ショパン 即興曲 CD聴きくらべ

ターマシュ・ヴァーシャーリ(DG/1965) <決定盤>
旋律の歌い回しが非常に上手いです。声楽的にアーティキュレーションをつけており、控えめなテンポ変化と相まって甘く切ない、絶妙なロマンティシズムを感じさせてくれます。即興曲集は器楽的にとらえたり、純音楽的に解釈するピアニストが非常に多いのですが、この人は曲の中のファンタジーをとらえて、それを表現するところが卓越しています。その結果として曲想の移り変わりにともなう対比の付け方がかなり大げさなところもあるのですが、構成が崩れないようにギリギリのところで踏みとどまるバランス感覚も良いと思います。旋律線の絡み合う3番はポリフォニックなフレーズの開始点を明瞭に聞かせてくれるので、見通しのよい演奏になっています。また幻想即興曲は中間部の装飾音(tr.指示のもの)をバッハ風に補助音から弾いています。その後に主題が再現するとき、ソラソファソドミレドレドシドミソと呼応させていて、面白い効果を上げています。
クジストフ・ヤブウォンスキ(BeArTon/1999) <おすすめ>
エキエル編ナショナル・エディションに基づく録音です。幻想即興曲が入っておらず1〜3番しか収録されていないのが非常に惜しいです。演奏内容はナショナル・エディションシリーズとしてのオーセンティックさと、演奏家自身の思い入れがうまく融合したとても素晴らしいものになっています。3曲ともそれほど長い曲ではないため、どうしても小ぢんまりとまとまってしまいがちですが、デュナーミクを大きくとることで大作とひけをとらない聴き応えのある演奏になっています。また第1番のみずみずしさ、第2番のドラマ、第3番の深みのある表現など、3曲の個性をうまく弾きわけていると思います。
マレイ・ペライア(CBS/1984)
ペライアらしい透き通った美しい音色が生かされた演奏です。全体としてとても流麗で、横方向への流れのよさが際立ちます。しかし決して弾き流しているわけではありません。常に大仰にならない自然な息遣いで旋律が歌われています。どんな場面でも流麗さを失わないのは、たとえば第2番の行進曲調の中間部ではっきりとわかります。ここをドカドカと軍隊の行進のように演奏する人もいますが、ペライアは十分なフォルテを出しつつも大きな流れを見失うことがありません。ただ第3番などは手堅くまとめてしまった感もあります。あと、テンポ設定が独特です。1番が速く(3分30秒)、3番は遅めです(6分25秒)。
アルトゥール・ルービンシュタイン(RCA/1964)
ショパン全集の一環として録音されたもので、この時代にしては悪い音質ではありませんが、とてもオンマイクな録音で残響がほとんど入っていないので聴きにくいところもある音です。演奏内容は見事なまでにルービンシュタイン流で、旋律の歌い方がとても上手いです。単旋律はもちろん、複数の旋律を別々の音色で弾き分ける表現は抜群だと思います。しかしこの録音の最大の特徴は、幻想即興曲でルービンシュタイン版を弾いているところにあります。近年ではこの版で録音するピアニストも徐々に増えてきましたが、おそらくこれが世界初録音だと思います。
リ・ユンディ(DG/2004)
1〜3番と4番は別のCDに収録されています。輝きのある明るい音色がユンディの魅力で、それをよく味わえる録音です。特に1番はユンディに合っているようで、名演です。華やかさ、洒脱さ、サロン的な高貴さなどが絶妙のバランスで表現されていると思います。2番以降はポリフォニックな場面での音色の使い分けが今ひとつ不明瞭なところもあり、惜しいと思いました。3番の開始部分を1番と同じようにさらさら弾いてしまうので、どうしても音楽的には軽くなります。その軽さが魅力と思えるかどうかが評価が分かれるポイントになると思います。重すぎず、シリアスすぎず、適度にロマンティックで華のあるショパンで、そういった方向性が好きな人には特におすすめしたいです。
