譜読みをする(1)

Frederic Chopin : Etude Op.10-3
 

1.三部形式の理解

さて、ショパンエチュードの楽譜を買ってきたらOp.10-3のページを開きます。ほとんどの楽譜は4ページになっています。
CDなどを聴きながら楽譜を眺めてすぐ気づくのは、1ページ目と4ページ目がほとんど同内容であるということです。

1ページ
(Aパート)

1〜21小節まで。(左側のピンク色部分)
とても有名なメロディの出てくるパート。誰もが知ってます。

2〜3ページ
(Bパート)

22〜61小節まで。
フレーズの動きが大きくなり、劇的な盛り上がりを見せるパート。黄色でマーキングした部分は特に演奏困難な箇所です。

4ページ
(Aパート)

62〜77小節まで。(右側のピンク色部分)
1ページ目とほとんど同じですが、短めになっています。再現部が短くなっているのは、冗長な構成を嫌ったショパンならではの特徴です。

このような<A−B−A>という形式を三部形式と呼びます。
エチュードに限らず、ショパンの小曲はほとんど三部形式で書かれています。美しい旋律を聴かせたあとでピアニスティックな展開を作り、またもとの旋律が戻ってくる・・・ショパンの得意としていた書法です。耳馴染みのよいA部でB部をサンドイッチしているので、初めて曲を聴く人も親しみやすくサロン向きの構成と言えます。
演奏上のポイントは、もちろんAとBの対比表現にありますが、特に大切なのが最初のA部をしっかり弾くことです。最初にしっかりと弾くことで、B部のあとにA部が再現したときの効果が上がります。
一方、練習上のポイントは、難しいB部をマスターすることにあります。A部は比較的演奏容易なことに加え2回出てくるので、通し練習をしているとA部だけが上手くなってしまい、B部の仕上がりが遅れます。美しいメロディのA部だけを弾きたい気持ちになりますが、演奏困難なB部に重点を置いて練習すべきです。

 

2.A部の概観

<ポイント>
1.ポリフォニー(複声部)の理解と深い表現
2.レガートに歌わせるメロディ
3.フレージングと速度法
4.ペダル使用法の吟味

2−1.ポリフォニーの理解

<譜例1>
これは通常のピアノ譜です。
2段になっているのですが、入り組んでいるため初心者には声部がわかりにくいです。

<譜例2>
譜例1の声部を展開した形。
この楽譜で示すように、A部は基本的には4声部(4パート)と考えるとわかりやすいです。2本の手を使って4つのパートを自在に操る技術を習得し、深い表現力に裏づけされた演奏を聴かせることがこの練習曲の目的になります。

譜例2に示したように、A部においては4声部を意識していく必要があります。

1.メロディ
2.ヴィオラの伴奏「タリラリタリラリ」
3.シンコペーションで入るチェロ
4.ベース(コントラバス)

だいたい以上のような分担になりますが、それぞれのパートは役割が異なるので弾き方も変えることで深みのある表現が可能となります。それについては、練習法と合わせて後で解説します。

2−2.レガートに歌わせるメロディ

「こんなに美しいメロディを書いたことがない」とショパン自身が言い残したエピソードがあります。とにかく有名で、誰もが知っているメロディですから、しっかりとレガートで唄っていきましょう。レガートのコツは、とにかく鍵盤から指を離さないこと。じっと我慢して音をテヌートします。なめらかに次の音につなぐためには、同一鍵盤上での指替えなど、こまかいテクニックも必要になります。

2−3.フレージングと速度法

こまかいスラーがあちこちに付いていることと、速度指示を示す言葉がいろいろ書き込まれていることに注意します。ショパンは細部まで十分に吟味して楽譜を書いた作曲家ですから、このような指示は確実に演奏に反映させなければなりません。単に指示に従うのではなく、「なぜこの指示になったのか」を考えて、理解した上で弾くのが大切です。

