◆ 進化的精神医学 ─ 抑うつは適応か? ◆
Darwinian psychiatry and is depression an adaptation ?
Randolf M. Nesse 講演

HBESJ 主催, 東大駒場, 2000/10/04
ミシガン大学教授ランドルフ・ネッシィ教授による講演。 「Why We Get Sick: The New Science of Darwinian Medicine」(1994) という進化医学の著書があり、専門は精神医学。 以下は講演内容と MINEW の解釈・コメントが混じったもの。



初めに進化論の視点を取り入れた医学(Darwinian Medicine)の概要を話した後、 Depression の話題へ。
抑うつ Depressoin、簡単に言うと「落ち込み」や「憂うつ」「ブルーな気分」 のことだが、これらは人間誰でも経験する感情である。感情だって進化的に 発達してきたもの。それはどういう進化的意味があって備わってきたものか?
ネッシィ氏の説明では、憂うつは「何かを諦めるための感情だ」ということ。
例えば大学を受験して何度も志望校に落ちた場合、「落ち込む」ことによって、 志望校のランクを落とそうとか、大学受験を諦めよう、と方針転換をする。 あるいは、好きな異性にアタックして何回もふられると、もうあの人はやめよう。 と諦める。
もし、諦める、方針転換するという行動が無ければ、望みの無い対象に対して いつまでも資源を投資しつづけることになり、それは「報われない」 つまり無駄。 進化的には、生き残れなかったり、子孫を残せなかったりすることになる。 そういう事態を避けることのできる、投資に対する見込がなさそうな時には 「落ち込む」という感情が沸き起こる個体が生き残り続いてきたのだ。 という説明。なるほど、確かにそうかもしれない。
そして、憂うつは、そういう必要があって身についたものなのだから、 単に異常なもの、治療するべきものと決めつけるのではなく、 まずは正常な心理反応であるという視点をもって取り組むべきである。 と続く。これは進化医学におけるネッシィ氏の一貫した主張である。

「落ち込みが激しいと、絶望し、自殺したり他人を傷つけたりする場合があるが、 それにも何か進化的意味があるのでしょうか?」という質問には、 「通常の落ち込みと、深刻なものとは別に考えるべきだ。 深刻な落ち込みには進化的意味があるとは思えない。」という答えだった。
現代社会で深刻な抑うつになる人が多く、問題となってきているのは、 昔には無かった、人を落ち込ませるさまざまな要因があるせいで、 それによって人は憂鬱な気分になりがちなのではないだろうか。 例えば、TVには世界のトップスポーツ選手が当たり前のように 映し出されているが、それを見て「世界一のプロスポーツ選手になりたい」 なんて夢を抱いても、それを実現できるのはほんのひとにぎりである。 映画やTVには世界の美人女優が出演しているので、それくらいの美女を 妻にしたいと夢見ても、ほとんどの人は出合うことすらできない。 叶え難い夢が、当たり前のようにばらまかれている。マスメディアの弊害か。 これは一例にすぎない。社会構造や、化学物質や、人間関係や、いろいろな、 いろいろな要因が考えられ、それらは今のところ明らかではない。
とにかく、自殺は遺伝的に継続されていかないと思われるので、 文化的な要因が大きいだろう。


参考記事:人はなぜ病気になるのか / 日経サイエンス 1999年2月号
Randolph M. Nesse URL: http://www-personal.umich.edu/~nesse/


2000/10/13 T.Minewaki

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