ラヴェル ピアノ独奏曲全集 CD聴きくらべ(2)

こちらのページからの続き。

<基本収録曲目>

 ・グロテスクなセレナード

 ・前奏曲

 ・古風なメヌエット

 ・ハイドンの名によるメヌエット

 ・亡き王女のためのパヴァーヌ 

 ・高雅で感傷的なワルツ

 ・水の戯れ

 ・ボロディン風に

 ・ソナチネ

 ・シャブリエ風に

 ・鏡

 ・クープランの墓

 ・夜のガスパール



モニク・アース Monique Haas 【お買い得盤】

 

<評価>

総合評価

35

 メカニズム

5

 強弱・速度表現

7

 音色表現

7

 演奏解釈

8

 録音状態

8

<データ>

 CD枚数

 2枚組

 レーベル

 ERATO

 商品番号

 WPCD-10996/7 

 録音年

 1968年

 収録曲

 「グロテスクなセレナード」を除く基本曲目

 

 +マ・メール・ロワ

純粋にメカニックが弱い。たいがいの曲が指定テンポより相当に遅い上に、難所ではさらに速度を落としたりしている。ただ、いろいろ工夫し て最終的に違和感の少ない自然な演奏になっていることは評価したい。スピード感と引き替えになっているが、弾けないところは無理せ ず、確実に打鍵できるテンポで弾いている。だから演奏上のキズも少ないし、常に懐の深さや余裕を感じさせる。「蛾」が遅すぎて羽ばたいているよう に聞こえないとか、水もの関係で水滴の1つ1つが目で追えるようなスローモーション的感覚に陥るとか、そういう問題もあるのだが、「道化師」など で絶妙なスペイン情緒を聞かせてくれるので思わず唸ってしまう。1つ1つのフレーズのアーティキュレーションやフレージングが適切で、細かなキャ ラクターの違いを含めて表現できていることが、メカニックの弱さを補ってこの演奏の価値を高めている。2枚組みの全集としてはかなり安価なので (輸入盤で1500円くらい)、お買い得といえる。もっとも、ロルティ盤やペルルミュテール盤を持っている人がわざわざ買う必要があるかといえば 微妙だが。
ともあれ、このCDは我々のような素人がラヴェルを弾くときの難所の切り抜け方の参考になるが、全体に演奏解釈が濃厚でセンチメンタルに過ぎる部 分があるので、そこは注意したい。例えば「亡き王女のためのパヴァーヌ」はこのピアニストの演奏は遅すぎであり、かつ、思い入れを込めすぎであ る。


アンジェラ・ヒューイット Angela Hewitt 【じっくり・しっかり系】

 

<評価>

総合評価

39

 メカニズム

7

 強弱・速度表現

7

 音色表現

8

 演奏解釈

8

 録音状態

9

<データ>

 CD枚数

 2枚組

 レーベル

 hyperion

 商品番号

 CDA67341/2 

 録音年

 2000年

 収録曲

 基本曲目のみ

 

 

他の作曲家の演奏では問題のなかった、メカニズム面のわずかな弱さが足枷になってしまったように思えるCDである。ヒューイットも心得ているよ うで、基本的には音楽表現に無理のない範囲で弾いているので、明らかな演奏上のキズになることはほとんどない。ただクリティカルに聴いていくと 「こんなところで減速した」「もう少しスピード感があれば」「もう少し深いフォルテが出せれば」「もう少しタッチに切れがあれば」という、あと少 しだけメカニックのレベルが高かったら解決しそうな微妙な問題点が随所に見えてくる。特に、和音が連続して動くような場面でこのような不満を覚え る(単音パッセージはほとんど問題がないので余計に)。ショパンやバッハではこのような不満を感じることはなかった。個人的な推測だが、打鍵・離 鍵・跳躍などありとあらゆる筋肉動作の速度が遅いのではないか。そのため、演奏表現に制約が生じていることが隠せない。特に両手で交互に打鍵する 速いトレモロが苦手なようで、肝心なところで決まらないのが惜しい。しかし全体としては非常に丁寧に、真摯に弾いていて好感が持てる。どの曲もこ のピアニストの美点である場面転換の表現がうまさが際立ち、構成的な見通しもいい。音符の多いパッセージにおいて、はっきり聞かせるべき音と、ぼ かして鳴らす音をきちんと区別して弾いているため、フレーズが混濁することもない。またセンチメンタルなパッセージの表現に注力していて、「亡き 王女のためのパヴァーヌ」などは感動的ですらある。ただこの曲を始めとして、遅めの曲をより遅いテンポでじっくりと弾くことが多く、少々粘着質で はないかという気もする。とはいうものの、この「じっくり・しっかり演奏表現」がヒューイットの持ち味であり、この人らしいラヴェル全集といえ る。