2−4.ペダルの使用法

もうひとつ、楽譜を見て気づくのはペダルの指示がほとんどないことです。A部では最後の方にペダル記号がありますが、あとはまったく指示されていません。ショパンはペダル指示も細かい作曲家なのですが、暗黙の了解としてペダル使用が前提となる場面や、演奏者に判断を任せたい場面では指示を書いていません。したがって、練習しながら自分自身でペダルの踏み方を考えなければならないのです。A部はほとんど全編にわたってペダルを使うのですが、単に踏めばよいというわけではなく、離すポイントやタイミングなども難しいですし、16分音符フレーズに対して1つずつペダルを割り当てる技術(ビブラートペダル)が必要な場面もあり、初心者には非常にハードルの高い内容を要求してきます。

 

2.B部の概観

<ポイント>
1.動的なポリフォニーの理解と表現
2.レガートな重音奏法のマスター
3.複雑な和声進行下におけるペダル使用法


A部との違いは、メロディも16分音符で動くことと、ハーモニーにも転調が多いことです。比較的静かな動きのA部と比較すると、B部は活発で複雑な様相になります。しかし基本路線は変わらず、4声部が続いていると考えてしまいましょう。すると、A部と同様の練習方法が通用します。あとは難所を見極めていけば良いのです。

2−1.動的なポリフォニーの理解と表現

延々と重音が続きますので、弾きにくい箇所です。とにかく音をきちんと鳴らすために縦の線を合わせることに意識を集中しがちですが、それではポリフォニーが表現できません。縦の線を合わせるよりも、横の流れに注意を払います。

<譜例3>

譜例3はB部の始まりの部分です。ほとんどの人が右手の上声をメロディとして認識できると思います。しかし跳躍する左手のフレーズが2声体であることを意識できる人は少ないと思います。このような箇所は、バッハ作品の経験があるかどうかによって大きく読譜力が違ってきてしまうところです。上記の部分では、ジグザグに動くメロディ(赤色)と、支えているベース(水色)の中で「ラーシードシラ」と動く内声によって最後のロ長調トニカへ落ち着く流れが強調されます。したがって、緑色のラインは大変重要な働きをしているのです。このような声部の動きを読み切らないと、演奏の仕上がりがショパンの意図したものとは全く異なるものになってしまう危険性があります。

2−2.レガートな重音奏法のマスター

A部ではメロディと他のパートが異なる音価でしたので、少なくともメロディに関しては自然にレガート奏法を意識することができます。一方、B部ではすべての声部が16分音符で動く箇所が多いので、A部とは異なる重音奏法が必要になります。
譜例3のように、メロディも内声も一緒に動くフレーズは、ともするとバタバタと慌ただしい弾き方になりがちです。しかしここはじっくり落ち着いて、まずはメロディ(上声部)をレガートで弾くことを心がけます。右手2声を完全にレガートで弾くのは大変に難しいので、最初のうちは無理しないでも良いと思います。より高度な演奏では、右手があたかも二重奏をしているような、完全に2声体に聞こえる表現を目指します。

2−3.複雑な和声進行下におけるペダル使用法

B部においても相変わらずペダル指示が無いので、自分自身で踏み方を考えなければなりません。
4声がいっしょに動いていることが多いB部では、漫然とペダルを踏むと響きが濁ります。したがって、ペダルを離す・踏みかえるポイントはA部以上に慎重に吟味しなければなりません。
私の場合は、指レガートを主体にしてペダルの踏みかえを多くしています。また、フレーズによっては全くペダルを踏まない箇所も作りました。ペダルを踏まないことで響きが軽くなり、動きのある表現が強調されるのです。このあたりは後で詳しく説明したいと思います。

 

−今回のポイント−

  • 弾き始める前に、ひととおり楽譜を眺める癖をつけましょう。
  • A部は簡単だけどボロが出やすいので、要注意。B部は簡単じゃないので、要注意。
  • A部とB部で表現の密度が変わらないようにしましょう。
  • 要するに、最初から最後まで気を抜かないこと。
  • 誰にとってもB部は難しいので、さっさと覚悟を決めることが大事です。

2003..04.20

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