ショパン マズルカ CD聴きくらべ 

ジャン=マルク・ルイサダ(DG/1990, 1991) <決定盤>
ノートル・タンとガイヤールのマズルカを除く、作品番号の付いた全49曲を収録した2枚組CDです。ワルツと同様にアゴーギク(テンポ変化)が非常に大胆なことが特徴です。マズル、オベレク、クヤービヤクの3種類のリズムをはっきりと意識して、それぞれの特徴を明快に弾き分けています。その結果として、音符が伸びたり縮んだりするイメージでテンポが変化していると思われます。また、アクセントの置かれた3拍目などでしばしばフェルマータが付いたかのように拍が停滞することがあります。非常に大胆なルバートですが、違和感なく自然に音楽が止まり、再び流れ出す雰囲気がとても粋に表現されています。さらに、ルイサダはショパン作品に対する感情移入が普通ではないという点も、良い方向に働いています。ロマンティックなところはとことん甘く、感傷的な旋律はどこまでも切なく、民族性を表現している部分ではがらりと雰囲気を変えてエキゾチズムを全面に出すという感じです。左手の低音をオクターブ下げて重みを増すなどの改変もありますが、メリハリが良くなるプラスの働きをしています。このような演奏解釈のために、ショパンの音楽もつ多面性をうまく表現していると思います。49曲もあるとなかなか一気に聞こうという気にはなれないのですが、この録音はくるくる変わる万華鏡のような魅力があります。時間が経つのを忘れて聞き入ってしまうピアニズムを堪能してください。
エヴァ・ポブウォツカ(BeArTon/1999) <おすすめ>
エキエル編ナショナル・エディションに基づく録音で、全43曲が収録されています。低音を抑え気味にした軽めのリズムと徹底したレガート奏法の歌の美しさが際立つ演奏です。民族的なエキゾチズムをことさら強調することはありません。サロン的な高貴さを感じさせる中にさりげなくポーランドの匂いがしてくるという雰囲気の、ソフィストケイトされた演奏解釈になっています。ルービンシュタインほど淡白ではないけれども、ルイサダよりよっぽどフランス的かもしれません。全体としてすっきりしたサウンドにまとめたかったようで、低域が薄めなだけでなくポリフォニックな場面における重層性の表現はあまり徹底していせん。また、旋律はよく歌いますが、過度に感情移入していないので、ルイサダでは濃すぎるという人にはおすすめです。
フレデリック・チュウ(Harmonia Mundi/1999)
パデレフスキ版で弾いており、同版に含まれる58曲をすべて録音しています。全体的にリズム表現が甘く、民族性や生き生きとした弾力性に乏しく感じられます。特に左手の三拍子の刻みは意識的に甘くしているようで、よく歌う旋律と相まって独特のノーブルな雰囲気を生んでいます。何気なく進行する三拍子の上で旋律が揺らめくようにルバートする瞬間はとても魅力的です。左手の一拍目が重いことが多く、ワルツのようにきこえることがあったり、オベレク、マズル、クヤーヴィヤクの区別が曖昧なところが惜しいです。そのため、民族性が前面に出る快活な曲はいま一歩で、感傷的な曲の方がうまくシンクロしているようです。この人は初期のストレートなマズルカよりも、中期以降の複雑な音楽の方が合っているようで、Op.50以降の曲はどれも非常に素晴らしい演奏だと思いました。
ロナルド・スミス(EMI Classics/1973-1975)
パデレフスキ版の全58曲を収録しています。録音時期が分かれていて、Op.6〜30はほとんど残響のないパサパサの音になってしまっているのが惜しまれます。全体的に速めのテンポで弾いているのがポイントです。ほぼメトロノームとおりなのですが、普通のピアニストよりはだいぶ速く聞こえる曲もあります。そのテンポ設定でマズルカらしいアクセントが付いているので、明るめの曲は非常に元気良く表現されます。ただ前打音を拍の前に出したり、アラベスク的なパッセージをインテンポで処理するなど、装飾音の弾き方がまるでだめな部分が多いです。しかし付点音符のニュアンス(ため具合)は抜群です。リズミカルに弾んでみせたり、憂鬱に溜めてみたりといろいろな表情を生んでいます。左手のリズム表現はうまいので、ルバート表現がちぐはぐなことが非常に惜しい録音だと思います。
アルトゥール・ルービンシュタイン(RCA/1965-1966)
作品番号の付いた49曲+ノートル・タン&ガイヤールの全51曲を収録しています。全体として過剰な装飾やルバートを排したストイックな演奏です。マズルカらしいリズムの溜めの表現も控えめで、全体にスタイリッシュな雰囲気があります。ただメロディはしっかり歌っていて、抑制された中から想いがにじみ出てくるような味わい深さを感じさせます。特に重音の歌い方は絶品で、こういうところがルービンシュタインの魅力になります。なお弱音系に相当な注意を払って弾いているようです。ショパン全集の一環ということもあり、ドラマティックなバラードなどの大作群との対比も考慮されているように思いますが、もう少し振幅が大きくても良いと思いますし、遊びの要素が欲しいところです。先に述べたように、リズム表現がかなり淡白なので、それをシンプルでよいと取るか、中途半端と取るかで評価は分かれると思います。以前はマズルカの決定盤と言われた時期もあったようですが、現在の判断基準からは疑問が残ります。(ルービンシュタイン以外のピアニストは全員、何かしらのマズルカらしいリズム表現を模索したあとが見られます。)
ユージン・インジック(Calliope/?)