ロジェ・ムラーロ Roger Muraro 【予想外に生真面目系】

 

<評価>

総合評価

44

 メカニズム

9

 強弱・速度表現

9

 音色表現

8

 演奏解釈

9

 録音状態

9

<データ>

 CD枚数

 2枚組

 レーベル

 Accord

 商品番号

 476 0941 

 録音年

 2003年

 収録曲

 基本曲目+ラ・ヴァルス

 

 マ・メール・ロワ

メカニックがきちんとしている人という印象だったが、「トッカータ」などの連打においてスピードを優先するあまり指先が鍵盤に触れた後が適当と いうか、打鍵の深さをきちんと制御しないので、音質が揃わない箇所がある。「絞首台」など十分にタッチ制御の行き届いている曲では演奏表現が段違 いに奥深いだけにとても惜しい。他に気になる点としては、装飾音(プラルトリラー)を速いタイミングで弾くので、弾き急いでいるように思えること が多い。このときにタッチの速さから鋭く刺激的な音色になるため、その部分だけがフレーズから突出することがあり、違和感をもたらす。ゆっくりと 弾いている箇所もあるので十分に検討してはいるのだろうが、スペイン情緒の表現などを含めて装飾音はもう少しゆっくり弾いたほうが効果的だと思 う。音色変化もよく考えてはいるが、当初予想したよりずっと生真面目に弾いており、この人らしい遊び心を見せてもよかったように思う(たしかにラ ヴェルの曲で自由に遊ばない解釈は正解なのだけれど…)。演奏表現においては、テンポを速めに取ることが多くアゴーギクは極力控えめでありつつ も、繊細でセンチメンタルな歌い方をするしメロウな感覚も随所で聞かれる。デュナーミクは劇的だが完全に制御されていて、曲調の流れに沿っていて 無理がない。以上のように小さな問題点はあるものの、曲想を完全に掌中に納めて弾いているため全体の見通しがよく、非常に聴きやすい演奏になって いる。ショパンの聴き比べをしていたときは「変な弾き方をするピアニストだなあ」と思っていたが、ラヴェルとの相性は良かったようである。なお、 ピアノは高音部をかなりブリリアントな調律にしている。メロウな方向性を重視するには少々刺激的すぎと思う曲もあるが、「夜のガスパール」や「ソ ナチネ」などでは絶妙な効果を上げている。「マ・メール・ロワ」の面白さも特筆される。


ミケランジェロ・カルボナーラ Michelangelo Carbonara 【しなやか系】

 

<評価>

総合評価

44

 メカニズム

8

 強弱・速度表現

7

 音色表現

10

 演奏解釈

10

 録音状態

9

<データ>

 CD枚数

 2枚組

 レーベル

 Brilliant Classics

 商品番号

 9020/1, 2

 録音年

 2008年

 収録曲

 基本曲目+

 

 メヌエット(嬰ハ短調)