スタニスラフ・ブーニン(DG/1987)
21歳のブーニンによる録音です。磨き上げられた、という表現がふさわしいとても美しい音色が特徴です。難しい3番などもよく手の内に入った演奏解釈でじっくり聞かせてくれます。ただ部分的に極端なアゴーギクやデュナーミク(唐突で暴力的なフォルテシモ、急ブレーキがかかるような歌いまわし)などの癖も見られ、自然な曲の流れを阻害していると思いました。これだけの演奏ができるのですから、恣意的な解釈を挿入しなくても十分に説得力のある内容になると思います。
アグスティン・アニエヴァス(EMI Classics/1975)
1番は艶かしいニュアンスの主部と、一転してストイックにまとめたトリオの対比が鮮やかな演奏解釈です。2番は各パートのつなぎがうまく、無理なく進行していきます。この人はアゴーギクの自由度が低いのですが、それを逆手にとって曲全体に一貫したテンポを適用し、まとまりのよさと流れのよさを作り上げています。しかし3番になると少し流れが良すぎるというか、もう少し呼吸を深く取ってポリフォニーを立体的に表現して欲しかったりもします。4番は主題の弾き始めを溜める理由が良くわからないのですが、それ以外はほぼ全編インテンポを保った流れの良い演奏です(幻想即興曲のトリオを延々と歌われるのは気持ち悪いですよね)。全体としては、流れのよさと旋律の歌のバランスが良く取れた演奏だと思います。もう一歩突っ込んだ深さが欲しいときもありますが、ピアニストの資質を考えるとこの解釈が最良なのだろうと思いました。
ギャーリック・オールソン(Arabesuque Recondings/1993)
1番はトリオをネチネチと歌いすぎで、清冽な主部のよさをスポイルしてしまっていると思いました。2番もかなり粘着質系というか、曲想が変化するたびに「ここが変化しましたよ」と念押しする演奏を表現しているように思いました。曲から得られたファンタジーを拡大解釈していると思うのですが、思わず引き込まれるような面白さがあります。3番は詩的なイメージを持って演奏に取り組んだようですが、ブツブツと独り言を繰り広げているだけのようにも思え、もう少し外部へアピールする演奏にして欲しかったと思います(オールソンはもともとアピールするような演奏をしない人ですが)。なお、幻想即興曲はルービンシュタイン版ですが、演奏表現にはフォンタナ版のものを流用している模様です。
エフゲニー・キーシン(RCA/2004)
すぐにわかる変化として弱音方向へのデュナーミクが拡大していることが上げられます。キーシンのピアニズムは2003年頃から変わり始めていたのですが、音符の少ないショパンの即興曲ではそれがよくわかります。第1番ではそのデュナーミクの幅の大きさを生かして盛り上げるところは非常に華やかな音楽になっていて、単なるサロン風の小曲を脱しています。2番は幻想的な曲想を良く捉えています。行進曲調のところは予想通りの盛大なフォルテですが、その前後の微妙なニュアンス表現に彼の成長が見えるように思います。3番はポリフォニーを強調せずに、重要な旋律だけを際立たせてすっきりとまとめました。4番はとても流麗でお手本のような演奏です。おそらくアンコールなどで子供の頃から弾いていると思われ、とてもストレートな解釈になっています。併せて収録されたポロネーズは肩に力が入ったかんじでイマイチでしたが、即興曲集は名演だと思います。
アレキサンドル・ウニンスキー(Philips/1959)
古い録音ですがそれほど音質は悪くありません。取り立ててすごい個性があるわけではないのですが、タッチや音色表現が丁寧で大人のピアニズムという感じです。解釈も中庸で聞きやすいです。全体に少し醒めた雰囲気があり、もっと深い感情表現があってもよいと思うのですが、おそらく主観的な演奏をするのは好きでないのだと思います。1番は快活な主部と、思い切り感傷的に歌うトリオのメリハリをつけた演奏。主部がかなり速くて軽いニュアンスなので、トリオの濃厚さが引き立ちます。2番はしっとりと落ち着いた雰囲気にまとめています。行進曲調のパートもバタバタせず上品でよいと思いました。3番は微妙な色合いの変化がとても上手いです。ポリフォニックなフレーズを別々の音色で表現するため立体的な音楽になっています。4番は主部はとても流麗ですが、ペダルを少なめにしてさっぱりと仕上げています。