パデレフスキ版の全58曲を収録しています。リズムの特徴づけはあまり前面に出さずに、他の面において曲ごとのキャラクターをはっきりと描き分けている演奏です。明るく活発なオベレクやマズルはヴィルトゥオーゾ風というか、かなり豪快に弾いているので、本来のショパン的な感性とは少しズレを覚えることもありますが、これはこれで魅力的だと思いました。一方で暗めの曲は陰鬱すぎないようにあえて軽めに弾いているものが多いのですが、深い感情移入をみせる曲もあってバラエティに富んでいます。キャラクターをはっきり描き分けるために、曲調によって音色を極端に使い分けるところがあり、場面転換の表現などが唐突に感じられるのが惜しいです。もう少し曲全体を見渡した流れが表現されると聞きやすいと思います。
ウラディーミル・アシュケナージ(DECCA/1976-1985)
作品番号付き全曲に加え、ノートル・タン、ガイヤール、Op.68-4の別バージョン、作品番号の付いていない遺作など全59曲を収録しており、網羅性の点で抜きん出た録音です。民族性や旋法によるエキゾチズムの表現は抑制ぎみになっていて、全体としては都会的な洗練された解釈で演奏されています。右手の歌いまわしはとても雄弁な反面、左手のバスの歌い方が素っ気無い(非常に軽い)ことが多く、ややバランスを崩しているのではないかと思いました。ただ、これがリズム的にサラりとした軽さを生む要因にもなっていて、とっつきやすさを覚える人もいるでしょう。特に、長調の快活な曲はあっさりと弾いていることが多いです。一方、短調でノスタルジーを思わせるような曲では深い感情移入を見せることが多く、曲によって表現方法がいろいろ変化するバラエティを楽しめます。10年かけて録音していますので、その間に解釈なども変化したのかなと推察しました。
サンソン・フランソワ(EMI Classics/1956) <超おすすめ>
作品番号付き全曲に加え、ノートル・タン、ガイヤールの51曲を収録。古い録音ですが音質は悪くなく、十分に鑑賞に耐えます。内容はさすが。やはり3拍子の扱いが段違いに優雅なのです。左手の低音の処理、旋律のアーティキュレーションや歌いまわしが相まって、絶妙なニュアンスを生んでいます。全体としては高度に洗練されており、民族的雰囲気は希薄になっています。コルトー直伝のフランス流エスプリとはこういうものか、とショックを受けてしまいました。デュナーミクは弱音重視で、フォルテでも絶対に叩かず安心して聴けます。また音色はとても豊富で、使い分けもうまいためポリフォニーの各声部を異なる音色で歌ってきます。なので、表面的には端正だったり、お洒落に聞こえたりしても、とても深い感情移入があったり、陰影を思わせたり、フランソワ自身の心情を反映するように聞こえる部分があちこちにあってとても魅力的です。演奏テクニック的には、付点音符の跳ねるタイミングが最高に上手いことが特筆されます。テンポや曲調によって微妙にタイミングを変化させて、洗練されているけれど少しエキゾチックな雰囲気を生んでいます。ポーランドっぽさは希薄ですが、フランソワ流のマズルカとして完璧に磨き上げられた文句のつけようがない演奏といえます。ルイサダと並んでマズルカのベストCDだと思います。
アンドリュー・ランゲル(Dorian Recordings/2000-2002)
作品番号付き全曲に加え、ノートル・タン、ガイヤール、作品番号のない遺作の全58曲(Op.68-4は改訂版のみ)を収録しています。リズム的な特徴を出そうとしていろいろやっているのですが、1拍目にドスンとアクセントを付けて溜めながら弾いてしまう癖があるため、ワルツだかマズルカだかよくわからない変なノリをもった曲の多いCDになっています。感傷的な曲はそれほどリズムを強調しないのでまだいいのですが、元気な曲になると妙なリズムが炸裂するので強い違和感を覚えることになります。装飾音なども華麗に聞かせようといろいろ工夫しており、それなりの効果を上げている曲もありますが、土台となるリズムがおかしいので旋律に対してきれいな装飾にならないところも多いです。ショパンのマズルカはリズムの把握を間違えると全く形を成さなくなってしまうことがわかる残念な演奏といえるでしょう。
アレキサンドル・ウニンスキー(Philips/1959, 1961, 1971)
