ショパン:マズルカ

Frederic Chopin : Mazurkas
1.マズルカの概要
マズルカはポーランドに伝わる3拍子の舞曲です。「マズルカ」というのは総称で、テンポやリズム的な特徴によって、マズル、オベレク、クヤーヴィヤク、オブラツァニ、オクロングウィなどに分類されます。クヤーヴィヤク→マズル→オベレクの順にテンポが速くなるとされていて、ショパンはマズルカはこの3種類のリズムに様式化しているところが一つのポイントになります(厳密な線引きは難しい部分もありますが)。

2.ショパンのマズルカの特徴
ショパンのマズルカはネイティブな民謡に近いものから、非常に洗練された作品まで多岐にわたっています。マズルカと同じくポーランドの舞曲であるポロネーズは、ショパンにとっては民族意識と芸術的志向を統合した大作に結実してきました。それとは対照的に、マズルカの演奏時間は長くても5〜6分程度、楽譜にして数ページ以内の小品でありつづけました。ショパンは存命中にピアノ独奏用のポロネーズを8曲発表したのに対し、マズルカは40曲以上も発表しています。作曲ペースからすると、ポロネーズは2年に1曲程度ですが、マズルカは1年に3曲くらいは作っていることになります。ポロネーズは「よし、作るぞ」と気合いを入れて取り組んでいると思われますが、マズルカはもっと日常に近かったと推測できます。おそらくショパンの心の中には常にマズルカが鳴っていたのでしょう。そのためか、かなりストレートな心情表現がなされた曲もあります。したがって、ショパンという作曲家を理解する上でマズルカは避けることの出来ない作品となっています。
構成面を見ると、ショパンのマズルカはほとんど三部形式で作られています。ノクターンやスケルツォなど他のジャンルでは各部が拡大したり展開部がついたりと、同じ三部形式でも複雑な構成となっている曲も多いのですが、マズルカにおいては三部形式あるいは複合三部形式から逸脱することは少なく、形式的に凝ったことをしないのが基本方針だと思われます。一方で、単旋律の部分にリディア調やドリア調などの旋法(モード)を大胆に使っているのが他のジャンルとの大きな違いになります。調性面での冒険は他のジャンルでもいろいろ見られますが、旋法において実験的手法を取った作品はマズルカに集中しています(モードを使うことでエキゾチズムを演出しようとした試みと思われます)。このような作曲上の特徴は、曲数が多いため全て解説はできないのですが、特に重要と思われる作品については各曲解説でコメントします。
なお、通常は1曲の中で複数のリズムが用いられます。その中でも特に、クヤーヴィヤクのリズムを用いることが多いのが特徴です。その理由として、ショパンの母親がクヤーヴィ地方の出身であり、母親の歌うクヤーヴィヤクを聴いて育ったためではないかと言われています。また、ショパンは幼少時からピアノと作曲の天才少年として有名だったため、ちょっとした演奏旅行をすることもありました。そのような旅行先では精力的に音楽を聴いていたようで、各地に特有なマズルカに大きな感銘を受けたようです。以下の譜例はOp.24-4からの抜粋です。この曲の中でどのように3種類のリズムを使い分けているか、見てみましょう。

(1)主題
クヤーヴィヤクとマズルが組み合わされたリズムになっています(奇数小節=クヤーヴィヤク、偶数小節=マズル)。上段の旋律線を見ればわかるように、アクセントのある3拍目の前でいったんスラーが切れるのがポイントです。歌謡性の高い旋律を持ってくることで、2種類のリズムを違和感なく融合しています。
(2)中間部
マズルより快活なオベレクが長調で出現することで、メランコリックな主部との違いを際立たせることに成功しています。アクセントが2拍目に移動していることに注目しましょう。重心を移動させることで、同じリズムが延々と続く単調さを回避できます。
(3)コーダ
コーダに入るとマズルで哀愁ある旋律が奏でられます。旋律線の起伏の大きかった主題とは異なり、音階的な動きの中でマズルのリズムが続きます。「ああ、コーダに入ったんだな」ということを実感させる、いかにもショパンらしい演出です。

 

