ショパン チェロソナタ CD聴きくらべ

ムスティスラフ・ロストロボーヴィチ(チェロ)、マルタ・アルゲリッチ(ピアノ)(Deutsche Gramophon/1980)<決定盤>
二 人とも脂ののりきった時期の録音。悪いはずがありません。ロストロが「アルゲリッチさん、君の好きなようにやりなさい」という余裕&大人の態度を取るのを いいことに、アルゲリッチが自由奔放にピアノを操った・・・という雰囲気。しかし実はスラヴァもかなりノリノリで、アルゲリッチとの絡みを楽しみつつ、と きおり火花を散らすようなアグレッシヴな演奏をしてます。ロストロのチェロはあの強烈な音色だけでアンサンブルを支配してしまうので、それなりに強力な相 手でないと共演が務まらないわけです。もちろんこのCDはピアノとチェロが対等の立場にあり、健康的で明るい推進力の感じられる魅力的な演奏になっていま す。全体にテンポ設定が速くタイトな雰囲気で、チェロ特有のまったりとした感情表現は抑えられ気味なのでそこが物足りないという人もいるかもしれません。 しかし、速い展開の中でも歌うところはしっかり歌い切るスラヴァはさすがです。またこのテンポでないとアルゲリッチのピアノは生きないでしょう。特にスケ ルツォのスピード感は特筆されます。終楽章は手に汗握る展開で、最後は爆発的な燃焼を見せてくれます。アルゲリッチにはマイスキーとの共演盤もあるのです が、こちらの方がずっと良い演奏です。(マイスキーは録音では魅力が伝わりにくいチェリストなので)
ペーター・ウィスペルウェイ(チェロ)、パオロ・ジャコメッティ(ピアノ)(CHANNEL CLASSICS/1997)<決定盤2>
オ ランダのレーベルから出ている全然知らない人たちの演奏ですが、これは名盤。表現の幅が非常に広いにもかかわらず、チェロとピアノの息はぴったり。細かな ニュアンスやアーティキュレーションまでしっかりシンクロしています。丁寧に楽譜を読み、十分な打ち合わせと練習を行って録音に臨んだことが伺えます。当 然ながら構成もしっかり把握されており、曲想の転換に合わせてアンサンブルの色合いが移りゆく様子が非常にロマン的で美しいです。濃厚な第一楽章が終わ り、絶妙な軽さを出すスケルツォが始まったときには思わず唸りました。ショパンのスケルツォはどこか深刻な雰囲気があり、リズムの軽さを演出するのは非常 に難しいのです。チェロも上手いですがピアニストの上手さは特筆もの。チェロとピアノが完全に協奏関係になっていて、アンサンブルとして理想的な2人だと 思います。表現の幅広さ、奥深さではロストロ&アルゲリッチ盤以上のものがあり、説得力をもった演奏です。
ジャクリーヌ・デュ・プレ(チェロ)、ダニエル・バレンボイム(ピアノ)(EMI/1971)
20 世紀の伝説的チェロ奏者、デュ・プレ最後のスタジオ録音となったアルバムにはこのソナタが収められています。デュ・プレらしい、ロマンティックな情熱を全 面に感じさせてくれる演奏です。このころすでに多発性硬化症の症状が出始めていたようですが、そのようなハンデは全く感じられません。バレンボイムのピア ノは音色・フレージングともに起伏が少なく、単なる伴奏になってしまっている点が惜しまれます。
ピエール・フルニエ(チェロ)、ジェーン・フォンダ(ピアノ)(Deutsche Gramophon/1971)
ス ラヴァ&アルゲリッチとは対照的に、フレーズを落ち着いて歌い込んでいくのがこちらのフルニエ盤。フルニエ=端正なチェロという先入観があったのですが、 第一楽章での情熱の迸りようはすさまじいものがあり、また、終楽章のコーダですらもたっぷりと歌ってしまいます。ひとつひとつのフレーズが強い説得力を もって聴き手に訴えてくる素晴らしい演奏です。音量バランス上、チェロの比重が大きく、ピアノが控えめになっています。この点、フォンダの演奏がとても上 手いだけに惜しいと思います。レコードでしか聴けない録音だったのですが、グラモフォンの100周年記念企画でようやくCD化されました。輸入盤しか出て いないこともあり、Webを検索してもレコード時代に聴いた人の感想しか見つかりません。もっと有名になって欲しいCDです。