完成度の高いメカニズムを出すタイプではない。とても滑らかなアーティキュレーションを駆使して、常にしなやかなフレーズ表現をしている独特の ピアニズムである。このピアニストはビロードのような完璧なレガート・タッチを持っていて、それをラヴェルの音楽に上手に適用するとこういう世界 になる、という感じ。これだけレガートに注力すると打鍵や離鍵が遅くなってベタベタしたニュアンスになりがちなのだが、この人はパッセージの要求 するスピード感とタッチ速度をうまく一致させており、軽やかな速さの表現も非常にうまい。特に音符が多くなったときに、はっきり聞かせる音と、ぼ かして鳴らす音のタッチを微妙に区別して弾いているので、見通しもよい。デュナーミクは当然のように弱音重視で、ピアニッシモ〜メゾピアノあたり の音量において実に幅広い表現を盛り込んでいる。そのためファンタジックな要素を前面に出てくるが、演奏解釈そのものは意外にあっさりしていて、 必要以上にセンチメンタルに歌わないし、アゴーギクも最小限にとどめている。これにより、自分勝手にファンタジーを追求しているわけではなく、作 曲家の手の内の中でピアニストが自分らしさ自由に表現する、という節度が保たれているように思う。ただ、もう少しフォルテの力強さや 輝かしさなどがあってもいいように思う。また、スペイン系のエキゾチズムの表出などは特に弱く、若干の不満は残る。直射日光で描写するコントラス トの強い世界ではなく、反射光や散乱光で描写する印象派の世界というおもむきである。こういった淡い表現を基調とする中で原色のフォルティッシモ が鳴りわたるのはバランス的に問題があり、これはこれで完成されている世界であるように感じる。音楽的な描写力の確かさもポイントで、ファンタ ジックでありながら重要なパッセージは具象的、という戦略は憎らしいくらい上手い演奏設計だと思う。個人的には、こういうしなやか系ピアニズムは 大好きで、お気に入りのCDになっている。


フィリップ・アントルモン Philippe Entremont 【指揮者的な懐深さ】

 

<評価>

総合評価

41

 メカニズム

7

 強弱・速度表現

9

 音色表現

8

 演奏解釈

9

 録音状態

8

<データ>

 CD枚数

 2枚組

 レーベル

 Cascavelle

 商品番号

 Vel 3075

 録音年

 2003/2004年

 収録曲

 「グロテスクなセレナード」を除く基本曲目+

 

 耳で聴く風景、マ・メール・ロワ

すばやい腕の動きが必要な場面で衰えが見られ、非常に惜しい。片手で弾く同音連打は高速だが、跳躍(特に左手が右手の上をオーバーラップして高 音を打鍵する動き)が遅い。そのため、この2つの技術が1つのパッセージで織り交ざるスカルボやトッカータといった曲で流れがギクシャクすること がある。70歳という年齢を考慮すれば無理もないが、もう10年、15年早く録音していてくれれば…という思いもする。ただ後述するように、曲想 把握や懐の深い表現力はこれだけの年月と経験を踏んできた結果とも言える。
演奏解釈上はアゴーギクの余裕というか、懐の深さが印象的。どの曲も自然な息遣いで演奏されていて、性急さや理不尽さを微塵も感じさせない。小品 をあえて小品的にまとめず、スケール大きく表現しているのも面白い。特に初期作品をこれほど堂々とした佇まいで演奏しているピアニストは他にいな い。オーケストラ版のテンポの取り方をピアノ演奏に適用しているような雰囲気がある。「夜のガスパール」などもともとスケールの大きな曲はさらな る広がりを感じさせ、指揮者経験が存分に生かされている。ただ、軽さの欲しい場面でもゴージャスなタッチでしっかり弾いてしまう場合があり、一般 的なラヴェル解釈からは少し乖離していると思える曲もある。注意して聞いているとピアニストの呼吸音が入っているのがわかるが、そのタイミングや 深さがいかにも指揮者的。かなり溜めて「ぅうううう〜ん」という感じに弾き出すことが多い(笑)。そのくせフレージングは重くならない(このあた りはフランス的である)。以上のような要因が独特なピアニズムを形成している。演奏表現においては、デュナーミクの確かさが印象的である。湧き上 がるような生命力を感じさせるクレシェンド、少しの不自然さも感じさせず音量を絞っていくディミヌエンドはいずれも絶品である。音量の振れ幅も十 分に大きく、オーケストラ的なスケール感の表出に一役かっている。
ピアニストの呼吸音もそうだが、譜めくりの音や鍵盤に指をぶつけたような音など録音時のノイズが盛大に入っているが、聴く上ではほとんど障害にな らない。ピアニストに正対する形でピアノのすぐ近くにマイクをセッティングしたようで、左側に高音、右側に低音が定位するようになっている。


