ショパン:ワルツ

Frederic Chopin : Valse
ワルツは皆さんよく知っている三拍子の舞曲です。日本でワルツというと、ほとんどの人はウィンナワルツ(ウィーン風のワルツ)を想像すると思いますが、ショパンのワルツはウィンナワルツとは少し様相が違います。ショパンはピアニストを目指していた20歳前後にウィーンに滞在し、同地での音楽家活動を模索したことがありましたが、うまくいきませんでした。ありていに言ってしまえば、ウィーンはショパンを拒絶したのです。ショパンのピアノ奏法は繊細なニュアンスを重視していたため、当時ウィーンで流行していた華麗なヴィルトゥオーゾ(超絶技巧系の名人芸)からは程遠かったことと、オーストリアがポーランドに対して政治的に敵対関係を取ったことがその理由と言われています。音楽の都での成功を夢見たショパンはウィーンをあきらめ、フランスへと旅立つことになります。
<コラム:ウィンナワルツについて>
ウィンナワルツの巨匠といえばヨハン・シュトラウス2世(1825年生まれ)が有名ですが、ショパンが活躍した頃はちょうど父親のシュトラウス1世(1804年生まれ)の時代にあたります。現在では2世の方が有名ですが1世も大変な売れっ子作曲家で、シュトラウス父子のワルツやポルカは当時の最新ポップスだったことを意識しておく必要があります。
現代に生きる我々はワルツ→ウィンナワルツ→シュトラウスという連想が働き、ショパンのワルツを弾くときもシュトラウス風の大仰な表情付けをやってしまいがちです。この点は注意が必要です。ショパンのワルツを理解する手がかりは、たとえばウェーバーの「舞踏への勧誘」などになります。この曲は舞踏会へと向かう男女の気持ちを表現したものであり、舞踏用の音楽ではないのです。ウェーバーはこの曲を奥さんに献呈しており、舞踏会へ向かう男女とは実はウェーバー夫妻にほかならないという大ノロケなオチのついた曲だったりしますけどね(笑)。

ショパンはポロネーズ、マズルカ、ワルツと三拍子の舞曲を好んで書いています。ポロネーズでは民族意識を芸術作品として結晶化し、マズルカでは素朴な望郷の念を歌っています。そこに含まれるポーランド風の旋律やリズムは、フランス人には歴史深い異国を想像させ、ポーランド人には郷愁を思い起こしたことでしょう。しかし、ポーランド風の曲ばかり書いていては外国での受けが悪いという配慮も働いたに違いありません。サロンに集う人の気を引くには、気軽に聞いてもらえて、なおかつ少しだけ下世話な要素も必要なのです。ワルツは男女の出会いの場である舞踏会のための曲ですから、本来猥雑な要素が含まれます。ショパンは強い美意識を持っていたため音楽において猥雑な表現を避ける傾向が強く、ワルツなどは積極的には作りたくなかったと思うのですが、その反面、私生活においては派手好きで、おしゃれ好きで、しょっちゅう夜会に繰り出しては朝まで遊んでいたようです。残された手紙などから推測すると、結核が表面化する以前(ジョルジュ・サンドとマジョルカ島へ旅立つまで)は身体的にも絶好調だったようで、都会生活を謳歌していたことが伺えます。

派手好きなショパンは、ついにワルツの魅力に抗うことはできなくなります。夜会での華やかに着飾った女性、格好つける男たち、高揚する気持ち…そういう要素を抽出して、小粋なワルツを作り始めます。しかしショパンはすぐにそういった表面的な気分を表現したワルツでは満足できなくなってしまいます。三拍子のリズムをきっかけに次々といろいろな楽想が登場するワルツは、移り変わり行く心情の表現にも適しています。そのため、ショパンは次第に自分の心を反映したワルツを作るようになります。ショパンの心を反映した小品という点で、マズルカとワルツは似ています。実際、ショパンのワルツにはマズルカ風のリズムが混ざる作品もあります。そのためか、「私がワルツを作ると、どういうわけかマズルカになってしまう」という、自嘲気味な言葉も残っています。ショパンのワルツはその曲調から華やかなワルツ(Valses brillantes)と、叙情的なワルツ(Valses lyriques)に大別することができます。叙情的なワルツは演奏難易度が低いにもかかわらず深みのある作品が多いため、ピアノ初心者〜中級者のショパン入門曲としても適しています。

なお、通常出版されている楽譜には14曲あるいは17曲のワルツが収載されています。存命中に出版されたのはそのうち8曲で、没後フォンタナによって6曲が出版されました。その後、さらに3曲が発見されています。そのため、「ショパン・ワルツ全集」というタイトルが付いたCDも14曲だったり17曲だったりしますので注意が必要です。さらに、この17曲以外にも草稿が2曲存在しており、紛失した作品が3曲あります。

 

