さ迷い歩き 「生物界の深淵」 (2)
= 第2巻 分子遺伝学 =
                               
                       => Next Page
                       => Prev.Page
                                        => 「生物界の深淵」 Top Pageへ戻る
                                  => わんだふる山中湖(Close)

 前回で第1巻「細胞生物学」は終わり、今回からは第2巻「分子遺伝学」です。主な内容は、染色体と細胞分裂(減数分裂、有糸分裂)、メンデル遺伝学、DNAの構造と複製、タンパク質の合成、遺伝子と複製、ウィルス/最近の遺伝学などです。本格的な分子生物学への初まりです。

    目  次

第06章: 染色体、細胞周期および細胞分裂
  
         2017年09月10日、10月02日
第07章: 遺伝学:メンデルとその後   
              2017年10月21日、10月30日
第08章: DNAと遺伝におけるその役割        
      2017年11月13日、11月20日
第09章: DNAからタンパク質、遺伝子型から表現型まで   2017年12月04日、12月11日
第10章: ウイルスと原核生物の遺伝学               2018年01月08日、01月14日
第11章: 真核生物のゲノムと遺伝子発現             2018年01月28日、02月11日


第06章: 染色体、細胞周期および細胞分裂      2017年9月10日、10月2日                                     

 本論に入る前に、先ずは前文にある「癌治療研究におけるヒーラ細胞」の話を掲載します。「1951年1月28日、5人の子供の母親である31歳のヘンリエッタ・ラックス(Henrietta Lacks)は、下着に血液の染みがついているのを見つけた。何か問題があると感じた彼女は、近くのジョンズ・ポプキンス病院(メリーランド
ボルチモアシュウ州)に、夫に連れて行ってもらった。子宮頸部の検査によって血痕の理由が明らかになった。100gぐらいの大きさの腫瘍が見つかったのである。医師は腫瘍の断片を臨床検査室の病理学者に送り、腫瘍が悪性であることが確かめられた。」

 「1週間後、ヘンリエッタは入院して、腫瘍を死滅させるためにラジウムによる放射線治療を受けた。治療を始める前に、医師らは腫瘍からサンプルとして少量の細胞を取り、ジョージ・ゲイ(George Gey)とマーガレット・ゲイ(Margaret Gey)の研究室に送った。このジョンズ・ホプキンスの2人の科学者は、人間の細胞を体の外(すなわち試験管内)で生存、増殖させようと20年間試行していた。彼らは人間の細胞を試験管内で”飼育”することができれば、癌の治療法を発見するのに使えるかもしれないという信念の下に研究をしていた。彼らはヘンリエッタの腫瘍細胞でついにそれを実現したのだった。この腫瘍細胞は、彼らがこれまで培養したどんな細胞よりも活発に増殖した。」

 「不運にも、腫瘍細胞はヘンリエッタ・ラックスの体の中でも急速に増殖し、数カ月以内で、癌性細胞は彼女の体内のほとんどすべてに広がった。そして彼女は1951年10月4日に亡くなった。同じ日にジョージ・ゲイが全国放送のテレビに登場して、Hela(ヒーラ)細胞と名づけた細胞が入った試験管を示し、癌治療は近いと言った。」

 「著しい増殖能力のたね、Hela細胞は安定した基盤として生物医学の研究に利用された。条件が整えば、この細胞はウイルスに感染し、ポリオウイルスの産生師団として用いられ、この疾患に対する最初のワクチンが開発された。ヘンリエッタ自身はヴァージニアとメリーランドの外にはいったことがなかったが、彼女の細胞は世界中を移動している。Hela細胞はスペースシャトルに乗って宇宙にさえ行った。過去半世紀にわたって、Hela細胞から得られた情報を使って何万もの論文が発表された。しかし、Hela細胞が早急に癌の治療法を導いてくれるという望みは、事実に反することになった。」

 「世界の先進国の大部分では、癌は2番目の死亡原因のままである(心臓病に続く)。しかしながら、もし1941年に最初に用いられた簡単な医学検査を受けていれば、ヘンリエッタはおそらくもっと長生きしただろう。パップ試験と呼ばれるこの検査は、子宮頸部の前癌状態の細胞を検出できる。通常、癌になる前に細胞は取り除かれる。米国では、パップ試験は子宮頸がんによる死のおよそ90%を防いだ。当時、このような検査が普及していれば、Hela細胞が世に出ることもなかっただろう。」

 「正常組織では、細胞分裂(細胞”誕生”)は細胞消失(細胞”死”)によって相殺される。ほとんどの正常細胞と異なり、Hela細胞を含む多くのがん細胞は、細胞消失よりも細胞分裂に大きく傾いた遺伝子の不均衡のせいで成長を続ける。放射線や薬剤を用いる癌の治療は、この均衡を細胞消失の方へと傾けさせることを目標としている。」

 Hela細胞のことは、もちろんこの本を読むまでは知りませんでした。癌との戦いの中でこんなことがあったのですね。驚きました。ところで、この話には”後日談?”があるようで、出訴は忘れたし記憶もあいまいなのですが、ヘンリエッタの家族は以上のような事実は知らされておらず、最近になって偶然知ったという話を読みました。現在なら、Hela細胞は違法な産物になるのかもしれませんが、私にはその意義など鵜を評価する能力を持ち合わせていません。長くなったので、第6章の続きは次回以降にします。

***第6章:染色体、細胞周期および細胞分裂(続き)***

 第1章、第2章で細胞と細胞膜についての話がありましたが、本章では細胞の分裂と染色体の話となります。原核細胞は単純な(真核細胞に比べて)”2分裂”によってどんどん細胞が分裂、増殖していきますが、真核生物では大変複雑な”有糸分裂”と”減数分裂”で分裂していきます。真核生物は、雄の精子(”配偶子”)と雌の卵(”配偶子”)が受精し、受精卵が作られますが、このたった1個の細胞(”接合子”という)か細胞分裂(有糸分裂)を繰り返すことによって、ヒトを含む多細胞生物が作り出されるわけです。

 真核細胞の”有糸分裂”は、ステップを踏みながら1周期をまわり、その分裂周期を繰り返します。1周期は”Gap1”、”S(DNA合成)”、”Gap2”、”M(有糸分裂)”および”細胞質分裂”の5つのステップからなり、タンパク質や化学的シグナル等によってステップの進行が複雑かつ精確にコントロールされているのだそうです。分裂していない細胞は、通常”Gap1”期にとどまっており、細胞分裂が始まると”M”期に移行し、2本鎖DNAが複製されます。その後、”Gap2”期に入った後、”M”期に入り、そこで核の分裂(有糸分裂)が起こり2つの娘核が作られます。最後に細胞質が分裂して、2つの娘細胞が作られ、有糸分裂が完了します