3.ショパンのマズルカの楽譜について
マズルカの楽譜は出版社によって収録曲数や順番が異なりますので、注意が必要です。
ショパンのマズルカは、存命中に41曲出版されています。それに加えて、諸作曲家の作品集にもう1曲収録されています(ノートル・タンNotre Tempsという楽譜集だったため、この曲もそう呼ばれる)。さらにもう1曲、エミール・ガイヤールEmil Gaillardに献呈された曲があります。エキエル編ナショナル・エディションにはこれら2曲を含めた43曲が収録されています。そのほか遺作が8曲(作品番号つきの曲)+数曲あり、パデレフスキ版などに収録されています。
ノートル・タンとガイヤールのマズルカを何番目に収録するかで通し番号(1番、2番…)と作品番号(Op.)の対応が変わります。また、パデレフスキ版ではOp.41の曲の並びが異なっています。そのため、使用する楽譜によって通し番号が違ってしまいます。「ショパンのノクターン何番」という通し番号は作品整理には便利なのですが、マズルカにおいては混乱を招くだけなので、今回の解説は作品番号だけを使用しました。
以上のような背景のために「マズルカ全曲録音」のCDは、曲数や収録順がまちまちなので注意が必要です。なおノートル・タンとガイヤールの2曲が収録されないCDもあります。 

4.各曲解説

Op.6
ショパンがポーランド以外の国で最初に出版した曲が、このOp.6の4曲です。フランスに出てきて最初に出版したのがマズルカというところがポイントだと思います。作曲はワルシャワ時代になされており、それをフランスで発表するという行為は「ポーランド出身の作曲家ショパンがフランスでデビューしました。よろしくお願いします。」という挨拶がわりだったのかもしれませんね。そのような想いを反映してか、第2曲と第3曲で民族的要素を前面に出しているのが特徴です。特に第2曲は序奏部でドミナントを空虚五度(Aes-Es)で連打させておいて、アラビア風の旋法によるフレーズを乗せてきます。これによってエキゾチックな異国情緒を濃厚に漂わせておいて、ショパンらしい嬰ハ短調の主部を誘導するのです。その後もリディア調の旋法が出てきたり再び空虚五度をブリッジに使ったりして、まるで現代のポップスのような作りになっています。
なお空虚五度は3度が入っていないため短調か長調が決まらず、調性感が曖昧になります。そこへ調性から遠いモード(旋法)を乗せることで、いっそう調性が希薄になり、独特の浮遊感が生じます。このような手法は、その後のドビュッシーなどに受け継がれます。

Op.7
第1曲が非常に有名です。演奏技巧的には容易ですが、華やかな情緒があって、いかにもポーランドのお祭りの踊りという雰囲気が受けたのでしょう。なおこの曲でも空虚五度が鳴り響くブリッジがあります。このように、ショパンはマズルカでは気に入ったパターンを複数の曲で使いまわしています。第3曲も名曲で、低音の「ファミドー、ファミドー…」という謎めいたフレーズから始まる序奏、ほの暗いスラブ的な情熱を秘めた旋律、そしてギターを思わせるアルペジョの伴奏とオベレクのリズムがポーランド風の情緒を見事に表現します。

Op.17
ここからフランス在住後の作品になります。Op.6や7では民俗音楽っぽさを全面に出すことで曲のカラーを決めていましたが、内容がぐっと洗練されたものになります。Op.17は4曲が含まれていますがどれも重要な作品で、ショパンの創作力が一段進歩したことをうかがわせます。第1曲はポロネーズに通ずる勇壮さを持った曲、第2曲は短調のクヤーヴィヤク、ここまでは素直なのですが、第3曲に掛留音と半音階的な経過音が多く転調だらけのつかみ所のない曲がきます。このカプリッチョ的な第3曲がポイントで、ショパンの実験的な側面が大々的に出ています。そして有名な第4曲。これは絶品の名曲で、憂いを含んだ開始部分から六の和音を含んだ一時終止、半音階の滑り、非和声音を経由する装飾音など、危うい展開が続き寒々とした雰囲気すらもたらします。