アリソン・オルドリッジ(チェロ)、ワディム・サハロフ(ピアノ)(DENON/2000)
ビ ジュアル系美人チェリスト(実は母親が日本人)、オルドリッジもこの曲を弾いています。一部でデュ・プレの再来とか騒がれまくったようですが、実際デュ・ プレ本人が使用していたチェロを貸与されてるそうです。演奏はかなりあっさりしていて、軽く弓を当てて弾いている箇所が多いように思います(アメリカ流の 弾き方?)。したがって第二楽章・第四楽章などは軽快なスピード感が表現されていてなかなか良いのですが、朗々とした太い音色が欲しいところも頭の上の方 からふわりと響いてしまうのです。天上的な美しさを追求するのも結構ですが、もう一歩奥へ突っ込んだ深さが欲しいと思います。たまにフォルテで太い音を出 そうとするとかなり音色が荒れますので、奏法自体に問題があるような気もします。ピアノも彼女に合わせて軽い奏法が主体なので、全体として物足りないアン サンブルです。同時収録されているフォーレの作品の方が彼女には合っているように思いました。
ヨーヨー・マ(チェロ)、エマニュエル・アックス(ピアノ)(SONY/1992)
自 分はヨーヨー・マがあまり好きでないのでどうしてもネガティブになってしまうのですが、とにかくフレージングに不自然な箇所が多いのです。アックスもご丁 寧に合わせていますので、思わず失笑が漏れる場面も。しかし技巧的には絶好調だったようで、ビシッと決まった音程や、速いフレーズの安定性(どんなに速く ても1つ1つの音符がきちんと弾かれる)などは抜きん出ています。しかしこのCDの存在価値はチェロソナタではなく、ショパンのピアノ三重奏曲Op.8が収録されているという点に尽きます。初期作品ということであまり重視されていませんが、ショパンの数少ない多楽章曲の1つでもあり、なかなか完成度が高い名曲なのです。
ヤノーシュ・シュタルケル(チェロ)、練木繁夫(ピアノ)(DENON/1978)
さ らりと弾かれるチェロが優美な演奏です。過剰に濃厚な表現は抑え、均整の取れた解釈を重視するスタイルが素敵です。シュタルケルもチェロの音色自体が魅力 の人なので、それを生かすような箇所が多いです。しかし練木さんは単なる伴奏役になってしまっており、表現の掘り下げも浅く感心できません。正直言ってし まうと、練木さんは安定感はあるけれども表現力に乏しいという、古いタイプの典型的な日本人ピアニストだと思います。しかもこのころの練木さんは学校を出 たばかりの若造でシュタルケルに遠慮しまくりだったことでしょう(笑)。演奏もそんな感じです。
ロッコ・フィリッピーニ(チェロ)、ミッシェル・カンパネッラ(ピアノ)(FONE/1998)
1710 年製アントニオ・ストラディヴァリのチェロと、1892年製スタインウエイによる演奏です。ピアノが抑え気味になっているのが惜しい感じがしますが、フィ リッピーニのチェロがとにかくよく歌っている演奏です。スケルツォを含めて、どこでも朗々と歌ってしまっているのでメリハリに乏しいのは事実なのですが、 そこがいかにもイタリア人らしいというか(笑)、憎めないですね。なお、「マイアベールの主題によるグラン・デュオ・コンチェルタント」が同時収録されて います。これもピアノはイマイチで、初期のショパンらしい華麗さがなくて地味。チェロはさすがです。
ポール・ジュリアン(チェロ)、ルドミラ・ヤンコフスカ(ピアノ)(AUDIVIS/1992)
若 いとしか言いようのない演奏です。二人とも20代なので無理もないのですが、とにかく掘り下げの浅い内容で困ってしまいます。ピアノもチェロも一本調子で 弾いてしまう場面が続き、平面的な演奏に聞こえます。シューマンの「民謡風の5つの小品」も収録されているのですが、これがショパン以上にひどくて、うー んうーん・・・(うなされてます)。楽譜に書いてある音符を鳴らすだけでは音楽にはなりません。恐ろしいです。
バーナード・グレコール=スミス(チェロ)、ヨランド・リグレイ(ピアノ)(ASV/1989)