作品番号付きの49曲、ノートル・タン、ガイヤール、作品番号のない遺作2曲の全53曲を収録しています。知的かつ都会的なマズルカで、あまり民族性は強調されません。リズムを刻む左手の動きをややルーズにして、微妙に指を残しつつ弾くようなところがあり、このため活発さが抑えられて少しまったりとしたムードがかもし出されています。これが感傷的な曲において良い効果を上げていて、しっとしとした情感を漂わせる演奏が多いです。録音時期がばらばらで、特に1959年に収録されたものは音質が少し落ちますが、全体としては違和感なく聴けるようにマスタリングで調整されています。ピアノの響きなども極端な違いが出ないようにしています。これはマスタリング・エンジニアの腕を誉めるべきでしょう。
ハリーナ・チェルニー=ステファンスカ(CANYON/1989-1990)
全58曲を収録しています。リズム的な強調は控えめで、旋律をよく歌わせることを優先した演奏です。なので、テンポは少し遅めで、しっかりしたタッチで弾かれています。デュナーミクの振幅も大きく、十分なフォルテで弾かれるところも多いのが特徴です。もう、「私が正統なマズルカを聞かせましょう」とでもう言っているような、確固とした自信と解釈があってできる演奏です。当然ながら曲による個性の違いもはっきりと表現されており、非常にわかりやすくなっています。快活な曲から陰鬱な曲までの表現の幅も広く、曲想の読みが的確なため58曲がだらだら続くようなことがありません。なお、デュナーミクと音色の使い分けはルイサダに似ているところが多いです。おそらくルイサダがステファンスカから影響を受けたと思われます。アゴーギクはルイサダほど激しく動かないので、聴きやすいと思います。
ヤコフ・フレイレ(Merodiya/1960s?)
作品番号付きの49曲、ノートル・タン、ガイヤールの全51曲を収録しています。全体として抑制された演奏で、大袈裟な表現は少なく、微妙なニュアンス変化を主体にしています。リズムの扱いも軽く、平坦というわけではないのですが過度にエキゾチックにならないように意識しているようです。スラブ風の旋律に対してあまり感情移入しませんし、歌い方も品がよく、フランスの人が弾いているようなエスプリを感じさせます。以上のような結果として、サロン的な高貴さや優雅さを感じさせる雰囲気をかもしだす曲が多くなっています。ただ、曲ごとのキャラクターが明確に出ておらず、同じような音色で、同じような歌い方がつづくので全曲を通して聴くとちょっと飽きます。プレトニョフやダヴィドヴィッチの先生だったようです。プレトニョフの唯我独尊的ピアニズムはこの人から受け継いだのではないかと勝手に推測します。
アダム・ハラシェビッチ(DECCA/1960-1972)
ショパン全集として収録されたもので、全19曲の抜粋版。リズム表現に特徴がある演奏です。アクセントのある拍子の前で大胆に溜めるのですが、アクセントを弾くときにテンポを上げません。溜めたあとに走ることによる力感や弾力性が出ないかわりに、気だるく物憂げな雰囲気が感じられることが多いです。そのため、長調のマズルカでもどこか陰のある表現になっていますし、もともと陰影の濃い曲ではそれが強調され、センチメンタルな雰囲気が演出されます。ハラシェビッチの狙いはこういった陰影の表現だったようで、微妙なアゴーギクを駆使して旋律に繊細な表情を与えているのがよくわかります。楽譜を見ただけではなかなか読み取れないショパンの心情まで入り込んで表現しようとする姿勢はもっと評価されて良いと思います。ハラシェビッチのショパン全集ではポロネーズも名演奏でしたので、やはりお国ものになると取り組み方が変わってくるんだなと実感しました。古い録音のため音質が良くないことと、全曲収録でないのが惜しまれます。
ヤノシュ・オレイニチャク(OPUS111/1990)