 2本鎖のDNA分子は非常に長い巨大な分子ですが、有糸分裂の前に、この2本鎖のDNA分子は超小型の”染色体”の形に折りたたまれまれ、複製元のDNA染色体と複製されたDNA染色体はお互いにペア(”姉妹染色分体”という)を組んで結びついているのだそうです。有糸分裂ではDNA複製によって作られた姉妹染色分体(遺伝情報が入っている)を、複雑な仕組みで、かつ高度にコントロールしながら正確に分離します。本書では、この有糸分裂の仕組みをカラーの図で分かりやすく?解説してくれていますが、とても複雑でここでは説明できません。どうしてこんな複雑で精確な仕組みが進化によって作り上げられてきたのか考えると、もう不思議で不思議で、言葉もありません。

 有糸分裂が複雑だと述べましたが、減数分裂はさらに複雑怪奇?な細胞分裂を示します。”減数分裂”は、新しい個体を作る元となる”精子”と”卵”を作る細胞のみで起こります。減数分裂は、有糸分裂とは違って、新しい個体を作る有性生殖に備えて、2回の核分裂を行い、1対の染色体(DNA分子)を分離し、1組の染色体(DNA分子)セットのみを持った精子または卵(配偶子)を作ります(1つの元の細胞が分裂して4つの娘細胞が作られます)。したがって、通常の体細胞は1対の染色体(DNA分子)を持ちますが、この配偶子(精子または卵)は1組の染色体(DNA分子)セットしか持たないということです。ちょっとわかりにくいですね。ヒトの場合で言うと、通常の体細胞は23本の染色体セットを1対、すなわち46本の染色体を持ちますが、配偶子(精子または卵)では23本の染色体セットしか持たないということです。

 繰り返し言いますが、この減数分裂はとても巧妙で、言葉では説明できないほど複雑で精確な仕組みになっています。こちらの分裂の仕組みもカラー図で解説されていますが、理解に苦労します。一つだけ重要なことを言いますと、この減数分裂の過程の中で、染色体(DNA分子)の遺伝子組み換えが行われ、分裂して誕生した新しい染色体(DNA分子)はお互いに異なるとともに、親の細胞の染色体(DNA分子)とも異なったものになるということです。言い換えると、有性生殖によって誕生する個体の染色体は、兄弟同士でも異なるし、親とも異なったものになるということです。これによって生物の子孫が遺伝的多様性を持つようになり、強いては種の進化につながっていくことになるのだそうです。すごいですね。ヒトが微生物から進化してきたのは、減数分裂による染色体の組み替えによっているということになります。また、自分の子供が親とはまったく似つかないことや兄弟の性格などがまったく異なるなどといったことがよくありますが、これで納得ということですね。

 しかし、細胞分裂は精確といっても、時々エラーを起こすそうで、特に、減数分裂において誤りが生じると、異常な染色体構造をもつ染色体(DNA分子)が生じたり、染色体(DNA分子)の数が異常になるといった状態が生じる可能性があります。そうすると、染色体異常を持った子供が生まれたり、不妊や死産に至ったりすることになるのだそうです。例を挙げると、”ダウン症”は21番染色体(DNA分子)が3本ある三染色体性(トリソミー)によるものであり、生殖においてある確率で生じるものだそうです。

 最後に、細胞の”死”が取り上げられています。細胞の”死”には、毒素や、酸素、栄養素不足等によって細胞が分解してしまう”ネクローシス”と遺伝的にプログラムされた細胞の”自殺”である”アポトーシス”があるのだそうです。説明は省略します。

                                                                  => 目次Topへ


第07章: 遺伝学:メンデルとその後        2017年10月21日、10月30日

 遺伝学は分子生物学とは異なり、19世紀半ばのメンデルの時代にまで遡る生物学です。それで、私には少し違和感があるのですが、メンデルの素晴らしい偉業については認識しておく必要があると思います。まずは、前章と同じように、本論に入る前に、先ず前文にある「ラビ(ユダヤ教指導者の知恵」の話を掲載します。なるほどと思いました。「1800年前の中東の砂漠で、ラビがジレンマに直面していた。あるユダヤ人の女性が息子を産んだ。その約2000年前にアラハムへの神の命令(あー!なんとあほらしいことよ!)によって定められ、のちにモーゼが復唱した法律の定め(おー!なんとつまらないことを!)母は生後8日の息子を割礼の儀式のためにラビのもとへ連れてきたのである。」

 「そのラビは、女性の2人の息子が陰茎包皮を切られたとき、出血死しているのを知っていた。しかし聖書の命令は生きている。割礼を受けなければ、その子は神と厳粛な契約を結んだものとはみなされないだろう(ひぇー、なんと不合理な話であることよ!)他のラビとの協議の後、この三男は割礼を免除すると決定された(なんと優れた決断なのだ!!)

 「それから約1000年後の12世紀、医師であり神学者のモーゼス・マイモニデス(Moses Maimonides)は、ラビが書き残した文献でこの事情やその他多くの事例を調べ直し、このような場合、三男に割礼を施すべきではないと述べた。さらに、この子が母の「最初の夫との子であろうと2番目の夫との子であろうと」免除すべきであるとした。出血性疾患が明らかに母から息子へ受け継がれていると、彼は推論したのである。遺伝子や遺伝学に対して我々が持つ現代的な知識もなく、ラビはヒトの疾患(現在ではこの疾患は血友病Aとして知られている)を遺伝の型と結びつけていた。血友病Aの正確な生化学的性質とその遺伝的メカニズムがわかったのは、わずかここ数十年のことである。

 中略

 我々は、このような遺伝の様式をどのように説明し、予想するのか?遺伝について多くのことが、科学者や研究者が遺伝子や染色体の存在を知る以前から直感されていた。約2000年前の賢いラビの決定が証明するように。事実、遺伝の基礎科学は、生命科学の歴史における驚くような実験と結果解析の精華によって1860年代に構築された。グレゴール・メンデル(Gregor Mendel)による実験と解析の重要性は、約30年間、科学界に理解されなかった。しかしながら、一度評価が定まると、自然科学と医学はこれまでにない速度で発展し始めた。

 とてもよいお話ではありませんか?でも、現代の宗教にもこのような問題が山積していることはないのでしょうか?