チェ ロがものすごい大熱演なのに、ピアノが抑え気味で振幅がチェロと合ってません。おそらく演奏スタイルの違いと録音条件のためだと思うのですが、これでは互 いの良さを相殺してしまうように思います。非常に惜しい録音です。ピアノの振幅が10〜100とするとチェロは1〜1000くらいあります(笑)。
ポール・トルトゥリエ(チェロ)、アルド・チッコリーニ(ピアノ)(EMI/1967)<おすすめ>
骨 太で鮮やかな演奏です。音楽的な深みも段違い。さすがトルトゥリエ。格が違います。チッコリーニは弱音が大変美しくフレージングも絶妙なのですが、フォル テになるとガチャガチャと弾いてしまう箇所が見られて惜しいです。あと楽章ごとの性格を非常にはっきり提示しているのがこのCDで、構成がわかりやすいで す。ラフマニノフのチェロソナタも併録されているのですが、実はこちらの方が名演だったりします。二人とも歌いっぷりがショパンとは全然違っていて実にの びのびで(苦笑)、やりやすそうというか自然に音楽を奏でている感じです。ラフマニノフのチェロソナタは良い録音が少なくCD選びには苦労させられるので すが、この録音は終楽章でしっかり爆発してくれるのでカタルシスが得られます。EMIからフォーレやメンデルスゾーンのチェロソナタも併録されて2枚組 CDで出ていてお得です。トルトゥリエのおいしいところが満喫できますので、チェロ好きの人は必携盤と思われます。しかしチッコリーニさんは、まだまだ現 役ピアニストで2003年には来日リサイタルしてますよ(笑)。
モーリス・ジャンドロン(チェロ)、遠山慶子(ピアノ)(カメラータ・トウキョウ/1981)
チェ ロの音色の非常に良い録音です。全体的な方向性は悪くないのですが、ジャンドロンが楽譜を改変して弾いている部分が多いのが気がかりです。あちこちでオク ターブ上げたり、フレーズを追加しているのです。繰り返しパターンの時も同じように弾いているので、決して即興的なものではなく、きちんと計画的に改変し たものと思われます。しかし、ショパンの曲を弾くにあたっての姿勢としてはいかがなものかと思います。遠山さんはジャンドロンによく合わせていて、音楽的 な盛り上がりを上手に作っていると思います。ただ肝心なところで基礎テクニックが弱いところが露呈してしまい、燃焼しきれない部分が残っているのが惜しい と思いました。第4楽章コーダなどで左手がすごく弾きにくそうなのです。おそらく手が小さいため連続オクターブを弾くのが困難なのだと思います。こういう 場合は正攻法で行くよりも、目立たない範囲で音符を省いたり、ペダルにまかせるなどして切り抜けた方が良いと思うのですが。
林俊昭(チェロ)、林由香子(ピアノ)(LIVE NOTES/1997)
林 さんは晩年のフルニエの弟子。フレージング(とくにフレーズを開始するとき)のセンスがフルニエそっくりです。チェロの音色も良いし、ピアノも丁寧に合わ せているのですが、全体的にのんびりとした雰囲気が漂います。stretto(急迫)やagitato(せき込んで)といった場面でも何事もないように流 れているのが原因ですね。あと感情表現を追い込む方向性が希薄で、音楽が冷めている印象が残ります。せっかく上手なのに、表現力に乏しい演奏では聴く人の 心に訴えるものも減ってしまいます。音楽の持つ訴求力よりも、上品でスタイリッシュな表現を重視しているので、そういうのが好きな人には波長が合うと思い ます。
アレキサンドル・ドミトリエフ(チェロ)、アレキサンダー・パレイ(ピアノ)(ACCORD/1997) <超おすすめ>
た いへん丁寧で情熱的な演奏です。ピアノもチェロも深みのある音色でよく歌っています。歌うときの呼吸が深く、十分にためてからフレーズが始まるので、説得 力が増しています。ピアノがソロになる場面で対旋律をうまく弾いており、表現が立体的です。そこへチェロが加わることでいっそう協奏的なアンサンブルにな るという具合です。重厚な第一楽章、少し軽さを感じさせるスケルツォなど、楽章ごとの特徴づけと全曲通してのバランスもよいです。全体としてはロシア人特 有の濃厚系の表現で、どっぷりチェロの響きに浸りたい人には超お勧めです。併せて収録されているラフマニノフのチェロソナタもスケールが大きく、やはり濃 厚系の表現でまとめあげられている大変な名演です。とても素晴らしい名盤ですので、ぜひ買いましょう。
