今月の提言


2月の提言:『名経営者も木から落ちる!?』



数年前から世界中で失敗の研究が盛んである。日本でも一頃「失敗学」がブームをよんだ。なぜ今失敗の研究なのか、その理由はいくつか考えられるが、筆者は「失敗の研究」を広義の意味でのリスクマネジメントの一環としてとらえている。洋の東西を問わず、超優良企業といえども、失敗のリスクは避けることができないからだ。そこで、今月は「賢いトップ (Smart Executives) がなぜ失敗するのか」をテーマにしたい。

一昨年(03年)の春に原書が出版され、昨年6月に邦訳が出版された「失敗の研究」に関する書籍がある。米国アイビーリーグの一つダートマス大学ビジネスクスール(Tuck School)のシドニー・フィンケルシュタイン教授が書いた本である。欧米と日本及び韓国の大企業60社の「失敗のケース」を6年にわたって研究した結果をまとめたものだ。今、経営トップの間で密かに読まれているので、ご存知の読者も多いことだろう(注1)。

同書によると、失敗するパターンは次の4つに分類できるという(注2)。
  1. 新規事業への進出
  2. イノベーションや変革に対処
  3. M&Aの推進
  4. 新しい競争相手に対処
読者にとって、上記の4つが大きなリスクを伴うことは先刻承知のことだろう。大事なのは、こうしたリスクを認識して失敗の芽を未然に防ぐことである。この意味で、フィンケルシュタイン教授の研究は一読の価値がある。

次に、フィンケルシュタイン教授は、失敗の原因は次の4つであると指摘する。
  1. 経営トップの現状認識の誤り
  2. トップから社員まで自社の現実の問題解決を回避
  3. 大事な情報に対処できるシステムが不在
  4. トップの間違った習慣による経営の軌道修正が不可能
筆者はこのうち「現状認識の誤り」と「トップの間違った習慣」に注目したい。なぜならば、筆者は経験上「失敗した企業」「失敗予備軍の企業」の多くは、この2点から派生すると考えるからだ。

現状が正しく認識され、危機感が社内に浸透していれば、現実の問題から逃避することはないだろう。トップの「間違った習慣」がなければ、社内の風通しも良くなり、軌道修正も可能になり、重要情報に対処できるようになっているはずだ。

同書の中には、自社の現状認識が正しいかどうかを確認するチェックリストとトップの「7つの間違った習慣」が示されている。以下に列挙したので、参考までに該当項目の有無をチェックしてほしい。

【現状認識のチェックリスト】
  1. 他のすべての要素を無視して一つの原則やモデルを盲信していないか?
  2. 達成不可能な戦略を追い求めていないか?
  3. 不適切な成功指標を使っていないか?
  4. 過去の有効手段が現在も有効だと仮定していないか?
  5. 他で成功したやり方を、違う方法が求められる市場に持ち込んでいないか?
  6. 自社の相対的な競争能力を誤って認識していないか?
  7. 自社や競合の過去の成功要因を錯誤していないか?
  8. 顧客のニーズに関する発想が限定されたモデルや経験に依拠していないか?
  9. 暗黙のしきたりを理解していない分野で事業展開していないか?
  10. 現実の収益を犠牲にして急速な発展を求めていないか?

【見事に失敗するトップの「7つの習慣」】
  1. 自分と会社が環境・市場を支配していると思い込む
  2. 公私混同し、個人と会社の境界を見失う
  3. 自分を全能の神だと信じ込む
  4. 自分を100%支持する人以外を排除する
  5. 対外的なイメージづくりに注力するあまり経営そのものをおろそかにする
  6. 決定的な問題を一時的なものとして看過する
  7. ことあるときには過去の成功体験にしがみつく
さて、結果は如何?もし該当する項目が多くても悲観することはない。これを契機に、正しく現状認識を行えばよい。ただ、トップの習慣に該当項目が多い場合はことは厄介だ。正攻法としては企業統治の問題として、社内外で適正な議論が行われるよう環境整備が必要である。だが、その前に「社長は名経営者ですが、猿も木から落ちるとかいいますから」とか何とかいって、同書を読んでいただくのが最善の策だと思う。



(注1)
Sydney Finkelstein, Why Smart Executives Fall And What You Can Learn From Their Mistakes (New York: Portfolio, 2003). 邦訳:シドニー・フィンケルシュタイン、橋口寛監訳酒井泰介訳『名経営者がなぜ失敗するのか?』日経BP社、2004年

(注2)
本原稿で引用した訳文は筆者による翻訳(意訳)である。



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