***第7章:遺伝学:メンデルとその後(続き)***

 オーストリア人のグレゴール・メンデルは、科学者ではなく教会の修道士でした。しかし、ウィーン大学で物理学、化学、数学や生物学を学び、その勉学が彼の遺伝の研究に用いられた実験的かつ定量的な方法に強く影響を及ぼしました。そして、その定量的な実験が成功の鍵になったとのことです。しかし、よくあるように、彼が書いた多くの先駆的な論文は、当時の学会では受け入れられず、無視されたとのことです。進化論のチャールズ・ダーウィンでさえ、メンデルと同じような実験を行っていながら、メンデルの発見の重要性を理解しませんでした。1900年までに減数分裂の現象が報告され、ユーゴー・ドフリース、カール・レンスおよびエリッヒ・フォン・チェルマックという3人の植物遺伝学者によって、それぞれ別々にメンデルの論文に言及し、突如注目の的となったのだそうです。すなわち、染色体と減数分裂を使えば、メンデルが交配から得た結果を説明するのに提唱した理論を科学的に説明できることがわかりました。よかったですね。

 遺伝子と減数分裂の発見以前にメンデルがすばらしい洞察に達することができたのは、その実験方法によるところが大きかったということです。彼の研究は、大規模な準備、幸運な実験対象の選択(エンドウの選択)、細心な実験の遂行、想像力に富みながらも論理的な解釈の成果といえるそうです。すばらしいですね。でも、教会の修道士は暇がたくさんあったのでしょうね。うらやましいです。

 ここで、メンデルの遺伝学について詳細に記述することはできませんが、重要な用語を説明します。
・”特徴”:花の色や種子(豆)の形状、色などのような観察可能な外観のこと
・”形質”: 紫色の花や白色の花のような特徴における特定の型(外観)のこと
・”遺伝形質”:親から子へ伝達されるもの ちょっとわかりづらいですね
・”優性”、”劣性”:ある特徴において比較的表現が多い形質を”優性”形質、少ない形質を”劣性”形質という(正確な定義ではありませんので間違わないでください)。

 メンデルは、実験である特徴の遺伝形質が融合することはなく、親の世代からこの世代へと受け継がれていくことを見出しました。すなわち、世代を受け継ぐ”分離した粒子”(今でいう”遺伝子”であるが、メンデルはこの言葉は使っていないとのことです)が存在すると推論しました。すばらしい推論ですね。でも当時の状況では、大胆過ぎて受け入れられなかったのもうなづけまかね。現在は、ある個体のすべての”遺伝子の集合”を”ゲノム”とも呼んでますね。

 メンデルは、自身の学説が染色体やDNAの二重らせんなどの発見と同じような素晴らしい生物学上の発見として称賛されることなく亡くなりました。しかし、遺伝子は今、染色体のDNA分子のある領域の塩基配列であることがわかったわけです。すなわち、1個の遺伝子は”遺伝子座”と呼ばれる染色体上の特定の部位に存在するDNA塩基の配列であり、特定の性質をコードしています。そして、遺伝子はその特定のコードに対応した特定の機能を持つタンパク質と結びついて、ある特定の表現型を示すことになります。メンデルは、現代のDNAや塩基配列、コードなどを全く知らない中で、遺伝子の存在を推論し、メンデルの法則を主張したことになります。称賛されるべきすごい科学者であったのですね。

 メンデルによって明確に表された遺伝の法則は、今日でも依然として有効であり、彼の発見は遺伝学のすべての未来の研究における土台を築きましたが、その後の研究によって当然のことながら複雑な事象もわかってきました。本著では、多くの例を説明しています。例えば、ウサギの複数の毛色の表現型、キンギョソウの花の中間色の表現型、人の血液型(A、B、AB、O型)、ラブラドール・レトリーバー(犬)の毛色の表現型、トウモロコシの雑種強勢などです。また、環境によってウサギなどは遺伝子の表現型である毛色が変わることもあるのだそうです(ライチョウの冬毛と夏毛の生え変わりもこれで説明してよいのですかね)。すなわち、ほとんどの複雑な表現型は多数の遺伝子と環境によって決定されるということです。多様な人間がいることがよくわかりますね。

 コロンビア大学のトーマス・ハント・モーガンは、ショウジョウバエを使って多くの遺伝学上の問題を解決しました。高校の時、生物の先生が熱心にショウジョウバエの話をしてくれましたが、当時はつまらないことをと思っていました。本当は素晴らしい話だったのだと今になってわかりました。先生、済みませんでした!この中で私が驚いたことは、減数分裂の間に、2本の相同染色体の間で対応する部位の乗り換えが起こり、それに従って染色体(遺伝子)も組み換えられるということです。これによって、両親の染色体が組み合わさった染色分体が子供に引き継がれ、多様な子孫が現れるとのことです。これがまた、人類の”進化”に大きく影響しました。すごいことですね。でも、人類の”進化”は、自分と異質な人を排除したり殺害するヒトを作り出したことを考えると、???と考え込んでしまいます。

 最後は、性染色体の話になります。ご存知の人も多いことと思いますが、ヒトの男は1本のX染色体と!本のY染色体を持ちますが、ヒトの女はY染色体を持たず、2本のX染色体を持ちます(これは、鳥では逆転しているそうです)。本書では性染色体の異常によるいろいろな例が述べられていますが、ここでは省略します。

                                                                  => 目次Topへ


第08章: DNAと遺伝におけるその役割        2017年11月13日、11月20日
                                       

 いよいよ分子生物学の核心であるDNA(デオキシリボ核酸)の話に移ります。20世紀の初頭には、遺伝学者は遺伝子は染色体と関連していることに気づいており、染色体中の遺伝物質の実態を化学的に解明することを開始したということです。1920年代までには、科学者たちは染色体はDNA(デオキシリボ核酸)とタンパク質から構成されていることがわかっていたそうです。しかし、遺伝物質はDNAなのかタンパク質なのかはまだ特定できていませんでした。1952年になって、アメリカのアルフレッド・ハーシーとマーサ・チェイスによる、T2バクテリオファージという細菌(大腸菌)に感染するウィルスを用いた実験で、DNAが遺伝物質であることが明らかになったのだそうです。その後、真核生物においても、DNAが遺伝物質であるという決定的証拠が得られました。

 それから、科学者はDNAの三次元化学構造を突き止めようと努力しました。化学構造を明らかにするために、物理学で用いられていたX線による結晶解析が用いられました。そしt、1953年2月に、イギリス人フランシス・クリックとアメリカ人ジェームズ・D・ワトソンが、DNA分子は2本のポリヌクレオチド鎖がらせん状の構造を作っており、しかもその2本の鎖が反対方向に走っていることを解明しました彼らは、ブリキでこのDNAの模型を作って発表したのだそうです。この構造は、DNAの知られていた科学的な性質をすべて説明し、DNAが持つ生物学的機能を理解するための扉を開いたものと称賛されているとのことです。このあたりの経緯は、J・D・ワトソンの著書「DNA上」(ブルーバックス)に詳しく述べられています。

