譜読みをする(3):B部を読む

Frederic Chopin : Etude Op.10-3
 

1.B部を弾く上での基本情報

必要レベル

ツェルニー40番に入った程度・・・では厳しいかも。

推奨レベル

ツェルニー40番全曲終了程度が望ましいです。

予備練習曲

重音系の練習曲。
ハノンやツェルニーの3度・4度・6度はよい予備練習になります。

特記事項

臨時記号(#など)が非常に多いけれども、惑わされずに正しい音符を弾くところから始めましょう。

 

2.まずは構成をつかんで譜読み&練習

B部は展開部と考えられます。じっくり楽譜とにらめっこして、いくつかの小パートに分けます。こうしてから練習に入ることでパートごとの難易度を客観的に評価できますので、難しいパートを集中的にさらうことが可能となります。なお、規則正しく4/8小節ずつ分けることができる点にも着目してください。ショパンの曲はロマン的で自由な雰囲気がしますが、実際には規則正しい要素から成り立っています。メロディやフレージングの自由度の高さと、構成的な堅牢さが同居しているのがショパンの魅力の1つです。

 

B−1 21小節〜29小節

最初に長調、ついで短調で奏されます。A部の主題第二句をひっくり返した形に注目。バッハの「インヴェンションとシンフォニア」で出てくる転回の手法です。練習方法はA部と同じでOKで、各声部ごと弾けるようにしていきます。

その他の注意
・右手6度は手首を柔らかく使います。メロディの最高音をくっきりと出すためには4−5の指を強くする必要があります。(Aパートの予備練習と同じことをやる)
・左手の跳躍は2声部として弾く。親指で弾くフレーズの流れをよく聞いて。
・長調は可愛らしい軽めの動きを演出し(animato=動きをもって)、2度目の短調を少し深刻に盛り上げると対比が出ます。

 

B−2 30小節〜37小節

ここも調性を変えて二回繰り返します。二度目はミスタッチしやすいので、よく鍵盤を見て音をはずさないように。右手小指で黒鍵を弾くときに滑りやすいです。鍵盤の上に指を置いてから打鍵するとミスが減ります。なお、このパートはエディションによって臨時記号が異なります。エディションの選択によってフレーズの印象が大きく変わりますので要注意です。

B−2−1:エキエル編ナショナル・エディション、ウィーン原典版ほか

B−2−2:ミクリ版、パデレフスキ版、全音版(ピアノピース含む)ほか

ほとんどのピアニストはパデレフスキ版(B−2−2)で弾いているため、B−2−1のフレージングだと違和感を覚える人が多いと思います。私もB−2−1には違和感があるのでB−2−2のフレージングで弾いています。しかし、ここはB−2−1が推奨されます。B−2−2の成立経緯を考慮すると明らかに問題がありますので、これから弾く場合はパデレフスキ版や全音のピアノピースは参考にしない方が良いと思います。
B−2−2の成立経緯
31小節ではデュポア(ショパンの弟子)が所有していた楽譜を参考にCにナチュラルを付けてあります。実はこのナチュラル、ショパン自身がレッスン時に書き込んだようなのです。楽譜出版後にショパン自身が行った校訂という事実から、Cのナチュラルにはそれなりの意味合いが出てきます。また、34小節はドイツ初版から採用したものです。
ここで問題が発生します。B−2−2は校訂時期の異なる2種類の楽譜が混合されているのです。当然の事ながら、ショパン自身はB−2−2の形では書いておらず、ミクリ版出版時にでっち上げられたフレージングと言っても過言ではないので、演奏時には留意しておく必要があります。さらに詳しい解説はウィーン原典版の楽譜に書かれていますので、興味のある方はご覧下さい。

 

B−3 38小節〜41小節(難所)

増4度での半音進行ということを理解すること。特に右手は難しいです。このような箇所もポリフォニーなので横の流れを重視します。和音を縦にそろえることに意識を向けるのではなく、なめらかに半音階を弾くことが重要。1声部ずつ根気よく練習しましょう。左手は下がるだけなのでそれほど難しくないと思いますが、4の指が3の指を越える運指(オーバーラッピング)に注意します。指先でしっかり支えて手首を柔らかく保つと、うまく弾くことができます。基本的にはペダルなしでレガートに弾けるように練習してください。やはりフレーズの開始点でミスタッチしやすいので、よく鍵盤を見て目的の位置に手を移動してから打鍵動作に入ること。ポジション移動と打鍵動作を一緒にやるとミスタッチします。
1回目<2回目<3回目と盛り上げたい箇所なので、最初からフォルテで弾きすぎないことが重要なポイントになります。1回目は思い切り音量を落として、ひそやかに始めると効果的です。そして、3回目の後半でフォルテシモになるように調節しましょう。ショパン自身の言葉ですが、クレシェンドする前は意識的に音量を抑えた方が良いのです。なお増4度は「悪魔の音程」とも言われます。ちょっと怖い雰囲気を出したいですね。

