譜読みをする(2):A部を読む

Frederic Chopin : Etude Op.10-3
 

1.A部を弾く上での基本情報

必要レベル

ツェルニー30番に入った程度で十分。もっと早い時期でも弾けます。

推奨レベル

ツェルニー30番全曲終了程度が望ましいです。

予備練習曲

バッハ 「インヴェンションとシンフォニア」(特に3声シンフォニア)
ピッシュナ 「指の訓練のための練習課題」No.1-5あたり。

特記事項

バッハなどでポリフォニーの練習を少しでもしておくと、譜読みが格段に容易になります。

 

2.譜読みしながら弾く上での心構え<重要>

ただひたすら、楽譜に忠実に弾きましょう。
よい楽譜を使い忠実に弾けば、おのずとよい演奏になるのがショパンの曲です。ショパンは自分の伝えたいことをすべて詳細に書き記した作曲家です。ショパンの残した言葉を漏らさず読みとることが、良い演奏への第一歩であると考えます。

「楽譜に忠実なだけの演奏はつまらない」という人もいますが、これは誤りです。実は、つまらない演奏は楽譜に忠実でないことがほとんどなのです。楽譜を忠実に読むとはどういうことか、以下の解説から感じ取ってください。

 

3.譜読みを始める

まずは最初の2小節を、じっくり見ていきます。

3−1.速度指示

Lento(おそく)ma(しかし)non troppo(それほどでもなく)
音楽を演奏するときに、テンポ設定は非常に重要な問題ですので、十分に吟味しなくてはなりません。
非常にゆっくりと弾き始める人がいますが、B部に入るときにいきなり速くなるのは不自然なので、遅すぎないほうが良いと思います。要するに、B部との兼ね合いで弾き始めのテンポを設定します。(B部が速く弾けない人はA部をゆっくりめに弾くとよい。)
実際には♪=100ではかなり速いので、♪=72くらいを目標にしたいです。♪=60以下では2拍子を表現するのが難しくなります。ただ、ツェルニー30番を始めたばかりの人では♪=60でも苦しいかもしれません。無理のないテンポ設定を心がけましょう。この曲の場合は、テンポが遅くなるほどレガートが大変になるので、あまり遅いとかえって弾きにくくなります。なおA部は曲中でも細かいテンポ指示が入ってきます。クレシェンドで少しテンポアップ、strettoでさらにテンポアップ(♪=80以上)、ritenutoで急速にテンポ減少(♪=50程度)と、ちょっとおおげさにデュナーミクを表現します。控えめな表現では聴いている人に伝わりません。
ショパン自身もこの曲のテンポ設定には苦心したようです。初期は練習曲らしくvivace(生き生きと速く)という指示が書かれていましたが、修正を重ねるに従ってどんどん遅くなり、印刷屋に入稿するときにこの"Lento ma non troppo"になったという逸話があります。
 
3−2.調性

ホ長調です。ショパンは調性に対して異様なほど神経質な作曲家なので、十分に意識しなければなりません。
転調などで和声が複雑になったあとにホ長調トニカが出てきたら要注意。主和音に戻ることで緊張が緩和されるのですから、演奏表現も<緊張→緩和>という流れにするのが自然です。楽譜を読むとわかりますが、主和音に戻る前の展開でショパンは「stretto(急迫して)」「ritenute(急激にテンポを落として)」など、多彩な表現を演奏者に要求しています。
調性音楽の基本事項として、属7和音などから主和音に解決する場合(カデンツと言います)ほとんど例外なく緊張→緩和と考えて良いと思います。これは、バロック〜古典派的なショパンの和声感覚の表れと言えます。ショパンは随所で革新的な和声進行を用いるにもかかわらず、表現や構成には古典的なバランス感覚を共存させている点が最大の特徴なのです。ですから、調性に基づいて和声の流れを見極めるのは非常に重要な譜読みのポイントになります。
 
3−3.拍子

4分の2拍子です。しかし、2拍子に聞こえる演奏は意外に少なく、4拍子に聞こえる演奏が非常に多いのです。これは良くありません。16分音符×4で1つということを徹底的に意識します。あたりまえの事に思えますが、2拍子と4拍子でどのように弾き方が変わるのか、明確に説明することができますか?

※4拍子に聞こえる主な原因
・内声16分音符句の親指にアクセントが付いてしまい、1小節で4カウントされて4拍子に聞こえてしまう。これを防ぐためには、親指を静かにコントロールするテクニックを身に付けるしかない(この練習曲の重要な目的の一つ)。
・左手のシンコペーションが表現できていない。
・左手の最低音を十分に響かせていない。
・ダウン&アップビートの表現ができていない(1拍目=ダウン、2拍目=アップです)
 
3−4.legatiss.

legatissimoの省略形。legato(レガート)+issimo(最上級)=十分なレガートで!
この指示はA部全体に効いていると考えます。別れの曲の練習ポイントの1つが「レガートな演奏法の習得」にあるので、常に意識しておく必要があります。レガートとはすなわち、次の音が鳴るまでは前の音を弾いた鍵盤から指を離さないことにつきます。右手一本で伴奏しながらメロディをレガートに保つのは難しいのですが、たいへんよい練習になるのでぜひマスターしたいですね。