 DNAの構造とその仕組み、機能はとても複雑で、その詳細を理解するのはとても難しいことです。図を用いたとしても、簡単な解説をすることも無理です。とりあえず、私が重要と思った点だけをピックアップして述べてみたいと思います。

1.DNAは糖(デオキシリボーズ糖)とリン酸基からなる2本の鎖が骨格となっていて、それぞれの鎖から横に伸び塩基が水素結合で結びついている。
2.このDNAの2本の鎖は逆方向に並行的に走っている(この逆平行がDNAの複製時において重要な意味を持ってくる)。
3.塩基には、アデニン(A)、グアニン(G)、チミン(T)、シトシン(C)の4種があり、アデニン(A)とチミン(T)が対に、グアニン(G)とシトシン(C)が対になって、あたかも2本の鎖の間にハシゴのステップのように結びついている(これら塩基の並びが遺伝情報の暗号になっている)。
4.生物は、このDNAの塩基の並びから遺伝情報を読み取り、いろいろなタンパク質を生成する(多くのタンパク質は酵素として、生体の各種機能を維持する役目を果たすことになる)。

 ここで問題になるのは、DNAはどのように複製されるかである。しかし、DNAの構造はもちろん、その複製も巧妙かつ高度で、とても簡単に説明はできません。そこに出てくる酵素(タンパク質)などの主なものとして、DNAポリメラーゼ、DNAヘリカーゼ、DNAリガーゼ、RNAプライマーなどなどたくさんあり、それがプロジェクトチームを組んだように協同して複製を行っているのだそうです。イヤー、いつものことながら神秘的なとしか言えませんね。

 更に驚くことは、DNAの複製において間違いが生じたとき、生命はそれを修復する機能をも持っているのだそうです。それも、三つの修復機構を持っており、いくつかの酵素が絶えず細胞のDNAを”点検”しているというから驚きではありませんか。誰がこんな仕組みを思いついたのでしょうね。なんとも不思議です。

 科学者は、このようにDNAがどのように複製され、修復されるのかを理解すると、今度は遺伝子を研究するための技術を開発しました。本書では、DNAの短い領域を何回もコピーして、多量のDNAの部分鎖を作る技術とDNAの塩基配列を決定する技術について解説しています。こうして、ヒトは生命の遺伝子を操作し、改修する方法を取得してしまったわけです。恐ろしい技術ですね。原子力爆弾の開発に匹敵する技術とも言えますね。今後どうなるかは、予測もつかない事のようです。

*** 第8章:DNAと遺伝におけるその役割(続き)***

 第8章の序文のDNAに関する文章が面白いので、転載してみます(一部抜粋)。 「二重らせんは科学雑誌”ネイチャー”の短い論文の中でジェイムズ・ワトソンとフランシス・クリックによって最初に提唱された。論文にはクリックの妻オディールによって描かれた構造の図が添えられ、そのシンプルかつ優美な構造は、 科学者だけでなく、一般の人にもあっという間に広まった。ワトソンは後にこう表現している。”この愛らしい構造は、存在すべくして、存在した。”(私には意味不明ですが・・)」

 「デオキシリボ核酸−DNA−と二重らせん構造は私たちの時代の科学の素晴らしいシンボルの一つになった。それは、ニュースの雑誌の表紙を”生命の秘密”として飾るだけでなく、難解な専門後から大衆の言葉への移行であった。”顧客をビジネスのDNAへ”と誘う企業の広告が見られたり、”DNA”と名づけられた香水が”生命の泉”として宣伝されたりしている。あるデジタルメディア・ソフトウェア・システムは”DNAサーバー”と呼ばれている。」

 「このような強烈なシンボルが科学から出てきたのはこれが初めてではない。核爆発のキノコ雲や、電子が核の周りを駆け巡るボーアの原子模型がある。サルヴァドール・ダリは、風変わりな創作品の中でDNAの二重らせんを用いた最初の有名な芸術家である。ノーベル賞を受賞した遺伝学者ジョン・サルストンの肖像はサルストンのDNAを含むとても小さい最近細菌のコロニーによってできている。ブラジル人の芸術家エドワルド・カックは、聖書の一説をDNAヌクレオチド塩基配列に翻訳し、このDNAを細菌に組み入れた。UV灯をを点けるとDNA配列とそれが表す聖書の節が浮かび上がる。DNAを主題とした彫刻が多数作られ、二重らせんのモチーフで作られた装身具は”生命の鎖”コレクションと呼ばれる(DNAの二重らせんをデザインしたイアリングを付けた若い女性が読者に微笑んでいる写真が添えられています。すごい教科書ですね。老人も少し慌ててしまいますよね)。」

 「しかし、我々の社会をかき回すのはDNAの構造だけではない。その構造が象徴すること、つまり、急速に広がっている遺伝学の知識がもたらす希望と危機もしかりである(全くその通りに社会が進んでいるようですね)。」


                                                                  => 目次Topへ


第09章: DNAからタンパク質、遺伝子型から表現型まで    2017年12月04日、12月11日

 前章から分子生物学の核心であるDNA(デオキシリボ核酸)の話に入りました。本章では、DNA(遺伝子)からRNAへの転移とRNAからペプチド鎖(タンパク質)への翻訳という遺伝の仕組みの核心に入り込むことになります。例によって、今回は序章で述べられている猛毒”リシン”(リボソームを阻害する暗殺毒)の話を紹介します。

 1978年、ロンドンに亡命していたブルガリア人ジャーナリスト、ゲオルギー・マルコフは、当時共産主義国であったブルガリアに対し批判的な記事を書いていた。ある日の夕方、ウォータールー駅近くのバス停に立っているとき、1日との男(おそらくブルガリア当局の人間)が、通りすがりにマルコフを傘で突いた。あたかもよくある偶然の出来事のようであった。しかし、マルコフは鋭い痛みを感じ、数時間のうちに衰弱し始める。まもなく、高熱、嘔吐、さらに深刻な症状を呈し、2日後に死亡した。
熱帯原産のヒマの種子からとれるヒマシ油は、昔使われた即効性の下剤であっり、現在はプラスチック産業でも使用されている。リシン毒はヒマシ油に含まれていないが、人間に対する致死量が約1mg(ほんのピン先程度)のタンパク質である。