フランツ・バルトロメイ(チェロ)、乾まどか(ピアノ)(NAXOS/2004)
ウィー ンフィルの主席チェロ奏者、バルトロメイの弾くショパンのチェロソナタということで期待していたのですが、やはり素晴らしかったのです。チェロの音色その ものが非常によい上に、演奏表現が熱い。また、アーティキュレーション取り方が他の演奏家と異なっている部分が多いです。フレーズの終わりの音価を短めに 切る箇所が多いため間延びしませんし、1つのフレーズの起承転結がはっきりしていて見通しがよいです。ショパンの持つ古典的センスを重視しているのか、楽 章ごとの性格付けをはっきりと打ち出しており、内面的苦悩を表現する第一楽章、諧謔的にまとめる第二楽章、夢想的な第三楽章、曲想転換を明確に打ち出す第 四楽章という感じにまとめています。全体としてシリアスに弾き込まれており、質実剛健なドイツ〜ゲルマン的解釈だと思います。乾さんのピアノも表現の幅が 広く良いアンサンブルになっています。なお、フンメルのチェロソナタも収録されています。NAXOSなので安価ですし(800円くらい)、特にウィーン フィルのお好きな方は必携だと思います。
オーフラ・ハーノイ(チェロ)、シプリアン・カツァリス(ピアノ)(BMG/1992) <超おすすめ>
お すすめCDが並びますが、これも見事な演奏でした。ハーノイはロストロポーヴィチとデュ・プレのいいとこ取りをしたようなチェリストです。カツァリスはソ ロのときとはアプローチが全然違っていて、自己主張は控えめでハーノイとの協奏関係を重視しています。このCDはフランクのチェロソナタ(バイオリンソナ タのチェロ版)と一緒に収録されているのがポイントで、対位法を駆使したフランスロマン派を代表する2曲のチェロソナタをうまく対比させています。いずれ も文句の付けようのない演奏です。ショパンはロストロポーヴィチ&アルゲリッチ盤と似たアプローチですが、フレーズの性格描写などはこちらの方が丁寧では ないかと思われます。フランクはバイオリンソナタを2オクターブ下げるのが一般的なようですが、この盤は肝心な箇所は1オクターブしか下げていません。 チェロは音域が高くなると非常に演奏が難しくなるはずですが、そんなことはお構いなしという感じで弾いています。終楽章のテーマなどを思い切り高音で歌い きっていきますので、テノール歌手のハイCが延々続くような、ものすごいカタルシスを味わうことができます(笑)。ハーノイもカツァリスもこの2曲に深い 共感を抱いていることがひしひしと伝わってくる感動的なCDです。
カーター・ビリー(チェロ)、ギャーリック・オールソン(ピアノ)(Arabesque Recordes/2000)
ショ パン作品全集の一環としての録音です。チェロソナタのほかにチェロとピアノのための華麗なるポロネーズOp.3、マイアベーアの「悪魔ロベール」の主題に よるグラン・デュオ・コンチェルタント、それとピアノ三重奏曲Op.8も収録されており、ショパンの室内楽作品がすべてそろいます。演奏内容は、ビリーの チェロが重いので、暑苦しく感じる場面が多いのが惜しいと思いました。音色の種類が少ないようで、デュナーミクやフレージングの変化でカバーしようという 意図だと思いますが、ちょっとガッツリ弾きすぎと感じることもあります。ただ、まったり感の強い音色は緩徐なパートにはよく合います。オールソンは伴奏に 徹することが多い控えめな演奏ですが、よくフレーズを歌っています。軽めの音色や甘い歌い回しなどが素晴らしいのですが、チェロの重厚さを必要以上に強調 してしまっているようにも思いました。チェロが濃く弾くのであれば、ピアノも濃く弾かないとこの曲は成立しないと思います。
藤原真理(チェロ)、清水和音(ピアノ)(DENON/1991) <おすすめ>
