている産業よりも安定している。米国では ウォルマートを代表とするディスカウントストア業界、民間航空産業など がこのパターンに属する。日本では、ATMや郵便物・宅配受取機能などで 進化するコンビニエンスストア業界が代表例である。

この漸進的変化は、『イノベーションのジレンマ』の著者であるクリステン セン教授のいう「持続的変化」と似ている。安定した事業環境の中で徐々に 進化していくのである。このパターンの変化の中で成功する鍵は、市場や 顧客からの情報にいかに素早く対応するかにかかっている。

以上、産業が変化する4つパターンを概観した。先ず、自社のコア活動と コア資産が安定的かどうか、陳腐化する脅威がないかどうかを客観的に 評価すべきだ。そして変化の芽を察知して、自社がいずれのパターンに 属しているかをチェックしてほしい。変化のパターンが分かれば、自社が 属する産業の今後の盛衰と打つ手は見えてくるはずだ。


(注)
Anita M. McGahan. How Industries Change. Harvard Business Review. Oct. 2004. (「産業変化のダイナミズム」『DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー』2005年2月号にも掲載)



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