 リシン毒による計画的犯行例はマルコフの殺害だけではない。(テロリスト集団の)アルカイダが隠れていたアフガニスタンの洞窟でも発見されているし、1980年代のイラン・イラク戦争でも使用されている。1990年代には税金に反対するグループの4人のメンバーが自家栽培したヒマから作ったリシンを使ってアメリカ政府職員の殺害を企み逮捕されている。リシンがテロ攻撃に使われる危険性については多くの記事があるが、その可能性は低いだろう。なぜなら、多くの人々を殺傷するためには、比較的大量のリシンを必要とするからである。炭疽菌とは違い、リシンはタンパク質なので、自己増殖することはない。

 リシンは、ガラクトースを持つ糖タンパク質や糖脂質に結合して細胞内に入り込む。こうした糖タンパク質や糖脂質は多くの細胞表面の細胞膜に存在するので、リシンは大抵の細胞にとりつくことができる。エンドサイトーシスによって細胞質内に入ると、タンパク質合成を阻害し細胞を死に至らしめる。具体的に言うと、タンパク質合成が行われる真核生物リボソームの巨大RNA分子を修飾し切断する。細胞質に入り込んだリシン1分子によって1500個のリボソームが修飾され、分単位で細胞死に至る。

 タンパク質とは、DNAの遺伝情報である遺伝子型を具体化した表現型である。リシンは、遺伝子の表現型であるタンパク質の合成を阻害して障害する。

 以上ですが、リシン(タンパク質)が細胞質内に入り込んで、リボソームというタンパク質製造工場を攻撃(修飾)し、各種タンパク質の合成を阻害しているというイメージはお判りでしょうか?難しいですね。

*** 第9章:DNAからタンパク質、遺伝子型から表現型まで(続き)***

 まず、遺伝子は”DNAの配列”であり、体の特徴すなわち”表現型”を決定しますが、このことは子嚢(しのう)菌である”アカパンカビ”を用いた研究で証拠づけられたのだそうです。多くのタンパク質は、1本または複数本のポリペプヒド鎖(アミノ酸の鎖)から構成されていますが、一つの遺伝子からは一つの特有なポリペプチド鎖が作られるということです。したがって、遺伝子の機能は、ある特定のポリペプチド鎖(タンパク質の構成分子)を産生すると言ってもよいとのことです。

 遺伝子からポリペプチド鎖を形作る手順は、”転写”と”翻訳”の2ステップからなります。@転写はDNAの塩基配列情報をRNAの塩基配列情報(DNAの塩基配列に相補的な配列)へとコピーします。A”翻訳”はRNAの塩基配列情報をもとにアミノ酸配列から成るポリペプチド鎖へ変換します。ここで、DNA(デオキシリボ核酸)と似た名前の”RNA”が出てきました。このRNA(リボ核酸)は、DNAとポリペプチド鎖をつなぐ重要な分子です。DNAは”ポリヌクレオチド鎖”2本からなる二重らせん構造をした高分子ですが、RNAは1本のポリヌクレオチド鎖からなります。また、DNAは4つの塩基(アデニン、グアニン、シトシン、チミン)を使いますが、RNAはチミンの代わりにウラルシという塩基を使うところが違っています。

 この遺伝子(DNA塩基配列)からRNAの手助けを借りてポリペプチド鎖が産生される仕組みは、これまた巧妙、精細で、知ればどうしてこんな仕組みが作られたのかと驚いてしまいます。図でもなかなか説明できませんし、ましてや文章ではなおさらです。したがって、ここではこの仕組みに絡んで重要な要素を列挙するに留めます。
a.RNAポリメラーゼ: DNAからmRNA(メッセンジャーRNA)を転写する巨大な複合タンパク質
b.mRNA(メッセンジャーRNA): DNAから転写によって産生されるRNA、 
c.リボソーム: mRNAの塩基配列を読んで、対応するアミノ酸が付いているtRNA(トランスファーRNA)を呼び寄せ、そのアミノ酸をポリペプチド鎖の後尾に付ける(翻訳する)細胞小器官、 
d.tRNA(トランスファーRNAまたは運搬RNA): 3桁の暗号(3つの塩基配列)に対応したアミノ酸を持って、リボソームにアミノ酸を提供するRNA

以上ですが、これでは何のことかわかりませんね。詳しく知りたい人は本を読むしかありません。

 ところで、”翻訳”とは何でしょう。これがまたまた驚愕的な仕組みなのです。すなわち、生物は3個の塩基配列(”コドン”という)の配列順とアミノ酸が対応した”翻訳表”をもっており、これに従って翻訳を行っているのです。生物学者は、この翻訳表の存在を推測し、翻訳表の”解読”に成功したのです。エジプト文明のロゼッタ石碑の解読のようなものですよ。こんなものを生物が持ち合わせているなんて信じられますか?しかもヒトの翻訳表は、哺乳類はもちろん、動物、植物、細菌も基本的に同じものであるのだそうです。このため、細菌の遺伝子やDNA、RNA等などを使って、ヒトに関する遺伝子研究をすることができ、これが遺伝子工学へとつながっていったということです。恐るべき研究成果ですね。

 翻訳の仕組みを詳細に説明できませんが、翻訳表の一部を掲載してみます。

U(ウラシル) C(シトシン) A(アデニン) G(グアニン)
UUU: フェニルアラニン
UUC; 同上
UCU: セリン
UCC: 同上
UCA: 同上
UCG: 同上
UAU: チロシン
UAC: 同上
UGU: システイン
UGC: 同上
UUA: ロイシン
UUG: 同上」
UAA: 終止コドン*
UAG: 同上
UGA: 終止コドン*
UGG: トリプトファン
C CUU: ロイシン
CUC:: 同上
CUA: 同上
CUG: 同上
CCU: プロリン
CCC: 同上
CCA: 同上
CCG: 同上
CAU: ヒスチジン
CAC: 同上
CGU: アルギニン
CGC: 同上
CGA* 同上
CGG: 同上
CAA: グルタミン
CAG: 同上
以下省略 以下省略 以下省略 以下省略

 A:アデニン、 G:グアニン、 C:シトシン、 U:ウラルシ この3つの塩基配列をコドンと呼ぶ
 コドンの後に続くカタカナ名はアミノ酸の名前である

 いかがですか。これが生物の遺伝暗号なのだそうです。シンプルで美しいではありませんか。本当に誰が考えたのでしょうか、不思議ですね!!