情 念渦巻く、という感じの藤原さんのチェロが素晴らしい演奏です。第一楽章は非常に情熱的で濃厚な表現です。こんなに熱いショパンは聞いたことがないという くらい濃いと思います。第二楽章はアーティキュレーションや音色を替えてスケルツォらしい表情を作っているのですが、ピアノがガチャガチャ弾いてしまうこ とが多く、惜しいと思いました。第三楽章はポルタメントを多用して、静謐なだけでなくどこか甘くロマンティックなニュアンスを感じさせています。フィナー レは流れの良いロンド風主題と、次々と登場する経過フレーズの弾き分けがおもしろいです。めまぐるしく変化する曲想を完璧にとらえた表現にはスピード感が あり、スリリングで素晴らしい盛り上がりを見せます。全体として、藤原さんの魅力がとことん味わえる名盤といえるでしょう。こういうロマン的な曲は彼女に ぴったりです。曲想転換に合わせた音色の使い分けや、楽器の響きの制御も秀逸です。なにより情熱的な表現が素晴らしいと思いました。伴奏のニュアンスに乏 しいのが惜しいので、できれば伴奏者を替えて再録音してほしいところです。
トルルス・マルク(チェロ)、レイフ・オヴェ・アンスネス(ピアノ)(SIMAX/1990)
オー ストリアのレーベルから出ているのですが、原盤はもちろんノルウェー(ProMusica)なのでちょっと入手困難と思われます。アンスネスが20歳頃の 録音ですが、ピアノは例によって非常に完成度が高く文句のつけようがありません。20歳そこそこの青年が、この曲をここまで踏み込んで弾いているのは ちょっと驚きます。チェロはロシア流というか、厚い音色でどんどん前へ前へと出る奏法です。アンスネスのピアノがとても繊細で柔軟なニュアンスを持ってい るため、チェロはやや一本調子に聞こえてしまうところがあります。ただ歌い回しが伸びやかなので音楽の流れは良いと思いました。シューマンの小品集(民謡 による5曲のやつ)が併せて収録されていて、そっちの方がよりいっそうアンスネスの変幻自在振りがわかります。
趙静(チェロ)、松本和将(ピアノ)(Victor/2003)
ふ くよかで張りのある音色が特徴の趙静のチェロが堪能できる録音ですが、実際問題として松本さんがあまりにうまくて、ピアノの方が勝ってる感じです。松本さ んは以前は歌い回しなどに難があったのですが、そのような欠点はすっかり払拭されており、このCDでは呼吸の深さや曲想に合わせた多彩な音色の使い分けな ども自在で、いまや立派なピアニストに変貌しています。趙のチェロは音色の種類が乏しいもののアーティキュレーションに変化を付けることで単調になるのを 防いでいます。松本さんが全体を見通しているのにたいして、趙は1つ1つのフレーズに注力しすぎという感じで、ちょっとバランスが悪いように思いました。 趙はフレーズを開始するときの決然とした表情などにロストロポーヴィチの影響を強く感じます。ですので、ロマンティックな情熱が前面に出てくる雰囲気で統 一されていて、熱い演奏に仕上がっていると思います。
マリア・クリーゲル(チェロ)、ベルンド・グレムザー(ピアノ)(Naxos/1994)
な んでこんなに熱いの?というほど熱気の込められた演奏です。ここまで情熱的な演奏はあまりなく、チェロもピアノも盛大に歌いまくってくれるので非常に充実 感があります。対旋律にまわる場面でもしっかりと歌っているので、アンサンブルに深みと厚みが出ています。楽章ごとの特徴を上手く捉えているのがポイント で、特に濃厚で力強い第一楽章のあとの第二楽章スケルツォがとても滑らかな演奏なのが効果的です。このスケルツォは演奏表現が難しく、どうかするとゴツゴ ツしたニュアンスが強まります。スケルツォらしい流れの良さは失わず、せき立たせられるような焦燥感まで表現されていると思いました。第三楽章は一転して 静謐な雰囲気を基調にして、その中ですこしロマンティックに旋律を歌わせています。終楽章はあまりゴツゴツ弾かず、流麗なニュアンスを持っています。しか しチェロがうまい。重音などもばっちりピッチが合っています。併録された「チェロとピアノのための華麗なるポロネーズ」は超絶技巧的なカデンツァが入る フォイヤーマン版です。