Op.24
第1曲は随所に増2度進行が出てきて民族的なエキゾチズムを感じさせます。これも強引に増2度にしているわけでなく、ト短調の和声的音階をそのまま上がる旋律を作っておいて、最後の部分Es-Fis-Gをマズルカのアクセントのある2拍、3拍目に持ってくるという単純なアイディアです。第2曲は主部で短調っぽさを演出しておいて、続く部分でリディア旋法を大々的に使っています。第4曲は非常に洗練されたマズルカで、旋律そのものは民族性は希薄です。しかし哀愁あふれるロマンティックな主旋律が素晴らしく、望郷の念を思わせる切なさが聴く人の心を捉えます。Op.24のみならずショパン全作品中でも最高傑作のひとつといっても過言ではない旋律です。またポリフォニックな書法が随所に出てきて、単にセンチメンタルなだけでない深みを演出しています。こういう曲になるとショパンの筆は勝手に走ってしまうようで、演奏技巧的にはかなり高度になっています。

Op.30
Op.17と24で「ショパン流のマズルカ」というものを確立したためか、非常に詩的な雰囲気を漂わせる4曲から成ります。第3曲は長調と短調が交互に入れ替わるポーランド的な旋律をうまくサロン風に仕立てています。第4曲はOp.7-3に通ずるスラブ的な暗さを持った曲ですが規模が一回り大きくなっており、充実した内容になっています。

Op.33
第2曲は民族的要素の強い曲。演奏効果の高い曲で、主部の旋律がとてもキャッチーで何度も繰り返されるのが印象的です。第4曲はソプラノの歌う哀愁ある旋律の合間にテノールがボソボソと何か文句を言ってるような(笑)、ちょっとおもしろい始まり方をします。

Op.41
これが問題の作品で、4曲含まれているのですが楽譜によって並びが違っています。
(1)パデレフスキ版など:嬰ハ短調−ホ短調−ロ長調−変イ長調
(2)ヘンレ版やエキエル編ナショナルエディション:ホ短調−ロ長調−変イ長調−嬰ハ短調
オリジナルは(2)の順番だったのですが(ワルシャワ国立図書館にあるフォンタナの写譜はこの順番)、出版時に編集者の意向で(1)の順番になったと思われます。
さて、Op.41はマジョルカ島に在住中あるいはその直後に時期に書かれていて、結核が表面化して肉体的・精神的に弱っていた時期にもかかわらず、作曲技法は向上した時期にあたります。そのため曲調も以前の作品とは大きく変わってきます。第1曲(ホ短調)はマジョルカで作ったとても憂鬱な曲ですが、中間部のDis音連打がなんとなく「雨だれの前奏曲」にも通ずるアイディアです。第2曲(ロ長調)は力強い和音パッセージが麗しいフレーズを何度も中断する面白い曲。第3曲(変イ長調)は「ワルツを書こうとしたらマズルカになってしまった」という感じの優美な曲。第4曲(嬰ハ短調)はいきなりフリギア旋法で始まるのでドキっとします。

Op.50
3曲から成りますが、ここにきて拡大した構成をもつ曲もあらわれ、成熟した作風を見せるようになります。
特に重要なのは第3曲です。まず、カノン風の導入などバッハの影響が色濃く反映されているのがわかります。それに加えて三部形式でないのが非常に重要です。マズルカでは非常に珍しい拡張された構成になっているのです。端的に言ってこの曲は民族的リズムを用いた幻想曲を作ろうとした試みと思われます。このアイディアは最終的に幻想ポロネーズとして結実するのですが、時期的にその前段階にあたります(Op.50は幻想曲Op.49と同時期の作曲)。したがって構成は幻想曲と類似しており、複数のパートを順次組み合わせて展開させています。幻想ポロネーズと同様にマズルカのリズムはしばしば中断し、導入部の旋律が何回も回想されるのが特徴です。曲としてのて起承転結をはっきりさせないことで幻想性が生まれている非常に独創的な作品と言えます。