クラウディオ・アラウ(Philips/1980)
アラウらしい抑制された佇まいの演奏になるかと思いきや、意外にアグレッシブなことをしている録音です。1番はかなり濃厚な歌いまわしでトリオもデュナーミク、アゴーギクを大胆に動かしてスケールの大きな表現をしています。2番は転調や内声の経過音の聞かせ方が印象的です。行進曲調のパートはドカ弾きせず。曲を一貫するテンポ感、拍子感があるのはよいと思います。3番も幻想的な表現を重視し、デュナーミク表現は控えて音色変化で勝負しています。4番は、この時期ほとんど知られていなかったルービンシュタイン版による演奏です。しかも装飾音の扱いなどは独自の解釈で弾いていて面白いです。ただ弾きなれていないのか、微妙なぎこちなさを覚える演奏になっているのがほほえましいです。80歳近くなって新しい楽譜に取り組もうとする精神は賞賛に値すると思います。
園田高弘(Evica/1990)
とても即物的というか、器楽的な演奏。アインザッツはしっかりしているのに、フレーズの終わりの処理には注力しないので、歌い回しが雑に聞こえます。1番は主部の弾きかたがとても機械的で何事かと思っていると、中間部ではけっこう朗々と歌ったりする謎の解釈。2番も主題が回帰したときの三連符が非常に機械的で、園田先生はこういうフレーズを有機的に処理することができない欠点があるのではないか?ということをうかがわせます。しかし3番のようなポリフォニックな曲になると、機械的な処理はそのままなのですが、別人のような艶かしいフレージングを聞かせたりします。どうやらこの人はソナタ3番やバラード4番など、対位法的な曲において魅力が出るピアニズムのようです。幻想即興曲はびっくりするほどペダル過多で始まります。中間部の装飾音でトリルの回数を増やして風変わりな効果を出していますが、残念ながらこれは誤りだと思います(ショパンはそういった装飾音を書いたことがない)。
アンドレアス・ルケシーニ(EMI Classics/1987)<おすすめ>
1番は落ち着いたテンポで最初からしっかり歌うユニークな始まり方です。トリオはいっそう濃厚な表現になり、全体として非常にしっかり弾かれています。音色が甘く美しいので、こういう濃厚な解釈とよく合っています。2番はかなりテンポが遅くて幻想的。そのままのテンポで行進曲調のパートに入るのですが、重くなりすぎないようにタッチやフレージングに注意を払っています。フレーズをかみ締めながら弾く独特の解釈で、これも味わい深いです。3番もフレーズの掘り下げが深く、ためらうような旋律、短いパッセージを含めなお、1つ1つ意味を見出してしっかり弾いており、すばらしいです。なお、幻想即興曲は収録されていません。
エウゲニー・ムルスキー(Profil/2004)
1番は弱音を中心にして軽めにまとめていますが、中間部の旋律はかなりセンチメンタルな表現になっています。2番は幻想的な雰囲気にまとめていて美しいです。行進曲調のパートでも流麗さを失わず、曲を一貫する流れを感じさせてくれます。3番も弱音中心で、曲想をしっかり把握して弾いています。ポリフォニックなフレーズをデュナーミクや音色を使い分けることで立体的に表現しています。4番はアインザッツのはっきりした引き方をしていて、フレージングなど普通の人とは違っています。幻想即興曲は慣習的に弾かれることが多いのですが、楽譜を読み直して自分なりの演奏解釈を見いだしているのは偉いと思いました。全曲を通してが、ペダルの使い方のうまさが特筆されます。音を消すタイミングが絶妙なので、すっきりした響きを作り出すことに成功しています。