ゲイリー・ホフマン(チェロ)、ジャン=ピエール・コラール(ピアノ)(EMI Classics/1999)
フ ランス流の弾き方をするチェリストで、フレーズの開始が滑らかです。しかしその反面アインザッツが不明瞭になりがちで、不満が残ります(決然と弾き始めて 欲しいフレーズもあるので)。フレーズの捉え方が大きい演奏で、チェロとピアノの関係性の表現も濃厚なので、情念が渦巻くようなロマンティシズムが感じら れます。やや大仰な歌いまわしでわざとらしく聞こえる瞬間もあって、音楽の品位を落としていると思います。やはりショパンの音楽は微塵たりとも下世話さが 漂ってはいけません。とても惜しいです。ラフマニノフのチェロソナタが併せて収録されていますが、これも同様な傾向です(ラフマニノフの方が表現が曲調に 合っているかんじ)。
アレキサンドル・クニャーゼフ(チェロ)、ニコライ・ルガンスキー(ピアノ)(Warner Classics/2006)
二 人ともいつもどおりの演奏なのですが、基礎的な能力が高い人たちなので、安定感はスバ抜けています。チェロは大きな単位のフレージングによる表現を重視 し、ピアノは抑制ぎみというか繊細で緻密な表現を重視した微視的演奏になっていて、二人の方向性がちょっと違うんではないかと思います。楽章ごとの性格づ けがはっきりしていて、第一楽章は非常に濃厚なロマンティシズムで満たされ、第二楽章は一転して高速テンポの軽妙さ(この曲の第二楽章としては最速と思わ れる)、第三楽章でまた一転して遅いテンポ&弱音が瞑想的なノクターン、第四楽章は柔らかなフレージングで流麗なスピード感を強調しています。全体的に デュナーミクの振幅が大きく、特に弱音は二人ともすごいです。ラフマニノフのチェロソナタ、ヴォカリーズが併せて収録されていて、こちらの方が明らかに自 信たっぷりの豪快&爽快な演奏になっています(笑)。実はロシアのチェロ奏者はラフマニノフのチェロソナタを怖がる人が多く、録音が少ないです。このCD はロシア系奏者ペアによるメジャーレーベルでのラフマニノフのチェロソナタ録音として貴重です。
ルイス・クラレ(チェロ)、アラン・プラネス(ピアノ)(Harmonia Mundi/1991)
プ ラネスが抜群に上手いうえに、伴奏にとどまらずかなりしっかりと自己主張しながら弾いてくれるので、チェロとピアノがしっかり対等の演奏になっています。 ときおりクラレの音程が不安定になるのが惜しいところですが、息の長いフレージングで本当にたっぷりと歌うのでチェロ好きな人にはたまらない演奏だと思い ます。全体にがっちりとした構成感が伝わってくる演奏で、通常は瞑想的というか、幻想的にまとめられがちな第三楽章もしっかりと弾いて、歌っているのが良 いと思いました。第二楽章、第四楽章も弾き流すようなことはなく、しっかりとフレーズの行方を見届けるような演奏になっていると思います。この見通しのよ さが、第一楽章のやや複雑な構成をわかりやすく聞かせてくれることにつながります。(この曲の第一楽章は長いですし、初心者は構成を把握するのが大変だと 思います)
イジー・バールタ(Vc)、マルティン・カシーク(P)(Supraphon/2007)
録 音もピアノとチェロの息が良くあった名演。盛大に歌い上げるタイプのチェリストで、1つ1つのフレーズの訴求力が非常に高いです。第一楽章、ゆっくりした テンポで入り、とにかくフレージングの息が長いうえに、デュナーミクの起伏が大きく、とても濃厚なロマンティシズムが表現されています。1音1音の弾き方 をしっかり吟味しているようで、安易に鳴らされる音が一つも無く、高い緊張感を維持します。第二楽章、やはりテンポはそれほど速くないのですが、フレージ ングを工夫して軽さと歯切れのよさを演出しています。第三楽章は全体として静謐にまとめる中でうまく起伏を付け、感情表現を乗せています。弱音で始まって 中間部で盛り上がったあとで徐々に沈静していき、最後はチェロもピアノもぎりぎりのピアニッシモで終わるのがとても効果的です。