 それでは、翻訳されて産生されたポリペプチド鎖の行方はどうなるのかが問題です。もちろん、ここでも巧妙な仕組みがあります。一般的には、ポリペプチドが産生されると、3次元立体構造をとるようになるとのことです(タンパク質は巧妙な3次元立体構造を作ります)。更に、アミノ酸配列には、行先タグとも言うべき”シグナル配列”が含まれており、それに従って細胞核やミトコンドリア、葉緑体、あるいは細胞小器官である小胞体へと移動します。小胞体にたどり着いたペプチド鎖は、さらにゴルジ装置を通って、細胞膜やリソソーム(その後細胞外へ出る)、液胞(植物の場合)などに移動するとのことです。すごい搬送の仕組みですね。我々の体の中ではすごい仕組みが働いているのですね。ヤマトや佐川の運送システムなど比べ物になりません。

 長くなりましたが、最後に突然変異の話です。突然変異とは、DNA塩基配列の変化の事です。突然変異には、体細胞突然変異と生殖細胞突然変異があります。体細胞突然変異では、有糸分裂で娘細胞に伝わりますが、生殖細胞に伝わることはありません。ところが、生殖細胞の突然変異をもつ配偶子(精子、卵子)は受精により後世に伝わっていくことになります。また、染色体レベルで、染色体のある部分が欠落していたり、重複していたりすると、大規模な遺伝子変異となり遺伝物質に多大な影響を与えることになります。突然変異は生命体を傷つけ、病気の原因となりえますが、他方、ランダムな突然変異が蓄積し有用なタンパク質が合成されるようになれば、自然選択された新しい遺伝子は永続するようになり、進化の礎になることもあると言えるのだそうです。ヒト(ホモサピエンス)の誕生は、突然変異による”進化”の成果?ということですね。


                                                                  => 目次Topへ


第10章: ウイルスと原核生物の遺伝学     2018年1月8日、1月14日
                                       

 本書が取り扱う対象は、ウイルスと原核生物で、ヒトを含む真核生物はこの後の章で取り扱います。ウイルスの名は誰もが知っていますが、ウィルスは”非細胞体”で、いわゆる生物ではありません。しかし、小さいながらも、ヒトと同様にDNA(核酸)やタンパク質をもっています。また、原核生物はもちろん”細胞生物”で、古細菌と真正細菌に分類されます。皆さんもよく知っている大腸菌は真正細菌に分類されます。ウイルスや細菌はゲノムサイズが小さく(すなわち、比較的単純である)、増殖のスピードも速い(大腸菌は20分ごとに2倍となる)ため、遺伝子の研究では遺伝子の構造や機能、伝達方法を研究するモデルとなってきたそうです。

 本章では、このウイルスが”宿主(細胞)”へどのように感染し、増殖、遺伝子発現するかが述べられています。続いて、細菌(原核生物)は通常無性生殖によって増殖しますが、そこでどのように遺伝子組み換えを行い、遺伝子発現をするのかが述べられています。内容はとても難しいのですが、要点を記してみたいと思います。

 冒頭でも述べたようにウイルスは細胞からできているのではなく、したがって細胞生物ではありませんが、核酸と数種類のタンパク質からできています。ウイルスは、細胞にとって基本的な機能、栄養を摂取して老廃物を排出するといった機能はありません。そして、ウイルスは自己のみでは増殖できず、特定の宿主細胞の中でしか増殖することができません。すなわち、ウイルスは宿主細胞の”助け”なしでは増殖することができないのです。ところが、ウイルスは、その”自己増殖”のために、驚くべき方法で巧妙に、宿主細胞の”DNA複製機構”と”mRNAタンパク質合成機構”を利用するのです。

 バクテリオファージ(細胞に感染するウイルス、単に”ファージ”とも言う)は、宿主細胞の細胞膜表面にあるタンパク質か糖鎖に結合し、細胞内部へファージの核酸を注入し、宿主細胞のに入り込むそうです。細胞に入ったのちは、1)直ちに増殖し、宿主細胞(細菌)を殺すか、2)宿主細胞(細菌)のゲノムにウイルスの核酸を挿入したままになる、という二つの経路をとるのだそうです。2)の場合、挿入されたウイルスのゲノムは、宿主細胞のゲノムと一緒に複製されていきます。そして、ある環境の変化があると、挿入されたウイルスのゲノムが分離されて、1)と同じようにゲノムを増殖し、宿主細胞(細菌)を殺すことになるのだそうです。面白いですが、空恐ろしいシステムですね。1)の経路をとるファージは、細菌感染症の治療に使われるそうです。また、ファージは細菌(原核生物)に感染するウイルスですが、ヒトなどの真核生物に感染するウィルス研究の突破口となったそうです。ウイルスも医療に大貢献しているのですね。

 脊椎動物のほとんどはウイルス感染を受けますが、無脊椎動物では昆虫や甲殻類の節足動物だけだとされているそうです。動物に感染するウイルスは、非常に多様性に富んでいるそうです。遺伝物質がDNAの場合とRNAの場合とがあるそうです。多くの場合、ウイルスのゲノムは小さく、数種類のタンパク質をコード(対応付け)しているだけだそうです。ウイルスの増殖サイクルは、とても巧妙かつ複雑な方法で真核生物の細胞増殖機能を借用?していますが、ここでは述べることが不可能です(本書では、インフルエンザ・ウイルスとHIVウイルス(エイズ原因ウイルス)について、図を用いて説明している)。

 原核生物(古細菌、真正細菌)は、ウイルスとは違って、生命に基本的な機能が備わっていて、それのみで生存して増殖することができます。原核生物は真核生物と違って無性生殖的で、多くの場合1つの細胞が分裂して2つの細胞に分かれます。換言すれば、元の細胞のクローン(遺伝的にはまったく同一の個体の集団)を作り出しています。しかし、原核生物も自己の遺伝子を組み換えする方法を持っているのだそうです。すなわち、原核生物の場合は、真核生物のように細胞核の減数分裂時に相同染色体の間で遺伝子組み換えが起こるのではなく、他の細胞由来の小型の部分遺伝子(DNA断片)とゲノムの間で起こるのだそうです。その仕組みは複雑で説明困難です。

 原核生物は、遺伝子の交換を行うだけでなく、遺伝子の発現を調節する能力もあるのだそうです。すなわち、必要な時のみタンパク質を合成し、エネルギーや栄養を節約し、周囲の環境が保証されているあいだにすばやく細菌内のタンパク質の量を変化させることができるということです。また、不必要なタンパク質の供給を止める手立ても複数持っているのだそうです。細菌といえども侮れない?ですね。生命の神秘がうかがわれます。済みませんが、これも巧妙かつ複雑怪奇?なシステムをもっており、ここでは具体的に説明することは不可能です。

