今月の提言


6月の提言:『企業の社会的責任について考える』



「企業の社会的責任(CSR)」に関する議論が盛んである。CSRはまだ世界で確立された定義がない上に、様々な論点があるので、世の中には反論したくなる論文も少なくないし、それだけ議論が混乱している点は否めないそこで今月は、CSRを実際に企業で推進するにあたって、最も基本的な点について述べてみたい(注)。

先ず、「経営すること」とは何だろう。筆者は東京大学の高橋伸夫教授が指摘しているように、それは集団を管理することでも協働システムを管理することでもなく、企業を存続させることだと考えたい。つまり、トップが「会社を経営する」ということは、永続する企業へと変身させることと同義なのである。

とすれば、CSRがかっての「環境」中心から脱却し、経済及び社会に関わる課題を広くカバーし、企業・団体の永続的な発展を志向している点を考えれば、CSRの推進は「経営すること」の一環であることが分かる。

CSR経営を実践するには、理念・哲学や企業「らしさ」が不可欠だ。それらをベースにしたCSR理念が各企業のCSRの違いを生むからである。このへんを等閑にしてCSR活動を行っても、企業価値の向上に対する貢献は期待薄であろう。なぜならば、CSRの個々の活動では他社とほとんど差がないからだ。他社と横並びの活動ではなく、理念、「らしさ」に基づくその「企業らしい」CSR活動こそ、永続的な価値を生み続ける。

日本における松下電器やトヨタ自動車などのCSR先進企業においては、多くの場合各企業の「個性」や「らしさ」がよく現れている。こうした企業においては、創業者の哲学や個性と一体になった「らしさ」がある。その上で、実際のビジネスの中でCSRを推進しているのである。この意味で、CSR経営の第一歩は理念・哲学や「らしさ」の見直しと再構築であるといえる。

そもそも現在の優良企業も創業時には、創業者の哲学が色濃く出ていた。会社は創業者の人格や生き様そのものであったからだ。松下幸之助氏、ソニーの井深氏、盛田氏、ホンダの本田宗一郎氏などを思い浮かべれば、この点はよく理解できるだろう。海外をみても同様である。マイクロソフトのビル・ゲーツ氏、ヴァージン・アトランティック航空のリチャード・ブランソン氏、オラクルのラリー・エリソン氏等々である。要はこうした企業に根ざした価値観を尊重しつつ、CSRの観点から改めて表現しなおすことが肝要だ。

ところで、変化を是とする企業は永続する。CSR経営を実践する企業も永続するには、変化を大歓迎する社風、雰囲気をつくることが肝要だ。では、変化を是とする社風や企業文化をつくるにはどうすべきなのか。

先ず、経営トップは、「変化が大好き!」と宣言することからスタートすべきだ。トップが変化を好まないと分かっていれば、幹部、従業員の大部分は「変化」のタネを提供しない。あるいは、変化に対する抵抗勢力となる。「変化大好き!」宣言は役員会、全社会議、幹部会議などの会議、社内メール、社内報など、あらゆる機会を利用する。そして、トップは変化を推進するアジテーターのように、というのがここでのポイントだ。

注意が必要なのは、トップからの一方通行の発信だけでは巧くいかない点である。かつて日本中の企業で「意識改革」が叫ばれた時期があったが、かけ声だけに終わったケースが大半であった。その理由の一つは単なる上からの一方的な「宣言」だった点にある。真に変化を尊重する社風を育てるには、宣言に加えて、従業員が自分の頭で「何故変化すべきなのか」を理解して、共感を育む場づくりが必要だ。現場での「トークショー」がそのような「場」の一つで、率直な対話と「何故」を自然に問える場づくりが、理解と共感を生み行動に結びつくのである。

CSR経営を推進するには、上述した通り理念や「らしさ」の再構築とともに、変化を尊ぶ企業文化づくりが重要である。この点に関して、エドガー・シャイン氏(MITスローンスクール名誉教授)の「組織文化はリーダーによって創造され、マネージされる」という言葉を傾聴すべきだ。CSR経営にとって企業のリーダーであるトップの役割は大きい。経営トップがこの点を理解して実践することが、CSR経営推進の鍵を握ることを認識すべきである。


(注)
本稿は、拙著『ブランディング・カンパニー』(経林書房)pp. 176-179の所論の一部をベースにしている。また、過去のCSRに関する提言については2004年5月の『ビジネス・エシックスとCSR経営』を参照。




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