第四楽章も勢いで弾き流さ ず対位法的な書法を丁寧に表現します。この曲でここまで彫りの深いフィナーレはなかなか聴けません。最後の2つの和音の弾き方も他の演奏家とは異なってお り、「私たちはこの曲を決して慣習的には弾かない!」という強い意思を感じさせます。見事としかいいようがありません。併せて収録された「チェロとピアノ のための序奏と華麗なるポロネーズOp.3」「ピアノ三重奏曲」「悪魔のロベールの主題によるグラン・デュオ・コンチェルタント」のいずれも名演。21世 紀になってから録音されているショパンの室内楽は本当に名演そろいで驚いてしまうが、やはり音楽家の間でも評価が変わっているのでしょうか。
トルルス・モルク(Vc)、カスラン・ストット(P) (Virgin classics/2006)<21世紀の決定盤>
モ ルクはこの曲は再録となるのですが、前回とは桁違い演奏家に成長したことをうかがわせる、とてつもないスケールの演奏になっています。楽章ごとの特徴づけ は他の演奏家とは異なるアプローチを見せており、「私はこの曲をこういう風に弾きたいんだ!」という強い信念や意志といったものが伝わってくる圧倒的な内 容です。第一楽章、とてもスケールの大きな演奏です。リピートを含め15分間かけて、ひとつひとつのフレーズを十分に溜め、ロマンティックに歌い上げ、濃 厚に仕上げています。この楽章だけを聴いても打ちひしがれてしまいました。第二楽章、スケルツォですが不用意にフレージングを軽くせず、アタックが鋭く速 い、かつ強めのボウイングで緊張感を煽りつつ進行させます。第三楽章は軽めのフレージングで静謐に始まるが徐々に表現の密度を上げていきます。第四楽章は とらえどころのない曲想をよく把握しており、ひとつひとつフレーズを十分に検討して掘り下げています。少し遅めのテンポで十分な表現をつけて演奏されるた め、説得力が段違いに高いんです。今回の録音において、モルクの洞察力や表現力はすでにロストロポーヴィチに並ぶレベルに到達していることが証明されたと 思います。併録された「チェロとピアノのための華麗なるポロネーズOp.3」やピアノ小品のチェロ編曲版も、よくある安易な演奏とは完全に次元が違う圧倒 的な内容で、深く感動させられました。魂の慟哭のようなチェロが歌い上げることによって、若書きのワルツやノクターンは新たな生命を吹き込まれたといって よいでしょう。みなさんにぜひ聞いていただきたい、21世紀の決定盤です。
ルートヴィヒ・ヘルシャー(Vc)、カールハインツ・ロートナー(P)(Bayer Records/1976)
ピ アノの録音が非常にオンマイク(ピアノの中にマイクを突っ込んだような感じ)な上に、残響がほとんどないため不自然な音色になってしまっていて惜しいで す。チェロの録音はとても自然なので、両者が溶け合わず違和感があるサウンドになっています。チェロの演奏スタイルはとても立派で、張りのある、彫りの深 い音色を使って朗々と歌う場面が多く、素晴らしい説得力をもちます。弓の圧力の加え方によってフレージングの重さを変化させており、その使い分けがうまい です。第二楽章のスケルツォは軽いフレージングと重いフレージングを自在に使い分けてスピード感ある表現をしています。第三楽章も朗々と歌うだけでなく、 ふわりと響かせるような鳴らし方を多用して独特な幻想性を演出しています。なお、ピアノは前述のように録音が悪いうえに伴奏に徹する場面が多く、多彩な表 情を見せるチェロとのバランスが悪いと感じました。
鈴木秀美(Vc)、平井千絵(FP)(DHM/2008)