アルトゥール・ピッツァーロ Artur Pizarro 【ボッタクリ系】

 

<評価>

総合評価

35

 メカニズム

7

 強弱・速度表現

6

 音色表現

7

 演奏解釈

6

 録音状態

9

<データ>

 CD枚数

 1枚×2

 レーベル

 Linn

 商品番号

 CKD290/315

 録音年

 2008年

 収録曲

 基本曲目のみ

 

 

リズミカルな面の表現やアーティキュレーションが甘くてお話にならない。付点音符の跳ね方、伸ばす音と切る音の区別など、弾き方というか、弾く 以前の検討が甘いかんじがする。フレーズの終わりの音をなんとなく弾いているところが多いのが致命的で、中途半端な離鍵のオンパレードで、締まり のなさしか印象に残らない。ペダルも多く、普通の人は踏まないところも漫然とダラダラ踏んでしまうため、いっそうアーティキュレーションは甘くな るし、響きも混濁してしまう。メカニズムは弱いというか、脱力しきって鍵盤を撫でるように弾いている雰囲気があり、柔らかい弱音はとても美しいの だが、ウナコルダを踏みっぱなしだし、9割くらいがピアニッシモ〜ピアノなので、さすがに飽きる。おそらくあまり余裕のない中で録音を急いだと思 われ、全体に掘り下げ不足というか、「初見で弾いてます」というような稚拙さがあちこちに見える。そうかと思えば、突然内声や変な構成音を強調し てバランスを崩す。また弾きにくいところは微妙に楽譜を改変していて、明らかにオリジナルにはないリズム割りで弾いている場面もあり、どうかと思 う。
全体としては上記のごとく弱音を基調にしたマッタリ系の演奏で、いろいろ問題はあるもののエコー感のあるピアノの音像などはとても美しいし、あま り攻め込まない演奏解釈がBGM的で聴きやすいともいえる。特に、遅いテンポの曲においては距離感の異なる音色の使い分けるなど、演奏者の美意識 が存分に発揮されており、説得力が高い。また、滑らかなタッチの弱音を使いこなせるため、水もの系の曲とは非常に親和性が高い。これだけの音楽的 才能を持っているのに、やっつけ仕事的な録音になってしまうとは非常に惜しい。
なお、このCDはエムプラスが輸入しているのだが、ぼったくりといってよい価格で、どの店頭でも売れ残っていたのが印象的。クラシック界は世界が 狭く、こういうおかしなビジネスをしていると叩かれるので猛省を促したい意味もこめ、ボッタクリ系という評価にした。


ミヒャエル・エンドレス Michael Endres 【中途半端系】

 

<評価>

総合評価

42

 メカニズム

9

 強弱・速度表現

8

 音色表現

9

 演奏解釈

8

 録音状態

8

<データ>

 CD枚数

2枚組

 レーベル

 OEHMS Classics

 商品番号

 OC307

 録音年

 

 収録曲

 基本曲目+前奏曲

 

 