フレーズの移行で跳躍するときに慌てないように。余裕のない状態で次の小節へ入っていくと跳躍したときにミスが出ます。飛んで入る先の鍵盤を見てから跳躍するとミスタッチしません。クレシェンドしながらテンポをキープしようとすると走ってしまうことが多いので、少しテンポを落とすくらいのつもりで弾くと余裕ができます

 

B−4 42小節〜45小節

一気に降りての和音連打。これもA部からの展開なのでしっかりと印象付けて弾く。右手の最高音と、左手のバスをしっかりと響かせます。 

B−5 46小節〜53小節(最難所)

この曲の中で一番難しい部分です。同じパターンで転調していることを頭で理解すれば譜読みは容易ですので、まずは16分音符2つ単位で和音を覚えましょう。あとは平行移動するだけになります。支点となる指を決めて手首と肘の運動で移動すると良いです。

※右手の場合
52-31-(小さな跳躍)-31-52-(小さな跳躍)・・・のくりかえし。52-31のときは2の指を支点に、31-52のときは3の指を支点にする。すなわち、2-3と3-2の音だけをレガートに繋げるイメージです。

このパートの難しさは、52の指で弾いたあと跳躍して、すぐ同じ52の指で6度の和音を弾かなければならないところ。極言すればこの1行に集約されるので、跳躍したときミスタッチしないように注意しましょう。ここが難しいことはピアノを弾ける人ならみんな知っているので、多少テンポを落としても平気です。速度を上げることよりもむしろ強弱変化を付けることが重要です。フォルテで入って徐々に音量を絞ったあと、最後にまたぐっとクレシェンドして小終止すると非常に印象が良くなります。この部分は見せ場ということもあってプロの人は猛スピードで弾いてしまうことが多いのですが、プロじゃない私たちは、私たちなりの方法で見せ場を演出したいのです。

 

B−6 54小節〜61小節

再現部への推移ですが、非常に重要なエピソードとなります。フレーズ的にはB−1からの派生ですが、単なるポリフォニーではなくリズム面で複雑な書法になっています。構成的にはB−5の直後に再現部が出てきても何も問題がないのですが、 推移としてこのようなエピソードを挿入してくるのがショパンの優れているところだと思います。

B−5で難しい部分を弾いた後なので気を抜いてしまいがちですが(笑)、ここで集中力を切らしてはいけません。さっと表情を変えて、右手のメロディと左手のシンコペーションとの絡み合いを表情豊かに弾きましょう。左手のフレーズにスタカートが付いているんですが、なぜかパデレフスキ版ではスタカーティシモになっています。ここはスタカーティシモだと鋭すぎますし、スタカートにしてもあまり短く切るのは好ましくないと思います。ショパンの意図は軽さを感じさせるアーティキュレーションだと思いますので、うまく工夫して弾きたいところです。

 

3.各パートをつなげて練習する

それでは、続けて弾いてみましょう。B部はパートごとの対比をはっきりさせた方がメリハリのある演奏になると思います。スムーズに弾けるようになってきたら、いろいろな表現の可能性に挑戦したいですね。以下のような工夫をすると対比がはっきりします。

(1)ペダルの使い方を変えてしまう
意識的に深く踏むパートと浅く踏むパートを分けると、それだけでピアノの響きに変化が出ます。思い切ってペダルを使わない箇所を作るのも効果的です。
(2)リズム表現にこだわる
延々と16分音符が続くイメージが強いですが、ところどころに出てくるシンコペーションや付点のリズムを強調すると印象的なスパイスになります。
(3)アーティキュレーション、フレージングに注意する
スラーのかかり方を十分に意識します。2〜3つの音にスラーがかかっている場合はアーティキュレーションの指示で、タッチは重→軽(音量的には強→弱)と解釈します。逆に長くスラーがかかっている場合はフレージングの指示なので、途中で停滞せず一息に弾くことを意識します。(B−3には長いスラーがかかっているので、よく練習して一息に弾けるようにしましょう。)
(4)パートの終わりを強調する
各パートの終わりをしっかり弾いて、一呼吸してから次のパートに移ると印象が良いです。テンポをキープしたままパートの変わり目へ突入するとミスしやすくなります。違うパートに移る前は無理をせず、少し間をおく方が安全だと思います。これは発表会などでミスしない対策にもなります。

 

−今回のポイント−

  • A部よりもB部に重点を置いて練習しましょう。通し練習ばかりすると、A部は2回弾くのにB部は1回しか弾かないので、いつまでたっても上達しません。
  • 難しい箇所はそこだけ取り出して重点的に練習しましょう。B部のすべてが難しいわけではありません。
  • 譜読みが面倒そうに見えますが、規則性に気付けば大したことありません。

2003..08.03

→ 「別れの曲」を弾こう!へ戻る

→ 音楽図鑑CLASSICのINDEXへ戻る