 1970年代後半からウイルスのゲノム解読が行われてきましたが、このときは手動の解読だったそうです。しかし、原核生物や真核生物のゲノムの場合、小さいものでもファージの100倍以上あり、自動のDNA配列解読技術の開発によってようやく可能になったのだそうです。以下に、我々ヒトに馴染み?の病気に関係する細菌(病原菌)のゲノムについて、記述します。

1.インフルエンザ菌: この細菌はヒトが唯一の宿主である。上気道に常在するが、耳に感染して中耳炎を起こすこともある。ひどいときは、小児の髄膜炎を引き起こす。183万137塩基対の環状染色体をもち、1743個のタンパク質をコード(対応付け)する遺伝子がある。

2.トラコーマ・クラミジア: アメリカでもっとも一般的な性感染症の病原菌である。この病原菌は細胞内に共生するので、研究することが非常に難しい。

3.発疹チフスリケッチア: チフスを引き起こす病原菌であり、媒介動物であるシラミに噛まれると感染する。634個の遺伝子のうち、病原性に重要なものは6個であり、ワクチン開発に使われている。

4.結核菌: 結核を引き起こす結核菌である。原核生物にしては大きなゲノムを持ち、4000個のタンパク質をコード(対応付け)している。そのうち250個以上が脂質代謝に関するものであり、脂質代謝が結核菌の主要なエネルギー産生経路なのかもしれない。まだ同定されていない細胞表面のタンパク質をコードしていると考えられる遺伝子もあり、ワクチンのターゲットとなるかもしれない。

5.ストレプトマイセス属細菌: 現在臨床で使われている抗生物質(ストレプトマイシンなど)の3分の2を作ることができる。ゲノム解読から、抗生物質産生に関与する遺伝子が22種類あり、そのうち以前から知られているのはたったの4種類であることが明らかになった。これらの情報を生かせば、耐性病原菌に対するもっと強力な抗生物質を発見することができるかもしれない。

6.メタノコッカス、メチロコッカスなどの細菌: メタノコッカスなどは牛の胃の中で地球温暖化の原因のひとつであるメタンガスを作り出す。一方で、メチロコッカスなどはメタンガスをエネルギー源として使用し、空気中から除去する。両方の細菌のゲノムはすでに解読されていて、メタンガスを産生したり酸化したりする遺伝子の情報は、地球温暖化対策に役立つかもしれない。

7.腸間出血性大腸菌(O157、H7): これらは食べ物から感染し深刻な病気を引き起こす。アメリカでは年間7万人以上が発症している。そのゲノムには5416個の遺伝子があり、そのうち1387個は研究室レベルで使われる無毒な菌株の遺伝子とのあいだに違いがみられる。この遺伝子の多くは、サルモネラ菌や赤痢菌など他の病原性細菌にもある。これらの種間で広範にわたって遺伝子の交換が行われているのかもしれず、近い将来に超強力な細菌が出現するかもしれない。

 最後は身近な病原菌の話となりましたが、大変長くなってしまいました。第10章はこれで終わります。

*** 第10章:ウイルスと原核生物の遺伝学(続き)***

 今回は10章の序文を紹介します。近年よく話題に上るトリインフルエンザの話です。身近な話なので、興味を覚えるのではないでしょうか。

 香港のある3歳の男児が咳と熱を発症したのは1997年5月9日のことだった。抗生物質とアスピリンを飲んでも熱は高くなる一方で、5月15日には入院したものの、不幸なことにその6日後に呼吸器不全で死亡した。

 死亡前に肺から~採取した検体を哺乳類の腎臓由来の培養細胞に添加したところ、2日後にその培養細胞は死滅し、細胞からは大量のインフルエンザウイルスが放出されていた。香港病院の公衆衛生チームは、男児のインフルエンザウイルスは前年の冬に流行した株の一つであると考えて、ウイルスがヒトの細胞に吸着するためのウイルス表面の糖タンパク質を探した。しかし、何も見つからず、ヒトに感染する典型的なウイルスではないとしかわからなかった。

 8月には、それまでニワトリにしか感染が知られていなかったH5N1型ウイルスであることが判明した。少年の保育園では子供の遊び相手として飼っていたニワトリも数羽死んでおり、そのウイルスと少年のウイルスのDNAが一致した。さらにウイルス表面の糖タンパク質の遺伝子に突然変異が見つかり、ヒトの細胞に吸着し感染できるようになっていた。

 香港のトリインフルエンザ患者はその後も増え続け、12月までに18人が感染し6人が死亡した。患者とトリインフルエンザを結びつけるものがはっきりしなかったが、犠牲者全員が、発症前に家畜用鳥の市場に出かけていた。そこで市場のニワトリを調査したところ、高い割合でH5N1型インフルエンザウイルスに感染していた。香港衛生局は、ただちに中国本土との境界を閉鎖し、すべてのニワトリの処分を指示した。数日のうちに、150万羽のニワトリが処分され、おかげで大規模な感染をなんとかまぬかれることができた。

 しかし、鳥インフルエンザウイルスは沈静化していなかった。H5N1型はアジア以外の大陸でニワトリ以外の鳥類からも見つかり、ヒトへの感染例もある。しかし、今のところ感染した鳥を迅速に処分することで、広範囲な感染の発生は防がれている。

 人類は、いつも幸運なわけではない。1918年に流行した”スペイン風邪”は1人の兵士から始まり第一次世界大戦を戦っていたアメリカ軍によりヨーロッパに広がった。その結果、全世界で大流行し4000万人が死亡した。1857年と1968年のインフルエンザ大流行では、それぞれ100万人が死亡した。これらはどれも、インフルエンザウイルス遺伝子に起きたたった1つの変異が原因である。インフルエンザの世界的流行は、今度は一体いつ起きるのだろうか?その答えは、ウイルスの遺伝子変異とその進化次第である。


                                                                  => 目次Topへ


第11章: 真核生物のゲノムと遺伝子発現     2018年1月28日、2月11日

 前章(第10章)で、ウイルスと原核生物の分子遺伝の仕組みを学びましたが、本章では、ヒトを含む真核生物の分子遺伝の仕組みを対象とします。前章でも述べたように、原核生物(真正細菌、古細菌)も、遺伝子(DNA)を持ち、DNAから遺伝情報(コドン)を読み取り、mRNA(メッセンジャーRNA)に転写し、リボソームがそれをもとにポリペプチド鎖(タンパク質)を産生します。すなわち、原核生物には、真核生物と同様な生命に必要な基本的機能が備わっているということができます。

 しかし、遺伝子発現が研究され、タンパク質の生物学的意味付けが明らかになるにつれて、真核生物と原核生物のゲノムには数多くの大きな相違があることが明らかになってきました。その差異について、次のようにまとめられています。