ドイツ音大の先生。しつこいくらいネチネチいろいろやらかす人。なまじテクニックがあるのでいろいろやりたいんだろうけど、例によって左手が右 手の上を交差して飛ぶパッセージが苦手なようで、そういう箇所になると減速するので惜しい。デュナーミク面では突然叩きつけるようなフォルテを鳴 らすなど、曲の造形を保てないほど特異な表現が多くどうかと思う。でもガッツリきてほしい場面ではドカーンとフォルテを弾いてくれるので、フォル テが弱く欲求不満になりがちな人と比較すると、カタルシスが得られると思う。あと弱音では大部分がウナコルダ踏みっぱなしになってしまうのは少し 気になる。ウナコルダ踏んでも旋律を立たせるのはすごいですが(一瞬だけウナコルダを解除している)。たぶんフランソワとかそういう系統のピアニ ストが好きで好きで、古臭い技を使ったのだと思う。テンポの遅い曲はびっくりするくらい好き放題、いろんな歌い回しをやっている。あとワルツはい いのですが、メヌエット関係のリズムが平坦で違和感があります。この人は本来モーツァルトの専門家でメヌエットはお手の物のはずですが・・・。全 体としては個性的なロマンティシズムやリリシズムがあって美しい解釈だと思いますが、ついていけない人もいそう。ちょっと地味目の音質なのが惜し いが、ピアノの音色変化はよくわかるし、この解釈についていけるならおすすめです。


ジャック・フェブリエ Jacques Fevrier 【惜しい系】

JacquesFevrier 

<評価>

総合評価

42

 メカニズム

7

 強弱・速度表現

8

 音色表現

8

 演奏解釈

8

 録音状態

6

<データ>

 CD枚数

2枚組

 レーベル

 Accord

 商品番号

 

 録音年

 

 収録曲

 グロテスクなセレナードをのぞく基本曲目
 +マ・メール・ロワ、挿絵(5手ピアノ)

 

 

メカニズムはかなり弱く、テクニカルな曲では危なっかしい箇所が散見される。特に跳躍や和音連打など、すばやい腕の動作が必要とされる場面が苦 手なようで、そういうパッセージになると急にテンポが落ちたり、重くなるのが惜しい。また、タッチの深さ制御が行き届かない曲がある。おそらくは ピアノの調整がシビアで、ちょっとしたタッチ変化にも鋭敏に反映しすぎるのが原因と思われるが、スカルボなどの同音連打系でところどころ音抜けし たり、トッカータの和音が揃わないという状況は、近年の完成度の高い録音を聞きなれてしまった耳にはイライラする。フォルテになるといっそうタッ チが揃わないし音色も荒れ気味。ただし弱音系は素晴らしく、モヤモヤっとした漂うような音響効果をうまく使っている。
演奏表現はバランスがよい。アーティキュレーションがはっきりしているけれど、厳しすぎない。やや感傷的ともいえる歌い方をするけれど、ずるずる と引きずらないので女々しくない。全体としては繊細なニュアンスでまとめつつ、主張はきちんと盛り込むタイプ。メカニックの弱さは仕方ないとして も、ラヴェルを弾くセンスとしては非常によい方向性と思うので、もう少し丁寧に(怪しい箇所を録音しなおして差し替えるなど)制作されていれば評 価がアップするのに。惜しい。残響の少ないドライな録音で、フォルテになると音が割れたり歪むため不快感が残る。前述のように、ピアノの音色設定 がシビアなことも影響していると思われる。5手のためのピアノ曲「挿絵」が収録されているのは珍しい。


ジョン・ダンガード John Damgaard 【ストイック系】

 John Damgaard

<評価>

総合評価

42

 メカニズム

9

 強弱・速度表現

8

 音色表現

8

 演奏解釈

9

 録音状態

8

<データ>

 CD枚数

2枚組

 レーベル

 Scanjinavian Classics

 商品番号

 OC307

 録音年

 

 収録曲

 基本曲目+前奏曲イ短調

 

 

基本テクニックというか、メカニズムが高いレベルの人。あと、音数の多いところでパッセージのデュナーミクの作り方がうまい。うねるような高速 奏法は、かなり快感。ソナチネなども1・2楽章は控えめに弾いておいて3楽章でパッと花開く、みたいな解釈になっていて、とてもいいと思う。た だ、この人も弱音でウナコルダ踏みっぱなし傾向があって、音色が引っ込みすぎ。「もうちょっとちゃんと鳴らしてくれよう」と思う箇所がいっぱいあ る。そのくせフォルテは非常に充実した音が出ていて、弱音ばかり重視しているわけではないらしい。アゴーギク面では、あまり粘らないのが基調で、 ストイックな雰囲気を作り出すのに貢献している。こんな感じの人なので、全体としては曲想による表現の違いがはっきりしていて聴きやすく、わかり やすい演奏になっている。もう少しテンポや歌い方を動かして、官能性や毒を盛り込んでくれるとさらに良かった。最近は精緻に、綺麗に弾くピアニス トが多く、この人もそういう流れに入っていると思う。