3−5.弱起(アウフタクト)

弾き出す前に深く息を吸って十分に溜めて、H音をよくテヌートして聴いてからメロディに入ります。自分では「ちょっとわざとらしいかなあ」と感じる程度が、聴く人にとってはちょうどよかったりするのです。それにしてもこのH音が短い人が多いんですよね(16分音符になってしまっている)。「4分の2拍子における8分音符」を意識します。左手の休符もきちんと意識して。なお、通常アウフタクトは小節数のカウントに入りません(アウフタクトの次が1小節目になります)。
 
3−6.ここだけ16分音符の書き方が違う

拍の中央で符尾が切れている上に、スラーと小さなクレシェンド&デクレシェンドが付いています。全体としてはレガートに弾くのですが、4つの音を「ファソソファソー」と平坦に弾くのではなく「ファソソファソ」と降りるところを意識して欲しいと言うこと。「ファソ」を弾いたあと、新たに「ソファ」弾きなおすイメージなのです。弦楽器のボウイング(弓の動き。上げ弓、下げ弓など)を意識すると良いと思います。この場合は二つのソの間で弓を折り返す指示になります。フレーズのアーティキュレーションに関係する重要なポイントですね。同じような記載がこのあとも続くので十分に意識しましょう。

3−7.長いアクセント記号 <ポイント>

ショパンは普通のアクセントと長いアクセントを使い分けています。短いアクセントは音量的な強調と考えて良いのですが、長いアクセントは音量の強調ではありません。大切に弾いて欲しい音にこのような記号を付けて、注意を促しているのです。この場合は次の小節まで伸ばす音なので、途中で消えないように深いタッチで打鍵して、十分に響きを聴きなさいという意味です。単に聴くのではなく、よく耳を研ぎ澄まして聴くことが大切。
長いアクセント記号は楽譜のエディションによって記述が異なりますので、注意が必要です。エキエル版ナショナル・エディションでは長いアクセントがディミヌエンドに見えることもありますので、間違えないようにしましょう。ウィーン原典版ではこの箇所に短い普通のアクセントが記述されていますが、過度に強調するのは好ましくないと思います。なお、パデレフスキ版は普通のアクセント記号しか使っていません。以上のような表記上の差違を考えて、当ページではエキエル版ナショナル・エディションの使用を推奨します

3−8.アクセント記号

こちらは普通のアクセント記号です。「シンコペーションのリズムを強調しなさい」 という意味で、音量的に強調されるべき音に付いています。左手の親指で弾くため必要以上に強く鳴りやすく、音量のコントロールが難しいので注意しましょう。鍵盤の上に指を置いて、手首のアップストロークを用いて深く打鍵するとコントロールしやすいです。
なおアクセント記号は3小節目から記載されていませんが、左手のこのパターンにはすべて適用されると考えるべきです。

3−9.内声のスラー

内声に長いスラーが掛かっています。レガートで歌うメロディとシンコペートされたバスに対して、内声はあまり起伏を付けず一息で弾いて欲しいのです。オーケストラのビオラと同じように、あくまでも和声の補強として目立たないように演奏されるべきパートなのです。しかし、1−2の指で弾くこのパートを静かにコントロールするのが難しいのです。したがって、内声の演奏法は重要な練習ポイントになります。

さて。
たったの2小節でこんなに解説を書くことがありました。ここまで楽譜を読み込んで、ようやく表面的な部分を知ることができた状態です。すなわち「楽譜に忠実な演奏」の入り口を開けることができた段階なのです。ペダルなど楽譜に書いていないことをどうするか考え始めると、さらに大変になります。なので、そういった細かいことはこの連載の最後の仕上げの段階で書く予定です。まずは細かいことを気にせず、とりあえずA部を弾けるようになるための練習方法を書いていきます。

 

4.練習しよう!

長々と前置きを書いてきましたが、ようやく具体的な練習法の説明に入ります。

A部の練習は、常に横方向の流れを意識することがポイントになります。多声部を練習するときの基本は、一声から練習して徐々に声部を増やしていくことです。最初から両手で弾こうとすると、どうしても縦方向の和音を揃えることに意識が集中するので、横方向の音のつながりが不明確になります。これでは多声の表現ができませんよね。したがって、基礎練習の方針は以下のようになります。

・まずは一声ずつ練習する(運指を守る)
・任意の2声で合わせる(メロディ+バス、内声+バスなど)
・任意の3声で合わせる
・全声部で合わせる

この練習方法は別れの曲だけでなく、バッハの「インヴェンションとシンフォニア」などにも同じように通用しますので、慣れておきましょう。なお、基礎練習では一切ペダルを使わないようにします。ペダルに頼らず指だけでレガートを作り出すことができないと、この曲は弾ききれません。

 