1.真核生物のゲノムは、原核生物のものよりもはるかに大きい。例えば、原核生物である大腸菌は数千個のタンパク質をコードするのに充分なDNA(460万塩基対以上)を持っているが、ヒトははるかに多くの遺伝子と”調節配列”(遺伝子とは異なる)を持っており、60億個の塩基対が細胞に2倍体として詰め込まれている(直線にすると2mになる)。

2・真核生物のゲノムには、原核生物よりもずっと多くの”調節配列”があり、複雑な制御機構を持っている。

3.真核生物のゲノムの大半は非コード領域である。すなわち、真核生物のゲノムには、mRNAへと転写されない様々なDNA配列が散在しており、さらにmRNAに転写されたコード領域にも、タンパク質に翻訳されない配列が存在する。

4.真核生物は複数本の染色体を持つ。各染色体には、3種類のDNA配列、すなわち@複製起点(ori)、A体細胞分裂の際必要になる動原体、B染色体の端のテロメア配列がある。

5.真核生物では、転写と翻訳の場所は物理的に離れている。DNAが核膜内に存在するので転写は核内で行われ、翻訳は細胞質内のリボソームによって行われる。また、転写直後のmRNAは前駆体mRNAであり、そこから成熟したmRNAへとプロセッシングされる。

6.真核生物では、翻訳される前に多くの過程を経るので、そこで様々な調節を行うことができる。

 真核生物(ヒトを含む)のゲノムに関する知識は、単純なモデル生物の研究から多く得られたのだそうです。モデル生物としては、酵母、線虫、ショウジョウバエ、シロイヌナズナなどがあるそうです。大腸菌のゲノムは、460万塩基対の1本の環状染色体であるのに対し、出芽酵母のゲノムは16本の線状染色体であり、半数体分が1200万塩基対以上になるそうです。線虫は透明な体をしているので、受精後3日目から細胞1000個ほどの大人の線虫になるまでのすべての過程を観察することが可能なのだそうです。そのゲノムサイズは、酵母の8倍ほど(9700万塩基対)です。ショウジョウバエのゲノム数は1奥8000万塩基対で遺伝子数は1万3449個で、線虫より若干少ないのだそうです。比較ゲノム学により、種を超えて似ているタンパク質をコードする多くの塩基配列(遺伝子)が明らかになりました。驚くことには、ヒトの病気に関する遺伝子の半分ほどもショウジョウバエのものと似ているそうです。

 この後、真核生物のゲノムにある”反復配列”や、”転移因子”、”トランスポゾン”、”エキソン”と”イントロン”、”遺伝子ファミリー”、”mRNAのプロセッシング”などの話がありますが、とても複雑でかつ専門的な話なので省略します。

 最後に、真核生物の遺伝子発現がどのように調節されているかが述べられています。多細胞生物(真核生物の多く)で正常に発生が行われ、適切な機能を細胞が維持されるためには、タンパク質は正しい時期に正しい細胞でのみ合成されなければなりません。そのために、真核生物の遺伝子発現は正確にコントロールされていて、DNA複製のようにすべての細胞ですべてか無かの法則で調節されるのではなく、非常に選択的になっているそうです。すなわち、遺伝子発現は、遺伝子が転写、翻訳されてタンパク質になる多くの過程で調節されるとのことです。遺伝子の翻訳(タンパク質産生)後に、タンパク質の寿命を調節する仕組みまで用意されているとのことです。これらの仕組みもとても複雑、巧妙で、誰がこんなシステムを考え、構築したのかと、ついつい思い悩んでしまいます。

*** 第11章:真核生物のゲノムと遺伝子発現(続き)***

 今回は第11章の序文を紹介します。それは、絶滅を危惧される最速の動物チーターのゲノムの話です(一部省略しています)。

 「チーターは、流線型をしたたくましい体つきのネコ科の動物である。チーターは孤独なハンターであり、ガゼルや野ウサギなどの小動物を補食する。10mから30mほどまで獲物に忍び寄り、疾走する時間は通常1分かそこらで有るが、時速110km以上のスピードで獲物を追いかける。現在の総数は1万2000頭ほどで、そのほとんどがアフリカに生息している。チーターの個体数減少の一因は人間にあり、家畜の牛殺しを(間違って)疑い、数多くのチーターを殺した。しかし、個体数減少の原因は他にもある。数多くのチーターのDNA配列を比較したところ、非常に高い相同性が見られた。タンパク質をコードしている領域の配列は、同じ種ならほぼ同じであるが、それ以外の領域の配列は各個体で異なる。だからこそ遺伝子のDNA鑑定による個人識別が可能なのである。しかし、すべてのチーターが同じ親の兄弟姉妹であるかのように、遺伝子以外のDNA配列もほとんど同じであった。」

 「チーターやすでに絶滅したネコ科の動物の化石から、チーターの著しい遺伝的相同性を説明できる。現在のチーターの先祖は、約1500万年前にアフリカで現れ、アジアや北アメリカへと広がっていった。最後の氷河期が終わるまで(約1万年前)、チーターの分布は広がりつづけ、ある時、”何か”(その何かがわからないのだが)が起きた。多くのチーターに近い種(例えばサーベルタイガー)が絶滅したのだが、チーターは数少ないながらもなんとか生き残った。現在生きているチーターのゲノムは、その数少ない個体に由来すると推測されている。こうした出来事は、”ボトルネック”と呼ばれる。」

 「ゲノムが均一であるため、悪条件でも”どれかが”生き残れるような遺伝的多様性がチーターには欠けている。そのため、例えば、新規の病原体に抵抗できず、病気にかかりやすく全滅してしまう危険性がある。大多数はその病原体に著しく弱いかもしれないが、遺伝的多様性があれば、なかには”へそ曲がり”で生き残るやつがいるのだ。画一社会が崩壊するのと同じである。雑多な集団が強いのである。」

 「遺伝子が均一な種はチーターだけではない。フロリダパンサーのDNA配列も同じように相同性が高く、病気や遺伝的欠損によって、一族郎等党がすべてやられてしまう危険がある。しかし、フロリダパンサーの個体数減少は最近のことであり、その原因は完全に人間にある。フロリダパンサーは、19世紀に乱獲され、20世紀にはアメリカ合衆国東部の生息場所が人間によってどんどん狭められ、ほとんどない状態になってしまった。」

 「遺伝子に多様性があると、遺伝子産物であるタンパク質にも多様性が生まれる。遺伝子からタンパク質までの複雑な過程が、本章の主題である。」



   => Next Page
   => Prev.Page
   => 目次Topへ
   => 「生物界の深淵」 Top Pageへ戻る
   => わんだふる山中湖(Close)