フランソワ・デュモン  Francios Dumont 【ロルティ超え1】

 Dumont

<評価>

総合評価

50+

 メカニズム

10

 強弱・速度表現

10

 音色表現

10

 演奏解釈

10+

 録音状態

10





<データ>

 CD枚数

2枚組

 レーベル

 Piano Classics

 商品番号

 PCLD0055

 録音年

 2012年

 収録曲

 基本曲目+前奏曲、
 ラ・ヴァルス、パレード、
 メヌエット嬰ハ短調

 

 


ラヴェルのピアノ曲全集は、ルイ・ロルティのものが最高。自分もそう思っていた時期がありました。しかし、ついにそのロルティ盤を超える録音が登場しました。 あまりにも素晴らしくて、この感動を どのようにして伝えればいいのか困っています。そんなCDです。(笑)
メカニカルな技術面ではこの人が最高で、トッカータはおそらく最高速だろうとか、そういうことはどうでもよく、やはり魅力は演奏表現にあると思います。楽 曲の掘り下げが深く、しかもとても的確だと感じました。それは、本人が書いたライナーノート「Versatility, complexity and sentiment in Ravel's piano music」(ラヴェルのピアノ曲における、多様性と、複雑性と、情感について」を読めば一目瞭然です。ラヴェルの音楽は表面的な作りが完璧なので、どう してもその部分の美しさを論じがちですが、デュモンは一歩踏み込んだ部分で演奏解釈をしています。それは、20世紀後半〜21世紀のクラシック演奏におい ては、必要不可欠なことではないかと思います。この人の演奏表現は、とにかく多彩です。多様性に富んだ楽曲のキャラクターを、見事に弾き分けます。複雑な 構成も、すっきりとした形で聞かせます。そして何より、感情表現の部分が優れています。
オズボーン盤との違いは、デュモンの方が、ほんの少しセクシャルな色っぽさが見られる曲があるということだと思っています。この色合いがとても魅力的で、 演奏表現得点10+のプラスになった部分です。大曲は当然素晴らしいんですが、小品の演奏が憎らしいくらい上手いのです。


スティーブン・オズボーン  Steven Osborne 【ロルティ超え2】

 StevenOsborne

<評価>

総合評価

50

 メカニズム

10

 強弱・速度表現

10

 音色表現

10

 演奏解釈

10

 録音状態

10



<データ>

 CD枚数

2枚組

 レーベル

 Hyperion

 商品番号

 CDA67731/2

 録音年

 2010年

 収録曲

 基本曲目+前奏曲、
 ラ・ヴァルス、メヌエット嬰ハ短調

 

 