4−1.メロディの練習

楽譜に書かれた運指で、メロディだけを弾きます。レガートとテヌートを意識して、次の音を弾くまで、鍵盤から指を離さないようにします。3・4・5の指だけで指くぐりしたり、指かえするのは少々難しい技術ですが、慌てないように。指は常に鍵盤スレスレを這うように動きます。さらに、弾きながら唄いましょう。このとき「ラララ」ではなく「シミーレミファー」と音名で唄うのがポイントです。音名を声に出して唄うことで譜読みの訓練になりますし、暗譜も早くなります。

さて、声に出して唄うとすぐに気付くことは「どこでブレス(息継ぎ)すればいいのよ?」という問題です。線の長いメロディをだらだら続けられると、聴いている人が息切れしてしまいます。聴いている人にここまでが1つのフレーズですよとわかるように唄ってあげることが大切です。

参考までに私の運指を載せておきます。完全にレガートに弾くためには、伸ばす音で指かえが必要になります。の音が特に重要です。小節をまたいだ音符をタイでつないだショパンの意図を読みとってあげましょう。すなわち、次の小節の頭ではまだこの音が鳴っていなければならないのです。16分音符が食い込むイメージを出すために、しっかり打鍵を保持する必要があります。また、後半の小節では小指を鍵盤上ですべらせるテクニックが必要です。
最初この運指でピアノの先生に見てもらったときに「すごくいいんだけど、いつもそのくらいの意味込みでレガートに気を遣って欲しいものだねえ」と言われてしまいました(笑)。

 

4−2.内声の練習

やはり運指を守って、内声だけで弾きます。16分音符をぶれないように正確に弾くことが大切ですが、これは割と簡単だと思います。
次にメロディと一緒に弾きますが、ここで一気に難易度が上がります。常にメロディが浮き出るようにするのは難しいですよね。1と2の指が暴れないように意識するとかえって力が入ってしまいがちです。そうならないように、手の重心を少し右へ傾けてメロディを弾く指に重みをかけて弾きましょう。これで自然に手のひらが脱力して、1と2の指が軽くスムーズにコントロールできるようになるはずです。

練習法A,B:親指のコントロール
  このとき、メロディは常にレガートを意識します。AよりBの方が難しいと思います。

練習法C,D:A,Bの逆パターン。メロディを響かせるための練習
  まずはCのように、1と2の指で鍵盤を押さえたまま弾きます。
  慣れてきたらDのように弾きます。メロディとなる最上音だけアクセントを付けて弾きます(非常に難しいです)。

いずれの練習も非常にゆっくりのテンポで、必ず鍵盤の上に指をセットしてから打鍵動作を始めます。
こうするとミスタッチしませんし、コントロールも行き届きます。鍵盤間の移動と打鍵動作を一緒にやるとミスタッチが増え、コントロールも不十分になります。フレーズの展開に合わせて肘や手の位置、手首の角度を調節して、スムーズに次のポジションを取れるように工夫するのがポイントです。このとき、メロディが歌いやすいポジションにしたいのですが、1・2指で弾く内声をしっかりコントロールできるようにすることも必要です。

以上の練習は指に負荷がかかるので、やりすぎない方が良いと思います。基礎からしっかりやりたい人はピッシュナ「指の訓練のための練習課題」の1番〜5番をおすすめします。なお、ここに書かれた練習をすることで指が強くなり、一本一本が独立しますので、短期間に上達が実感できると思います。なお、ある程度基礎力のある人の場合(バッハのシンフォニアを経験しているような場合)、このような予備練習は短く切り上げても良いと思います。

 

4−3.左手の練習

Aパートのキーポイントになります。左手の生み出す「タンターンタン・タンターンタン」というリズムに乗って右手の演奏ができればAパートは完成したも同然なのですが、このリズム表現が意外に難しいです。

まず、小指で弾くバスは、常にゆったりと響くように鳴らします。この曲は、左手の最低音が和音のルート(根音)を担当しますから、横のつながりを意識することで自然に和声の移り変わりの表現ができます。メロディとベースだけで弾いてみてください。たったこれだけでも立派な曲になっているのがわかると思います。

左手のシンコペーションを心地よく響かせるためには、アクセント付きの音を心持ち強調しなければなりません。しかし、親指のコントロールは結構難しく、頭では判っていても指が言うことを聞いてくれないことが多いと思います。

 

4−4.両手での練習

片手で練習したときと同じように、各声部に十分に気をつかって弾きます。特に、メロディと伴奏の音量バランスに注意して、伴奏がうるさくならないようにしましょう。左手のリズムにのって、気持ちよく右手が演奏できれば合格です!
なお、盛り上げるところはしっかりフォルテで盛り上げます。

−今回のポイント−

  • 些細な点も漏らさずに楽譜を読むことが大事です。
  • 予備練習をしっかりやりましょう。見違えるように上手くなります。
  • A部をきちんと練習することで、B部まで弾ける技術が身に付きます。B部を練習すれば、A部がさらに上手く弾けるようになります。A部だけで満足しないようにしましょう。

2003..07.27

→ 「別れの曲」を弾こう!へ戻る

→ 音楽図鑑CLASSICのINDEXへ戻る