ピ アノはフォルテピアノ、チェロはガダニーニのレプリカによる演奏ですが、実は解釈がとてもロマン的という、時代性をうまく捉えた演奏になっています。ピア ノがとてもうまく、弱音の音色が豊かな特性を生かして、様々な表情を描き分けています。第一楽章は形式感を重視した表現ですが、バロックや古典を中心に演 奏していた鈴木さんとは思えない濃厚なロマンティシズムに驚きます。第二楽章は速めのテンポで、トリオも速いまま息づかいを長く歌っています(ちょっと珍 しい)。第三楽章はビブラートを抑えて静謐な空気を作り出しています。ここはピアノの音数が少なく、工夫が欲しいと思いました。フィナーレはチェロとピア ノの対位法的なパッセージをしっかり表現していますのでとても面白く聞くことができます。テンポがやや遅く、もう少しせき立てるようなスピード感の欲しい ところではありますが、フレーズの掛け合いや絡みを聞かせるには速すぎてもいけないので、このテンポ設定になったのかなと思います。 
ナタリー・クレイン(Vc)、チャールズ・オーウェン(P)(EMI Classics/2006)
野 太く力強い男性的な音色のチェロと、繊細流麗なピアノのデュオです。全体として、チェリストノンリズムの扱いが丁寧さが光っています。付点音符をきちんと 溜めて弾くことにより、アーティキュレーションがはっきりとしたものになっています。歌いながら、雰囲気で適当にアーティキュレーションをつける人も少な くないと思うのですが、このチェリストはリズム面で楽譜に忠実になることで節度をもった躍動感が表現できていると思います。第一楽章はピアノがメインに なってチェロが後ろにまわるときによりアグレッシブな弾きかたになっており、チェロが旋律を取るときの伸びやかな歌と対比を見せます。第二楽章へはアタッ カで入り、軽いフレージングとバリバリという雑音が入るほどの激しいボウイングを使い分ける攻撃的な主部が印象的。第三楽章はピアノ、チェロともに主旋律 /対旋律で音色を変えるので、単にまったりしたノクターンになるのではなく微妙な緊張感を作り出しています。フィナーレもさまざまに変化するパッセージの アーティキュレーションをしっかり表現することで複雑なアンサンブルを整理して聞かせています。
ミッシャ・マイスキー(Vc)、マルタ・アルゲリッチ(P)(DG/200G)
マ イスキーはいつもどおりアゴーギクの起伏が大きく、独特な呼吸がわかります。繊細優美ながらも大胆な表情付けを行い、しかもそれが不自然になっていませ ん。アルゲリッチの鋭い切り込みが相乗効果を上げているように思いました。特にスケルツォ楽章がうまく、諧謔的なリズム表現が成功していると思います。な お、チェロとピアノのための華麗なるポロネーズOp.3も収録しています。
デニース・ジョキック(Vc)、デヴィッド・ジャルバート(P)(ATMA/2012)
日本語表記は、ジョキッチ&ジャルバールのほうがいいかもしれませんが、とりあえず。
チェロもピアノも、とても丁寧な演奏です。チェロのフレージングが潔く、はきはきとした若々しい雰囲気がするのが特徴的。ピアノはとても個性的で、ペダル を減らしてアーティキュレーションやリズミックな表現が強調する傾向があります。そのやり方が過度でないので、違和感が全くありません。ペダルがすくない ので、音数が多い場面でも響きが混濁しませんし、対位法的なフレーズの呼応もはっきりと表現されるように思いました。
ラフマニノフのチェロソナタと、ヴォカリーズが合わせて収録されています。ラフマニノフのソナタも名演です。
 


<改訂履歴>
2003/10/26 初稿掲載。
2003/11/09 フィリッピーニ、ジュリアン、グレコール=スミス、トルトゥリエを追加。
2003/11/23 ジャンドロンを追加。
2003/12/20 林俊昭を追加。
2005/08/14 ドミトリエフ、バルトロメイを追加。
2005/12/18 ハーノイを追加。
2006/03/19 ビリーを追加
2006/06/04 藤原真理を追加
2006/10/08 マルク、趙静を追加
2007/01/28 クリーゲルを追加
2007/04/07 ホフマンを追加
2007/05/05 クニャーゼフ、クラレを追加
2007/12/23 バールタ、モルク、ヘルシャーを追加
2009/02/01 鈴木秀美、クレインを追加
2011/09/15 マイスキーを追加
2015/05/24 ジョキックを追加

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