橋爪 健郎(鹿児島市)
■ はじめに
デンマークには風力エネルギーを利用する伝統があり、はじめは機械エネルギーとして今世紀はじめより発電用がつくられた。70年半ばの石油危機により急速顕著な発 展が始まり発電用風車発電として実用化され大型化した。特に工業国として知られているわけでもないデンマークで民衆運動として風車発電がなぜ取り組まれ育ったのかを知ることは、我々が循環エネルギーをいかにして発展させるかという重要な示唆を与える。
1960年代末から70年代は世界的にヴェトナム反戦運動、学園紛争に始まり女性解放 、反開発の地域闘争、エコロジー運動等々今日の環境問題を焦点化した市民運動の前 史であり、今日の世界的な経済破綻として顕在化した産業化社会の行き詰りを予見した時代であった。それらに共通する一断面は「中央集権から地域分散へ」である。
「保守か革新」あるいは「右か左」かという社会体制の問題ではなくその構造が問われ始めたのである。分散型でクリーンなエネルギーの典型ともいえるデンマークの風車発電の発展の歴史においてその技術面のみを見たのでは理解は困難であり、社会的歴史的背景をふまえた民衆運動史的考察こそがより本質的理解につながることに気づくであろう。
■ 民衆運動としての風車発電建設
1)フォルケセンター
過去10年、世界のエネルギー源で最も伸びが大きいのが風力エネルギーである。 その風力エネルギー活用で世界をリードしたデンマークを論ずる時その晋及の中心となったフォルケセンター抜きには語れない。創始者のプレーベン・メゴール氏は1980 年代当時の国の原発推進政策を批判して「政府が60万kWの原発一基つくりたいという なら我々はかつてデンマークに存在したという風車の数と同じ3万台の風車発電をつくろう。一台20kwとすれば原発と同じになるではないか。政治家はそんなことは出来っこないと言うかも知れないが、それをやって民衆の力を思い知らせてやろう」と1983年反権力の土壌の強い北西ユトランドにフォルケセンターを創始し町工場の職人ともに風車発電の製作を始めた。
フォルケセンター所長プレーベン・メゴール
(最近新エネルギー財団などから日本に招待講演が多いが
彼を最初に呼んだのは当協会である)
2)技術の開放性
歴史的に新技術の起源はアマチュアの創意工夫から発する場合が多いが、それを受け入れる社会的土壌が存在することが育つ条件であろう。デンマークの場合、19世紀半ばグルントヴィに始まるデンマーク民衆の自己教育システムであるフォルケホイスコーレ運動が民衆の利益をまもり、文化を育てる 社会的土壌をつくっている。
そしてフォルケホイスコーレ中興の祖ともいわれ風車発 電の研究家であり普及活動家でもあったポール・ラクール。そうした伝統なしに民衆の技術としての今日の風車発電は考えられない。
例えばデンマーク社会では民衆が自主的にやることに国が援助しなければならない。フォルケセンターはまさに現代の風車発電フォルケホイスコーレである。開発に伴うノウハウは全て公開され、素人でも 町丁場でも作れるような設計図を安価で手にいれられた。80年代の初期には50KWの風車が、ついで150KW、80年代の終わりには250KW、計200のタイプを開発、中小のメーカーが製品化普及させた。ついで525KW風車が、最近は1000kwクラスまで実用化され ている。今日フォルケセンターはデンマーク国内の活動にとどまらず、ヨーロッパひいては世界的な循環エネルギー開発のセンターとして発展し、風車発電はもとより太 陽熱利用、バイオガス、エネルギーボックスなどの総合的な研究開発の中心であることは知られるとおりである。
3)民衆の技術・失敗した国家プロジェクト
一方において国家プロジェクトであるアメリカやドイツの巨大風車開発の試みは全て失敗に帰し解体撤去されている。風車発電は不可能であるという実証試験を国家予算でやったようなものである.デンマークも政府サイドのECの援助で2000KWの大風 車発電所を建設したが解体撤去こそ免れているものの稼動率は予想より悪いという。新しい技術は巨大で多額な費用をかければ育つというものではないことが風車発電では実証されたのである。
民衆によってつくられた風車は民衆のために役にたつ。1980年、kwhあたり1 クローネであったのが1988年、0.3-0.4クローネに、1990年代0.2-0.3クローネと石炭火力とほぼ同程度に下がってきた。個人所有の風車発電は売電により数年でもとがとれ、資産家としての投資の対象としても魅力的なものとなりえた。
だが 投資家にとっての単なる投資の対象にはできない仕組みになつている。創生期である 風車発電をめぐる諸制度は恒常的なものではないが、80年代、風車を個人で持てるのは敷地内に立てられる農家に限られており、個人が持つ場合、風車から10km以内に住んでいなければならないとされた。風車で賄えるのは基本的に自分の使う電気だけとなっている.例えば150kwの風車で50から100世帯分の電気を賄うことができるが、協同で所有するという協同組合の形態をとらなければならない。もちろん電気が使いきれず余れば電力会社に売電することにより収入とすることができる。デンマーク社会を理解するキーワードの一つはANDELS(協同)というが社会の仕組みとマッチしているわけである。
デンマークの税制は所得格差を少なくすることにつながり、社会的上下の階層を大きくしないことにもつながっているが、風車発電の所有形態一つをとっても平等で民主的な社会を守ろうとする民衆の創意をうかがうことができる。もちろん個人所有風車への投資家の参入で電力独占が破られることを嫌う電力会社の有形無形の圧力も働いているので単純に考えるわけにはいかない。
年々風車発電の規模は技術革新と共に大型化していくが無前提に風車の規模が大きくすることが進められているわけではない。フォルケセンターではECの援助による 525kw風車の開発に際しては議論がでた。こういうのをつくっても個人か協同で持つには大きすぎ、電力会社しか買い手はない。国の方針や営利のみで動く会社の考えはどう変わるかわからない。もし買い手がなけば「親(利用者)のない子供を生むようなものでないか」という意見もある。