華麗なる大円舞曲 Grande Valse brillante Op.18(第1番)
次々と異なる楽想が登場しては移り変わっていく、いわゆるGrande Valse様式の曲です。フランスに移住してから出版されていますが、ウィーン滞在時に作曲しています。ショパンもウィーンで成功するためにはワルツが必要だと考えたようです。そのためシュトラウスの影響が濃厚で、ショパンのワルツの中で最もウィーンっぽさを感じさせる曲になっています。ただ実用的な舞曲ではなく純粋な器楽として書かれているところがポイントです。とても華やかな雰囲気でまとめられており、マズルカっぽさも皆無な、都会的な曲と言えるでしょう。ショパンでは珍しい同音連打が多用されており、コケティッシュな雰囲気を生み出す要因になっています。

華麗なる円舞曲 Valse brillante Op.34(第2番〜4番)
Op.34-1はOp.18と同じ要領で曲を始め、ABCBAコーダという循環形式で書かれるなどウィンナワルツ調というかGrande Valse様式を残していますが、すでにマズルカ調のリズムが出はじめます。Op.34-2は中低音でスラブ的な物悲しい旋律が歌われるValses lyriquesの名曲です。この曲は非常に有名ですが、ショパン自身も大変気に入っていたようです。コーダの展開(ホ長調で歌いまくり)が意表をついていて面白いと思います。Op.34-3はValse brillanteの小品で、後の小犬のワルツを先取りするような雰囲気があります。

大円舞曲 Grande Valse Op.42(第5番)
ショパンの天才性が発揮された曲で、演奏難度が高いです。主題がいきなりヘミオラ風はじまったかと思えばアルペジョが自在に駆け回り、そうかと思えば濃厚な歌があり…と、諧謔的というかカプリッチョ的な要素が全面に出ています。各ブロックの繋ぎが抜群に上手く、曲想が次々移り変わる気まぐれな雰囲気がうまく演出されています。コーダに入る前(250〜260小節)がびっくりするほどの転調の嵐になっているのもポイントですね。Valses brillantesとしては第1番よりずっと出来がよく、傑作だと思います。

ワルツ Valse Op.64(第6番〜8番)
Op.64-1は「小犬のワルツ」として知られ、Op.64-2も非常に有名な曲ですが、3曲を連続して演奏したときのまとまりのよさも特筆されるショパン円熟期の名作です。叙情的なOp.64-2は付点音符で跳ねるマズルカ的な旋律が印象に残ります。Op.64-3は高度な転調を多用した非常に完成度の高い曲ですが、やはりマズルカ調のリズムが鳴っています。この作品が書かれた時期、ショパンは体調が悪化していきジョルジュ・サンドとの仲も険悪だったようなのですが、曲を聴く限りそのような暗さはほとんど感じられません。

ワルツ Valse Op.69(第9番、10番)
これ以降はすべてショパンの没後に出版された曲となります(Op.69と70は幻想即興曲とともにフォンタナによって出版されました)。Op.69-1は「別れのワルツ」とも呼ばれます。静養に訪れたドレスデンを離れるとき、同地で恋に落ちて婚約者となったマリア・ヴォジンスカに捧げられたことから「別れ(告別)」というタイトルが付いています。その後ヴォジンスカとの婚約が破局したことで、いっそうのドラマを有することになりました。Op.69-2はワルシャワ時代に作られた物悲しい叙情的なワルツ。19歳の青年らしい感傷的な旋律が印象的ですが、掛留音が多く意表をつく転調なども含まれ、ドラマチックな構成になっています。

ワルツ Valse Op.70(第11番〜13番)
Op.70-1は3拍目がポンと上がる旋律です。3拍目にアクセントが付くことや跳ねるリズムから、Valse brillantesというよりマズルカ(オベレク)の雰囲気を感じさせます。Op.70-2はこれまた有名なValses lyriquesで、スラブ的なほの暗さをもった甘美な旋律が印象的です。この曲にはより平易なバージョンもありますので、初心者の方でも弾きやすいと思います。Op.70-3はOp.69-2と同時期に書かれています。要するに当時恋していたコンスタンチア・グラドコフスカを想って書いているわけです。全編がポリフォニーになっている珍しいワルツで、聴いた感じよりも演奏は難しいです。

ワルツ遺作 Valse Op.post.(第14番〜17番)
14番は非常に有名で、かなり切迫感を持った短調で始まるけれども曲調はValse brillantesという面白い発想です。これもOp.69-2と同時期での作曲ですが、ピアノの幅をいっぱいに使うアルペジョや外側から指を巻き込むようなフレーズの作りがピアノ協奏曲にも通じており、技巧的に難しく演奏効果の高い曲になっています。あと、ここまで見てきてわかるように、恋愛を作曲動機にしたワルツは大事に仕舞っておいて生前には出版していません。恋愛に対して積極的になれなかったショパンの性格を反映しています(笑)。15番はマズルカ風の中間部をもつ小品ですが、作風は平易です。16番は同じ音型が繰り返されるエチュード的なワルツで、演奏指示がほとんど書かれていないこともあり、習作あるいはスケッチと思われます。17番は右手が延々2声体で奏されるワルツで、やはりエチュード的な要素があります。 


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