ダン・タイ・ソン(Victor/1994)
1番の主部、アーティキュレーションがはっきりしないままだらだらとレガートでフレーズを続けてしまっており、締りのない演奏になってしまっています。音色やペダリングなどで作りあげた雰囲気がとてもよいだけに惜しいです。どうやらアーティキュレーション不明瞭はこの時期のダン・タイ・ソンの欠点のようです。2番は夢想的に始まります。行進曲調のパートをドカ弾きせず(この人の美意識がそれを許すわけない)、むしろその後の展開部に盛り上げの頂点を持ってくる構成は見事です。3番もフワフワ夢見心地な演奏で、どうなるかと思って聴いていると、主題がくりかえされるときに表現を微妙に変えて徐々に現実感を持たせてきます。これも上手い。幻想即興曲は主部と中間部の音色や音響(特にペダルの使い方)が大きく異なっているのが特徴です。主部→中間部→主部の再現、という移行が劇的に演出されています。
横山幸雄(SONY/1996)
バラード集と同様に、拍子やフレーズの表現がとても稚拙で音楽的な面白みや深みといったものがほとんど伝わってきません。25歳の録音ということもあり仕方ない面もありますが、あまりにも未熟です。第1番、麗しい第一主題はまずまず弾けていますが、アゴーギクが致命的に下手。第2番、最初からアゴーギクが硬直しまくっていて、とても機械的に進行します。行進曲調のパートもサクサク進みこれは清々しい雰囲気ですが、再現部以降は楽譜をなぞっているだけではないかと思うほど機械的にザザザーッと弾いてしまうフレーズが続きます。おそらく本人もどう弾いたらいいのか理解できていなかったのではないでしょうか。第3番、これもサクサク進みます。ポリフォニックなフレーズ構成は頭では理解できているようですが、演奏表現としての音色の使い分けやフレージングの特徴づけが甘く、注意して聞かないと気づかない程度の差になってしまっています。微妙なニュアンスを表現しているのではなく、単に小ぢんまりとまとまってしまったようなイメージ。横山さんの演奏は近年でもそういうことを感じることが多く、大げさな表現が好きでないのか、もしくは意外にシャイな人ではないかと思います(おそらくは後者かと。感情をあらわにする自分を見せたくない感じ)。第4番、ルービンシュタイン版を元に、フォンタナ版のフレーズを混ぜて自分なりのハイブリッドにして弾いているのはとてもよいと思ったのですが、中間部が半分くらい悲しいほど機械的な弾き方をしていて残念。意識的に機械的にして、徐々に表情を付けたかったのはわかりますが、やはり不自然です。
アンジェラ・ヒューイット(hyperion/2003) 
小品のまとめ方のうまい人で、どの曲もディテールと構成感の表現のバランスが良いです。第1番、三部構成の切り替えが鮮やか。主部はとても流麗でサラサラ流れていく。中間部は一転してテンポを落としてかなり感傷的に弾いている。が、再現部では何事も無かったかのように明るく戻る。表情の切り替わりが鮮やかです。第2番、落ち着いて始まりますが行進曲調のパートは徐々に盛り上がって最終的にはものすごい大音響に。そんなに激しくしなくてもいいのに(笑)。再現部以降も大きな単位での演奏表現が考慮されていてなかなか説得力がありました。第3番、音量差や音色差を駆使してポリフォニーを弾きわけている演奏ですが、その中で一つ一つのフレーズがしっかり歌われます。速めのテンポでフレーズに入っておいて終わりの方でリタルダンド、というパターンが繰り返されるのですが、毎回同じアゴーギクになるように制御しているので、テンポ面からも構成感が作り上げられている様子がわかります。第4番、主部はとても速く、あっという間に流れて行ってしまうスピード感のある演奏です。旋律、バスとそれ以外の音を弾き分けていて、立体的な演奏になっています。中間部はタッチ、ペダリングともに主部とは異なっていて、音色の雰囲気がガラリと変わります。おもしろい。