Op.56
Op.56はOp.50でやろうとしたことをしっかり完成させ、さらに3曲セットで出版する意義まで考えている傑作です。
第1曲はマズルカのリズムを用いてバラードのように規模が大きく詩的な曲想をもった作品になっています(調性不明な導入からロ長調を確立するところなどはバラード1番や4番の発想をそのまま使っています)。全体的に民族的要素は限りなく希薄です。Op.41までに見られたストレートな感情表現もないため、聞く人にとってはわかりにくい曲かもしれません。第2曲では第1曲とは対照的に民族性を押し出していて、例の空虚五度も出てくるストレートなマズルです。第3曲は明らかにOp.50-3の再挑戦で、幻想曲風の構成になっています。また対位法的書法も大々的に用いられており、これらの要素とマズルカの民族的なフレーズが渾然一体となった完成度の高い曲です。でも、幻想曲Op.49と比較してもわかりにくいですよね。転調が多いため主調がはっきりしませんし、不規則なフレーズを多く用いるなどしています。つまり、意識的にわかりにくく作っていると思われます。幻想曲は曲名のわりに構成的にはっきりした曲だったので、もっと曖昧でつかみどころのない作品を作ろうとしたのかもしれません。

Op.59
このあたりになると本当に名作の目白押しとなります。時期的には幻想ポロネーズを完成させた後になるため、もはや曲の規模を拡大することは求めず、逆に構成的には単純になります。しかし細部の密度は高くなり、まさに円熟期の様相を示しています。
第1曲は非常に有名で、ほの暗い旋律の表情がショパンらしいです。各部に手の込んだ転調が含まれており、小品にもかかわらず内容が濃い曲といえます。対位法的書法も存分に用いられ、民族性と幻想性が高度に融合した素晴らしい傑作です。第3曲は、「第1曲もいいけど、やっぱりこっちがマズルカの最高傑作」という人も多い強烈な民族性とサロン的高貴さが同居する曲です。

Op.63
ショパン存命中最後の出版作です。Op.59路線をいっそう洗練したものとなっていて、短い曲想の中で多彩な感情表現がなされる作品群になっています。
第1曲はマズルカらしいアクセントを利用しつつ、民族性をほとんど感じさせない洒脱な小品。第2曲は増8度を強調するように開始する旋律が印象的です。伴奏の内声を積極的に動かしていて、微妙な和声感を作り上げています。第3曲はワルツOp.64-2を彷彿させる哀愁ある旋律です。簡潔な書法の中でも複雑な表情の移り変わりを見せるフレーズの音列が素晴らしいですね。コーダはカノン風になっていて、独特な切迫感を盛り上げます。

Op.67、68遺作
ショパンの死後に出版された作品で、各4曲ずつ含まれます。作曲年代はまちまちで、ショパンが発表しなかったのも無理ないと思われる習作的な曲も含まれます。
Op.67-4は単純に伴奏に甘美な旋律が乗ったシンプルな作品ですが、あまりにも旋律の出来がよいので有名になりました。なぜ未発表だったのかわからない作品といわれています。Op.68-2はショパン17歳の作品ですが非常に有名です。憂いを含んだ主旋律と、多少勢いのあるトリオの対比が見事で、天才少年らしい才能が発揮されています。Op.68-4はショパンの絶筆で、スケッチとして残されたものをオーギュスト・フランショーム(チェロソナタを一緒に作ったショパンの友人)が清書したのですが、このとき16小節ほど抜けてしまったようです。20世紀になってから、ヤン・エキエル氏がこの欠落した部分を復元した楽譜が発表されています。

エミール・ガイヤールへ献呈されたマズルカ
旋律が左手と右手を行ったり来たりする主部が面白い曲です。また、左手が伴奏にまわるときに10度和音が次々と出てくるのが特徴的です。通常の伴奏部で10度和音が用いられる曲はショパンでは非常に珍しく、ガイヤールが大きい手をしていたことが想像できます。このあたりはスケルツォ3番と同じで、献呈者が実際に弾くことを想定して作曲していると思われます。なお、ガイヤールはショパンの友人であり、弟子だった銀行家です。

「ノートル・タン」に収録されたマズルカ
主部がポリフォニックな書法で書かれ、短い中間部をサンドイッチする小品です。あまり重視されない曲のようですが、この中間部が非常に重要です。半音がぶつかりあう独特なフレーズが出てきて緊張感を高めるのですが、「どうして半音でぶつかってしまうのか」の議論が見られません。実はこの理由は明快で、和声音と旋法音を近接して弾かせた結果として、半音がぶつかったのです。つまりこの曲は、コードとモードの融合という20世紀に入ってから注目される手法を先取りしたものということができます。

※作品番号のついていない遺作の解説は省略します。 


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