全23曲の選集。アゴーギク、フレージングが自由自在で、かつ、曲想にぴったり合致しています。マズルカのリズムの作り方そのものがとても自然で流麗なので、都会的で洗練された民族性が表現されていると思います。フランソワよりは民族性を感じさせますが、ルイサダほどエキゾチックではない、というバランスにまとめています。この微妙な洗練度はショパンが意図したものと非常に近いように思います。特に、アクセントの置かれた拍子の前でちょっと溜めるタイミングが絶妙にうまいです。また、アクセントの付け方そのものもバリエーションに富んでいて、単に強く弾くだけではなく、打鍵の長さや深さ、鋭さにいろいろ変化を付けているので常に意外性があり、全く飽きません。ルイサダでは演奏表現が濃すぎるという人に特におすすめしたいCDです。ルイサダは曲に没入して主観的な思い入れで表情をつけることが少なくありませんが、オレイニチャクは一歩引いて絶対音楽としてのマズルカの表現を意識していると思われます。民族性と都会的洗練、リズミックさと旋律の歌謡性、などさまざまに相反する要素のバランスのとり方が申し分ない演奏だと思います。
チャールズ・ローゼン(GLOBE/1989)
全24曲の選集。たいへん高度に洗練された演奏です。マズルカのアクセントの置き方や付点音符の跳ねるタイミング、跳ねた後の音の切り方など、とても細かいところまで十分に吟味されていることがよくわかります。マズル、オベレク、クヤーヴィヤクなどの違いをしっかり把握して、自然なニュアンスで反映させています。全体しては洗練された都会的な音楽を意識しているようで、センチメンタルな曲でもさほどドラマチックな没入をしませんし、民族性の強い曲も過度な強調はせず、常に節度を保っています。一方で、複声部の聞かせ方はさまざまなバリエーションがあって面白いです。特に、同音が打ち鳴らされるフレーズを工夫していて、嫌味にならない程度に同じ音が続くことを強調して聞かせてくれます。この強調のバランスが秀逸です。強調しすぎるとわざとらしいですし、かといってわずかの違いしか出さないのでは聴いている人に伝わりません。このあたりのバランスも十分に検討されている、神経の行き届いた演奏といえると思います。
アブデル・ラーマン・エル=バシャ(Forlane/1996-2000
全59曲、ショパンのピアノソロ曲全集として録音されていますので、網羅性が高いです。Op.7-2の初期稿など、めずらしいエディションが収録されています。エル=バシャらしく、知的で洗練されたニュアンスを重視した演奏解釈で、都会的な雰囲気のマズルカという感じでなかなか良いです。当然、リズミックな面においての民族性表現は希薄なのですが、それでも長調の曲では独特な高貴さを感じさせてくれます。しかし全体としては感情移入は少なく(この人はそういうタイプなので当然ですが)、特にセンチメンタルな曲や、憂鬱なニュアンスを秘めた曲において、必要以上に感情過多になるのを避けていると思います。このため、女々しさを感じさせることなく、気高いプライドが表現されているように思いました。旋律の歌い回しにも節度があり、抑えた演奏表現の中にしっかりと主調を込めており、単なるサロン用小品としてのマズルカにとどまらない深みを感じさせてくれます。
フー・ツォン(The Frederic Chopin Institute/2005
1849年製エラールによる録音。この人はCollinsレーベルでマズルカを全曲録音しているのですが、そのときは現代ピアノでした(Collinsの録音は2枚組みなのですが、1枚しか入手できていないので未掲載)。以前の録音と比較すると、リズム面における民族性の強調は影をひそめ、よりショパンのパーソナルに迫るような深さを聞かせてくれていると思います。繊細なニュアンスを重視し、旋律をじっくりと歌っています。ただ、全体を通してアゴーギクを自由に動かしすぎる傾向にあり、基調となる三拍子が怪しくなってしまう場面が多いのはまずいと思いました。思い入れを込めるのは結構ですが、節度は保って欲しいです。
  

<改訂履歴>
2006/02/05 初稿掲載。
2006/10/08 アシュケナージ、フランソワ追加
2007/02/03 ランゲル追加
2007/04/06 ウニンスキー、チェルニー=ステファンスカ追加
2007/07/21 ヤコフ・フレイレ追加
2007/12/23 ハラシェビッチ、オレイニチャク追加
2008/03/16 ローゼンを追加
2008/05/01 エル=バシャを追加
2008/11/23 フー・ツォン追加

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