アダム・ハラシェビッチ(DECCA/1959, 1962)
全集の中に入っていますが、録音が古く音質が悪いです。第1番、主題のすこし気取った雰囲気の表現がうまい。こういうのはハラシェビッチの得意な表現なのですが、中間部では珍しくたっぷりとしたルバートや溜めのあるフレージングを使って甘いセンチメンタリズムを表現しています。この曲は中間部ではっきりとした差をつけないと印象が弱くなりがちなので、適切な解釈だと思います。第2番、主部は端正なのだけれども印象的な内声や転調を嫌味にならない程度に強調していて、単に静謐な雰囲気に終止することを防いでいます。行進曲調のパートは最初から元気よく飛ばしてしまうので違和感が。再現部は良いですがやはりコーダとの連携が良くなく、ガラっと雰囲気が変わるというより別の曲を強引につないだのはないかと思うような違和感があります。第3番はかなり速めのテンポで進んでいきます(5分間を切る)。機械的な演奏というわけではないのですが、リスナーが歌を味わう時間が欲しいと思います。中間部はわりとしっかり聞かせてくれるのですが、再現部はまたもとのテンポに戻るのでした。第4番、主部の入り方が思い切りそっけない弾き方です。そのまま主部を弾ききってしまい、トリオも弱音主体でさらっと歌う感じ。再現部は主部とほとんど変わらず。1〜3番にはさまざまな工夫があるのですが、これに関しては全体としてやっつけ仕事っぽい演奏のように思いました。
アブデル・ラーマン・エル=バシャ(Forlane/1998-2000)
サロン小品的に軽くまとめる人が少なくない即興曲集ですが、エル=バシャは小品が苦手なことを逆手に取るかのようにシリアスかつ深い演奏解釈で演奏しており、それが成功しています。第1番は速めのテンポで(3分50秒を切る)、流れのよい演奏です。特に主部は流麗ですが、かなりしっかりしたレガート奏法になっているのでサラサラ流れるだけの軽い歌い方にはなっていません。トリオはエル=バシャにしてはセンチメンタルな盛り上がりを作っています。第2番は遅めのテンポで(6分強)す。静謐な雰囲気をじっくり伝えていこうとする演奏解釈になっています。行進曲調のパートも、その後の展開部もテンポは変わらず、全体として足取りが落ち着いています。展開部以降を速いテンポで流れるように弾く人が多い中では異色ですが、説得力ある重みの表現になっていて良いと思いました。第3番は主部の半音階的なフレーズ進行をよく読んで、十分なレガートで対旋律表現をしています。静謐さと憂いと、ロマンティシズムと…複雑な感情が込められた旋律の表現は絶品のものがあります。また、この曲のトリオは3声体が入り乱れる複雑な書法になっていますが、そういうパートほど魅力的に弾いていくという、エル=バシャの本領が発揮されています。幻想即興曲はルービンシュタイン版で弾いています。主題が繰り返されるときに最初の音に付いているタイを取って弾いているほか、トリオの装飾音は必ず補助音から弾くなど、「この曲を作曲した頃のショパンらしさ」を意識した弾き方になっています。
ユージン・インディック(CALIOPE/2006) <おすすめ>
1番は、主部を麗しくまとめ、トリオは控えめに入って少しずつセンチメンタルに盛り上げていき、それが頂点に達したところで再現部に復帰するという、うまい構成表現になっています。2番は深みのある静謐な歌いまわしではじめ、これから続くドラマを予感させます。更新曲調のパートはかなり速く流麗な点で異色、そして再現後の速いパッセージ群で逆にテンポを落として、細かな音符の織り成す綾をしっかり聞かせます。おもしろい演奏解釈だと思いました。3番はポリフォニーをしっかり表現しています。なにげないバスの動きや内声の半音階などが、とても艶かしい表情で歌われています。この曲をロマンティックに、しかも官能的に聴かせてくれる人はいないと思いました。4番は全体にやや遅めのテンポで引かれ、やはり旋律・中声部・バスといった構成がきっちり意識されていて、演奏に深みがあります。最低音以外の左手のアルペジョの弾き方が薄く軽いので、うるさくありません。さすがです。
