今月の提言


1月の提言:『2005年は"PEACE"!』



昨年は「平和」の有難さをかみ締めた一年であった。2003年3月からはじまったイラク戦争は、戦争の大義名分はともかくとして、イラク国民に多くの犠牲を強いた面は否定できない。昨年は戦火の中での生活の悲惨さを改めて痛感した。

日本及び欧米の経済史、とりわけ人々の生活に密接に関連する流通業の歴史をみてみると、「平和」が国民生活の繁栄と産業の発展にとって決定的に重要であることが分かる。このように書くと、それは自明の理であると考える向きもあるかもしれない。しかし、平和を謳歌している日本が、現在応分の「繁栄と発展」を遂げているかというと、多くの人は疑問に思うことだろう。

そこで、当社では毎年年頭にビジネス・キーワードを発表しているが、今年は

"PEACE"

をキーワードとした。経営トップや幹部が平和であることの経済史的な意味を再認識して、一層の経営努力による発展を願い、次の5つの頭文字をとったものだ。


Portfolio Management(ポートフォリオ経営)

Evolution by Corporate Brand(企業ブランドによる進化)

Ambidextrous Organization(両手使い型組織)

CSR Management(CSR経営)

Economy of Scope Reconsidered(「範囲の経済」再考)


先ず、ポートフォリオ経営に関しては、「選択と集中」の名の下に忘れ去られた感があった。だが、企業の永続的な発展にとって、現状の主力事業(製品)と将来の収益源となる事業(製品)を並行して維持・育成していくことは不可欠である。筆者が提唱している「遠近法経営」のエッセンスもこの点にある(注1)。

確かに、医薬業界などのように潜在需要が多く、かつ投資額が巨額な一部の業界は、本業に集中しなければグローバルな競争力を失う可能性がある。例えば、武田薬品が「選択と集中」を更に進めようとしているのはこのためだ。しかしながら、多くの業界、企業は必ずしも旺盛な潜在需要のある市場で生存しているわけではない。製品あるいは事業のライフサイクルがある以上、ポートフォリオ経営を無視することは出来ない。

「両手使い型組織」や「範囲の経済」はポートフォリオ経営と関連している。前者はポートフォリオ経営の実践にあたって、既存事業と新規事業とで組織を使い分けることを意味する。後者は、経営学でいうシナジー効果とほぼ同義で、多角化の根拠を与える。関連分野への進出による投資効果の向上、未利用資源の有効活用によるオーバーヘッドコストの削減などの効果が期待できるからである。

CSR経営やコンプライアンス経営がようやく日本企業に定着してきた。しかしながら、筆者はそれらがブランド価値の向上を通じて企業価値を高める手段であると考える。この点は、企業価値が、平たくいえば、社会や顧客の企業に対する評価であることを想起すれば、よく理解できるであろう。

最後に、「企業ブランドによる進化」とは、企業ブランド経営の推進により「経営の質」を高めることに他ならない。つまり、単なる目の前の成果を超えて、中長期的視点から「企業とは何か」「自社の価値観・哲学は何か」「自社らしさとは何か」を問い直すことが肝要だ。哲学や「らしさ」が企業ブランドに大きく影響するからである。その上で、公正さと透明さをもち、分かりやすい経営を志向すべきだ。同時に遠近法経営により中長期的な事業ポートフォリオを見直し、業績向上に結びつけることで、「進化」が完成に近づくといえよう。

ところで、毎年ビジネスウィーク誌は年初に「ザ・ベスト・マネジャーズ」を発表している(05年1月10-17日号)。今年はその一人にゼネラル・エレクトリック社(GE)のCEOジェフリー・イムメルト氏が選定された。同氏が選ばれた理由の一つは、ヘルスケア、エンターテインメント及び金融分野の買収によってポートフォリオ経営を実践し、事業ミックスを再構築した点である。もう一つの理由は、多様で、グローバル、かつ顧客志向の文化を創造した点だ。筆者には、期せずして本稿で提案した"PEACE"の実践が選定理由になっていると思える。ちなみに、19名(17社)の中でアジアからは現代自動車(韓国)のCEOである鄭夢九(Chung Mong Koo)氏がただ一人選ばれた。

最近、筆者は経済物理学(エコノフィジックス)の一つの成果に驚きを禁じえなかった。というのは、日本の企業所得の変化をシミュレーションすると、戦後の高度成長期を経てその後ほとんど成長しておらず将来も成長しないという結果が得られたという。一方、米国と英国は、今後150年ほど成長が続きその後定常状態になるという。このことから、今後の21世紀は英米の企業が更に大きくなり、日本企業の存在感は薄れていくことが予見される。何故こうなるのか。筆者の推測では、英米の成長力の源泉は、世界を相手にしたグローバルな展開力とポートフォリオ経営を含むマネジメント力にあるように思う(注2)。

2005年は各企業が上記の"PEACE"を着実に実行することでマネジメントの質を向上させ、明日への飛躍の年となることを期待したい。


(注1)
「遠近法経営」「両手使い型組織」に関しては昨年12月の提言を参照。なお、「両手使い型組織」は原文に忠実に筆者が訳したものだが、『DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー』04年12月号では「双面型組織」と訳されている。

(注2)
詳しくは、高安秀樹『経済物理学の発見』(光文社、04年9月)を参照。


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