六国峠ハイキングコース

2016年5月15日、グリーンウッド夫妻は五月晴れの下、六国峠ハイキングコースにでかけた。新逗子から金沢文庫駅に行き、そこから歩き出して鎌倉の天 園に至る山道である。半島歩きの最終日のコースの予備調査を兼ねてでかけた氷取沢町小川アメニティーまで歩いた。その後はバスでJR磯子駅にでた。ルートは下図の通り。+で拡大して見 ること ができる。

歩いた距離は3.5km。

金沢文庫駅西口から六国峠ハイキングコース入口に向かう。浅間神社のある尾根には登らず、しばらく住宅地を北に向かう。入口には六国峠ハイキングコースの 標識があった。中国語とハングルも併記。能見堂跡〜大丸山〜鎌倉天園方面とある。尾根の取っ付きの急な階段を上ると鎌倉によくある切通のようなみちであるが、やがて尾根道となる。



登り道

能見堂跡には「金沢八景根元地」という古い石碑があった。江戸時代に書かれた能見堂縁起では藤原道長が結んだ草庵が始まりという。ここは交通の要衝で多く の人が訪れた。眺望がすばらしかったので中国の瀟湘八景にちなんで金沢八景と呼ばれた。金沢八景が「能く見える」という意味から名付けられたという。徳川 家康もこの景色を江戸城に描かせ ているという。



能見堂から見た金沢八景の地図

ここに一枚の古い地図が表示してある。北を下にして能見堂から南の瀬戸の内海を見下ろす地図だ。現在の平潟湾は野島公園の奥に小さく残っているだけだが、 江戸時 代は3倍も大きな入り江だった。今の平潟湾の奥にある琵琶島神社と瀬戸橋はオリジナルな場所にかろうじて残っている。称名寺や金沢文庫からは野島にむけて 大きな岬が突き出ていてその途中が分岐してもう一つの短い岬が突き出ていてその先端は洲崎であった。この洲崎から瀬戸橋がかかっており、平潟湾とさらに奥 の「内川入江」ないし「瀬戸の内 海」を区切っていた。寛永年間にこの内川入江は干拓で失われ、現在の金沢区役所や泥亀町、横浜市立大学、東急車両製造となっている。能見堂からみた「金沢 八景」がすばらしかっただろうことはここにきて初めて実感できる。

能見堂後でおにぎりの昼食。

更に進むと右手に不動池がある。急坂を下って、池を楽しみ再度坂を登っていくつかのトンネルの上を横断してついに鎌倉天園への分岐点に至る。ここで右折す るが能見台2丁目には入らず手前に踏み固め道をさせつして下るとやがて氷取り沢ゴルフ練習場の先に出る。練習場からさらに下り、大岡川を渡る。ここはかって氷取沢町小川アメニティーに来たところだ。磯子台パークハイ ツから路線バスで磯子に出る。これは1時間に1本だが上大岡行のバスは10分に1本ある。

May 15, 2016


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