「みんなで新聞」のアンケートに答えたメール全文

ヨーロッパの魅力とは

ローマのカラカラ浴場でオペラ「アイーダ」を観た帰りに、深夜バスを降り損ねて北西の郊外まで行ってしまった。もちろん市内中心部へ戻るバスはなく、流しのタクシーが来るはずもなく、公衆電話も見つからなくてひたすら歩いた。ようやくドアマンが常駐しているホテルを見つけてタクシーを呼んでもらった。

待っているあいだ、何となく見上げると、そこには、サン・ピエトロ聖堂の巨大なクーポラ(円蓋)がスポットライトに照らされてきれいなフォルムを見せていた。

サン・ピエトロのクーポラはミケランジェロによる秀作だが、聖堂の拡張のために正面の広場からはほとんど見えなくなっている。しかし、こうして裏側からその美しさを味わえるポイントがあったのだ。

嬉しくなって、「きれいですね」とドアマンに話しかけた。「そう、ローマは夜の方がきれいさ。汚いモノが見えないからね」彼のさりげない言葉はまるで啓示のように響いた。

パリの地下鉄には「スターリングラード」という駅がある。なぜ、スターリングラードなどという名前なのかは、公園にある1本の樹が語ってくれた。その樹の下には、「・・・・ヴェルダン1922/スターリングラード1943」と刻まれたプレートがあった。あの激戦のメモワールとして。

ベルリンのブランデンブルク門からライヒスタークへと向かう途中には、白い十字架がいくつも並んでいる。ひとつひとつに名前と、日付が書かれている。1949年から1989年までの、壁の犠牲者たちの墓標だ。

私の場合、旅行前にしつこく調べ、観るものも優先順位をつけて整理しているのではあるが、ここに挙げた出会いはすべて偶然に発見したものだ。そこにあると知っているものを訪ねていく場合と異なり、ふと見つけた風景は深く心に刻まれる。もはや情報が氾濫して、もう日本にいてさえ知らないことはないような気がしているヨーロッパの人気都市ではあっても、まだまだ隠された魅力が私たちを待っている。ほら、その角を曲がればすぐそこに。

初めてヨーロッパへ行く人にすすめる

道に迷うこと。

いつも計画通りに決めた道を歩くのではなく、わざと(あるいは自然に)なにがあるかわからないところへと歩き出すことで、感覚は研ぎ澄まされ(たらいいのだが)、なにげないものまで宝石のように輝き出す(こともある)。

たいていの場合、昼寝している猫や、いかがわしい店の客引きや、ボールを蹴っているワルガキや、戸口で悠々と煙草をくゆらせる老女や、塀の落書き、ゴミ集積所、さびれたカフェなどがあなたを待ち受けている。時にはオルガンが響いてあなたを小さな地元の教会へと誘ってくれるかもしれない。りんごの匂いが朝市の場所を教えてくれるかもしれない。

精神的な保険として詳細な市街地図(ガイドブックの付録ではなく、"London A to Z"や"PARIS par Arrondisement"などの地名検索が可能なもの)と方位磁石を携帯すれば安心してさまよえる。また、泥棒やぼったくりバーに出会う危険もなくはないので、貴重品は持たない。が、観光客の多い区画の方が誘惑も多く、気が緩むのでむしろ要注意。


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