今月の提言


7月の提言:『世界における日本企業の役割』



先日ある企業のトップと会食した折に、『文明の衝突』の著者として有名なサミュエル・ハンチントンの話になった。奇しくも、同氏が世紀末に示した21世紀最初の10年の世界の3つトレンドが現実化しているとの認識で一致した。

サミュエル・ハンチントンは21世紀の最初の10年の世界情勢を次の3つのトレンドで示して、世界における日本の役割は縮小すると予測した(注1)。

  1. 技術的、経済的発展に加われない国が出現
  2. 国家主権は徐々に力を失い、言語と宗教と文化的遺産を共有する国々は団結
  3. 超大国アメリカと地域大国の一極多極システムとナンバー・ツー地域大国の存在
先ず、第一のトレンドに関して、ハンチントンは90年代の失われた10年と今後の生産人口の減少、EUの台頭などから、日本の経済的影響力は相対的に低下すると予測した。

次に、日本は文明という観点から孤立しているゆえに、アジアでのリーダーシップはとれないという。アジアが統合されるとすれば中国のリーダーシップによるもので、日本はそれに適応するしかないと主張する。

最後のトレンドについては、ハンチントンはイギリスのEU同盟と米国との両にらみの関係など、日本の立場と類似しているという。アジアの場合、米国と中国の関係がEUのそれに比べて微妙なので、ナンバー・ツー地域大国の日本は、イギリスよりもはるかに難しい対応を迫られると述べている。

上述したハンチントンの予言(?)を21世紀の最初の10年のちょうど半分の時点で評価するとどうなるか。世界をマクロ的に見ると、経済発展に成功した中国やインドなどのアジア諸国と、人口を加速度的に増加させているイスラム教圏のプレゼンスの高まりが顕著である。筆者には、大きな潮流は同氏の予想通りに動いているかに見える。

日本との関わりでは、経済的プレゼンスの低下は著しい。世界銀行が今年の7月に公表したデータによると、2004年のGDPは米国がトップで11兆6,700億ドル、2位の日本は4兆6,200億ドルであった。つまり、日本のGDPは米国の約4割である。ところが、90年代の半ば頃は日本のGDPは米国の5割強であった。また、中国やインドなどのBRIC諸国の台頭は著しく、日本の相対的ポジションが低下していることは確かだ。

次に、中国のリーダーシップの有無や日本の文明的孤立についての論評は抜きにして、日本がアジアにおいてリーダーシップを発揮できていないのは衆目の一致するところだろう。将来的にも政治的リーダーシップは期待できそうもない。

最後に、日本がナンバー・ツーの地域大国であるにせよ、いまだにアジアにおいては経済大国であるにせよ、政治的には難しい立場にあることは間違いない。「普通」の国ではない日本が、政治的にとりうるオプションはそれほど多くないという意味で、ハンチントンの指摘は正しい。

では、日本は今後世界の中でどう生きるべきか。「普通」の国ではない以上、企業の強さをベースとする経済国家として生きるしか道はない。それには多くの企業が更に競争力を持つか新たな市場を創造して、日本のみならず世界中で信頼され、愛されるようになることが肝要である。そして、やや乱暴な言い方をすれば、政府は企業を規制することも邪魔することもなく、外交的には企業活動に対して決してネガティブではなく、少なくても中立的に行動すべきである。

上述した点を踏まえて、筆者は日本企業は競争、超競争といった観点から、次の2点を熟考すべきだと考える。

第一に、競争戦略である。この点に関しては、80年代に一世を風靡したポーター教授を抜きには語れない。その後、同教授が示したフレームワークの多くは、必ずしも現実と一致しないことが分かりその権威は一時失墜した。競争の3つの基本戦略、つまり、コスト・リーダーシップ、差別化、集中、このいずれかに的を絞らなくても競争力のある企業が多数出現したからである。米国でいえば、ウォルマート、デル、日本で言えば、ファーストリテイリング(ユニクロ)などである。いずれもポーター教授が「中途半端」な戦略とする低価格と差別化を両立させて競争優位を持続している。

しかしながら、筆者は現在でも「ポーターの競争戦略」は生きていると思う。同氏の示した競争要因や上述した基本戦略は、競争の本質を突いていると考えるからである。今でもポーター教授の枠組みは競争戦略を策定する際の切り口を提供してくれる。そして、競争条件を十分にチェックした上で、一つの戦略に絞り込むことなく、自社の能力と環境に照らして、自社の独自の戦略を創造すべきなのである。

第二に、超競争で生き残る道もある。ビジネスをゲームに例えれば、ルールを変えたり、プレーヤーを変えたりして競争の枠組み自体を変えるのである。また、昨年あたりから話題になっているブルー・オーシャン戦略という考え方もある。そのエッセンスは、既存の市場で競争するという考え方を捨てて新市場を創造する、という点だ。この方法には2つある(注2)。

  1. まったく新しい事業領域を立ち上げる方法
  2. 既存市場の境界線を押し広げることで創り出す方法
前者の代表例はオークション・サイトのイーベイ、後者はNTTドコモのiモードである。但し、筆者はこの戦略の問題は、失敗のリスクが高い点にあると思う。先ずは、競争戦略を実行しつつ、平行して次世代の事業領域としてブルー・オーシャン戦略を考えるべきであろう。

いずれにせよ21世紀は「新たな戦略」の時代になるだろう。そして、今後世界の中で日本の存在感を維持していくには、日本企業がユニークな戦略を創造できるかどうかにかかっており、日本企業の使命もこの点にある。この機会に自社の戦略とは何かを再考してほしい。



(注1)
サミュエル・ハンチントンの3つのトレンドに関しては、筆者の個人にサイトに掲載したものをベースにした。

(注2)
W・チャン・キム、レネ・モボルニュ著『ブルー・オーシャン戦略』(ランダムハウス講談社)、2005年6月



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