このCDも、ロルティ盤を超えるレベルにあると思える、数少ない録音です。どの点でロルティを超えたかというと、それは演奏表現の部分です。とにかく自分 の好みにバッチリ合っている理想的な演奏で、そのうえでいままでラヴェル関連のCDで味わったことがない新鮮な感動が得られたことが、評価爆上げの要因で す。また曲順がよいです。1枚目はガスパールから始まって、ソナチネ、幻影または鏡、と内面を掘り下げた後に、ラ・ヴァルスで華々しく締める。2枚目は クープラン様式の追悼曲で始まって、小品をさまざま聞かせてから、高雅で感傷的なワルツで締める。といった具合。
ピアノ演奏技術的には文句のつけようがありません。1音たりともおろそかにしないのがモットーと思われる、異常なまでに精度の高い演奏です。一寸の隙もあ りません。こういう傾向のピアニズムは、ともすればガチガチの硬い演奏になりそうなものですが、そうならないのがすごいと思います。
演奏表現面では、まず楽曲分析が抜きんでていて、それをもとにアゴーギク、デュナーミクやリズムの扱い、アーティキュレーションを徹底的に磨き上げている 感があります。オンディーヌの嘆き悲しみ、絞首台を取り巻く絶望的な孤独、道化師の悲哀、メヌエットやワルツは舞曲として表現しつつ曲による個性の弾き分 けができている、などなど高評価ポイントを列挙しだすときりがないです。全体としては精細で繊細な演奏で、消え入るように終わる曲の余韻がいいです。しか し一方ではfffは大爆発というか、来てほしいと思うところではしっかりとピアノを鳴らし切ってくれます。フォルテで終わる曲はどれも完全燃焼で、爽快感 ばっちりです。道化師、ソナチネ、トッカータ、ラ・ヴァルスなどの終わり方は、とても感動しました。大音量を出せる人は大勢いますが、胸が熱くなるような フォルテを弾く人は、なかなかいないです。
私はラヴェルのことが大好きで、おこがましい言い方ですが、オズボーンの演奏も自分と同質の作曲者に対する深い想いが伝わってくるように思えます。先に 「自分の好みに合っている」と書きましたが、自分がラヴェル楽曲分析で積み重ねてきた演奏解釈が、具現化されている録音だとも感じています。休符や間の取 り方までドンピシャなので、勝手に「このピアニストはきっと自分と同じことを考えているに違いない!」とか思ってます(笑)




ベルトラン・シャマユ  Bertrand Chamayou

 

<評価>

総合評価

49

 メカニズム

10

 強弱・速度表現

10

 音色表現

10

 演奏解釈

9

 録音状態

10



<データ>

 CD枚数

2枚組

 レーベル

 ERATO

 商品番号

 CDA67731/2

 録音年

 2015年

 収録曲

 基本曲目+メヌエット嬰ハ短調、
 カーディッシュ(ジロティ編)、
 ラヴェル風に(シャマユ作)

 

 


タッチの精度が異常なレベルで、どんなに速いフレーズでも音色・音量が完璧にコントロールされ、極めて洗練されたピアニズムが聞けるCDです。またペダリング がものすごくうまく、ノンペダルで極めてドライ聞かせたかと思うと、繰り返し時には少しだけ踏んで色合いを変えたり、響きを溶かすように深く踏んだり、とても バリエーションが豊かです。とにかくテクニック面では図抜けていると感じました。
演奏解釈面では、最低音の強調などエキセントリックなことをやっているものの、それが主観的な表現とは感じられないのが面白いと思いました。なので冷徹な印象 になりそうだと思って聞いていたのですが、そうではなくて透徹・達観というかんじで、一歩引いた目線を貫いていると思いました。ただ、どうかす ると表現に内的必然性があまり感じられないようにも思えたり、BGM的に聞こえる曲もあります。初期の曲では表現の意識が明確が明確に伝わってくるので、何を やりたいのかがよくわかります。古風なメヌエットの洒脱さ、グロテスクなセレナードでの踊りだすようなスペイン情緒あふれるリズム表現、水の戯れの精密さなど は特筆されます。その反面、道化師の朝の歌ではスペインの雰囲気は抑制されます。セクシャルな表現もまったくといっていいほど感じられず、デュモンとは好対照 の録音だと思います。
なお1枚目の最後(「高雅で感傷的なワルツ」の次)にシャマユのオリジナル曲が入っています。ラヴェルが好んだ2度のぶつかりが多用された曲です。


<改訂履歴>
2009/04/25 モニク・アース、アンジェラ・ヒューイット
2009/05/17 ロジェ・ムラーロ、ミケランジェロ・カルボナーラ
2011/01/29 アルトゥーロ・ピッツァーロ
2011/09/06 ミヒャエル・エンドレス
2011/09/11 ジョン・ダンガード、ジャック・フェブリエ
2015/05/24 フランソワ・デュモン、スティーブン・オズボーン
2019/09/21 シャマユ

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