仲道郁代(RCA/1989)
第1番はあちへん速いテンポで明るく、元気よく始まるのでちょっと驚きます。徐々に落ち着いて、中間部では一気にテンポを落としてたっぷりと歌う、という演奏設計です。再現部は提示部よりもいくぶん落ち着いたニュアンスになっており、うまい構成だと感心しました。第2番は導入がとても丁寧で、曲想の移り変わりをバラードのように劇的なものとして捉え、スケール大きく表現していきます。行進曲調のパートもドカドカ弾かないものの重厚な音響になっています。第3番は柔らかい音色を主体に、対位法を過度に強調しない引き方になっています。優しく、幻想的なニュアンスを重視した演奏といえます。幻想即興曲はフォンタナ版とルービンシュタイン版をそれぞれ収録しています。この2つを同時に収録した唯一のCDだと思われ、仲道さんの見識の高さ・鋭さを印象付けています。
フランソワ=ルネ・デュシャーブル(Warner/1988)
第1番は主部はやや速いテンポでさらりと流し、トリオは一転してぶつ切りアーティキュレーションの左手伴奏の上で旋律が歌う独特の表現になります。そこから徐々にペダルを使ってロマンティックな表情に変化するのが面白い趣向です。第2番は全体のテンポを変化させないことで曲を一貫する骨格を提示していて、速めの導入部〜そのままのテンポで行進曲(非常に速く感じる)〜さらにそのまま展開部(もっと速く感じる)、という形になります。曲調が変化しても基本のビートが変わらないので不思議な安定感があります。第3番は、ポリフォニーの表現がとても上手いです。対位法のフレーズをうまく聞かせながら、しっかりと感情的な盛り上がりを作っています。表現の難しいトリオの奥深い表現は群を抜いていると思います。幻想即興曲はオーソドックスな演奏です。
笠原みどり(Live Notes/1999)
第1番はレガートのタッチを生かした麗しく、さわやかな主部の表現が印象的。トリオは左手の休符でしっかりペダルを上げて余韻を消しており、センチメンタルなだけでない情感を演出しています。第2番は第一主題の和声の聞かせ方がうまいです。落ち着いた足取りの中に入る転調を効果的に鳴らしています。行進曲パートは控えめに入って徐々に盛り上げ。後半の速いパッセージがやや機械的になってしまうのが惜しいですが、繊細に聞かせようとする意識は十分に伝わってきます。第3番は主部でフレージングがとぎれとぎれになるのが気になりました。やはり、声部が絡み合いつつ、とぎれずに流れて欲しいと思います。意識的に短いアーティキュレーションを使うことで緊張感を演出しようとしたのだとは思いますが。再現部〜コーダはちょっとてきぱき弾きすぎで、もう少しもったいぶって欲しいです。幻想即興曲は、手が小さいためか決めの9度和音が甘いのが惜しいです。再現部は提示部と弾き方を変えており、冗長にならないよう工夫をこらしています。コーダも普通の人とは違う独自の解釈が見えるので面白いです。

<改訂履歴>
2006/04/16 初稿掲載。
2006/10/08 アニエヴァスを追加。
2007/01/20 オールソンを追加。
2007/04/07 キーシン、ウニンスキー、アラウを追加。
2007/05/05 園田高弘を追加。
2007/07/21 ルケシーニ、ムルスキー、ダン・タイ・ソンを追加。
2007/12/23 横山幸雄、ヒューイット、ハラシェビッチを追加
2008/03/16 エル=バシャを追加
2008/05/01 インディックを追加。
2008/11/23 仲道郁代を追加
2009/02/01 デュシャーブル、笠原みどりを追加

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