今月の提言


9月の提言『企業の成長戦略は時代遅れか!』



失われた10年といわれて久しい。今や「失われた20年」とさえいわれている。こうしたバブル崩壊後の環境下で、企業は「成長より利益」を詠い、世間では右肩上がりの成長神話からの決別を論じる人も多い。はたして、成長戦略は時代遅れあるいは間違いなのか。

まず、企業の目的は何か。筆者は、「顧客の創造を通じて社会に貢献すること」と考えたい。企業がこの目的に沿って適正に活動していれば、成長はその結果として実現するものだ。ところが、こうした目的を実現するには具体的手段(戦略や戦術)が必要で、手段が着実に実行されているかどうかをチェックする指標が必要である。この指標が目標であり、具体的な売上高や利益額、その他の数字で示される。重要なのは目的やその手段なのだが、数字となった目標が一人歩きするケースが多い。そして手段の間違いは看過して、数字の未達を取り上げて成長戦略を否定してはいないか(注1)。

例えば、多角化を考えてみよう。日本企業の場合、かつては総合メーカーとか、総合○○企業といった形で本業の周辺分野に多角化したケースが多い。アサヒビールやキリンビールなどのビール会社は、実は総合飲料メーカーだ。そして、トヨタなどの自動車メーカーも総合くるまメーカーといえるほど幅広い事業領域に展開している。この点は米国の競合企業にはみられない傾向だ。こうして周辺分野に多角化していく場合、本業あるいは既存 事業が成熟していれば、周辺が成長分野であるケースはそれほど多くはないだろう。従って、M&Aや新分野進出による売上高の増分はあるが、その後の既存事業の成長性に期待できない(注2)。

一方、米国企業はどうか。多くの場合、多角化する際は周辺分野にこだわらず、利益率や成長性などを考慮して戦略的に事業を選択する。つまり、マイケル・ポーター教授に従えば、競争優位は地縁に頼った周辺分野への進出ではなく、ライバルに先駆けて有望分野を狙い打ちにすることによって確立できるのである。

日本企業の中でも多角化に成功している企業は存在する。キヤノンなどが代表例だが、読者の方々は日機装という東証一部上場企業をご存じだろうか。本業は工業用ポンプだが、透析装置などのメディカル分野、航空機用逆噴射装置部品などの炭素繊維強化複合材製品に多角化している。こうした分野への多角化は、創業者であるトップの決断による狙いすました戦略的進出である。

ところで、本業が成熟化すれば、新たな分野に活路を見い出して企業を存続させようとするのは正しい選択である。企業の社会的責任の基本は、存続してその成果を社会に還元することだ。この意味で、企業にとって「成長戦略」は不可欠なのである。そして、企業の目的である「顧客の創造を通じて社会に貢献すること」を実践すれば、成長は結果として実現できるはずである。具体的に、顧客を創造するには次の3つの手があると思う。
  1. 既存のモノやサービスをより安く提供
  2. 既存のモノやサービスをより魅力的に提供
  3. 潜在需要のある新しいモノやサービスを提供
まず、「既存のモノやサービスをより安く提供」に関しては、ユニクロを展開するファストリテイリングや100円ショップ、そして10分1,000円のヘアカット専門店であるQBハウスをイメージすれば分かりやすい。二番目は、携帯用音楽プレーヤーiPodやいわゆるスマートフォンiPhone、さらに検索エンジンのヤフーより遅れて参入したグーグルを想起すればよい。最後の新しいモノやサービスについては、たとえば、三洋電機のライスブレッドメーカーGOPAN、ネット書店のアマゾンやネットオークションのeBayなどが好例だ。

今、世界経済の先行きは不透明感を増している。こうした時期だからこそ未来に向かって成長戦略を実現するために、既存事業に関して上記の3つの観点から「顧客の創造」を考え、そして有望分野への狙いを定めた戦略的な多角化を実行すべきではないか。


注1:
企業(事業)の目的は「顧客の創造」にあるというのは,ドラッカーの有名な言葉である.

注2:
多角化及び顧客を創造する3つの手に関しては下記を参考にした.

三品和広『どうする?日本企業』東洋経済新報社,2011年.



(先月の提言はこちら.これまでの提言はこちらをご覧ください)



トップ・ページへ




ご質問、お問い合わせは下記までお願いします。

© 1997-2007info@asktaka.com