鎌倉プロバスクラブ卓話

裁判員制度について

弁護士 塚越敏夫

2009/2/10

鎌倉プリンスホテル

当クラブ所属の刑事裁判の弁護を専門とされる大先輩の大崎さんを前にして民事を専門とする若輩の私がお話しするのは非常に苦しいものがあります。もし間違っていたら黙って見逃してください。

さて日本にも戦前には刑事訴訟法に英米法にならった陪審員制度がありました。被告人は専門家の職業裁判官と陪審員とどちらかを選ぶ権利がありました。ところが被告人全員が職業裁判官を選んだため、廃止されてしまいました。

フランスやドイツなど大陸法の国には陪審員制度はありませんでしたが、現在ではアメリカ、イギリス、フランス、ドイツ、イタリアなどの欧米諸国では国民が裁判に参加する制度が一般となっております。

というわけでわが国でもおくればせながら採用されて今年から実施されます。70才以上の高齢者は辞退できます。しかし折角の制度ですから是非辞退しないでいただきたいと思ってこのような講演をしているのです。

刑事訴訟というものがどんなもので裁判員はどのような点に着目して判断すべきなのかどうか、実例をあげて説明するのが理解しやすいでしょう。しかし実例は秘匿義務のため使えません。そこで作家松本清張の「渡された場面」という名作をテキストとして使います。この小説は強盗強姦殺人事件で極めて重大な犯罪で法定刑は、死刑または無期懲役という凶悪犯罪です。

松本清張は友人などに手を回したのでしょう。裁判に提出される書類を列挙してその内容を詳細に記しています。具体的には事件発見通報者聴取書、実況見分調書、検証調書、屍体解剖報告書、鑑定書、証人事情聴取書、証拠物件押収目録、捜査報告書、逮捕状、司法警察員に対する供述調書、検察官に対する供述調書、起訴状など、裁判員が読み聞くことになる一連の捜査記録すべてです。

裁判員となったらこれらをどう判断すべきかを被告人弁護人成瀬一夫の弁論要旨を通じて教えてくれています。成瀬一夫は実在の人物ではありませんが、これを読むと一流の弁護人だと思います。私など足元にも及びません。弁護人としてはつぎのような2点に注目して弁護しております。

@被疑者、被告人が捜査段階での「自白」を公判廷で翻すことがある。このときどのような点に注意すべきか?

A被疑者、被告人も捜査段階での供述で大きな変遷、変更があったとき、いかなる点に注意すべきか?何ゆえ変わったかを、他の資料とつき合わせて考える必要があるか?

刑事訴訟法の基本理念は戦後、新憲法の基本的人権の擁護の理念に基づいて大きく変わりました。リストアップするとまず

@当事者主義訴訟観の採用です。具体的には

i 黙秘権の付与です。供述書はかならず「本職はあらかじめ供述を拒むことができる旨を告げて取り調べしたところ、任意左の通り供述した」と始まります。ここは刑事がまちがわないように印刷されているのです。被告人が供述調書に同意すたときは左手のヒト指し指で母印を押します。

ii 江戸時代のお白洲に座らせられた取調べの対象から民事事件とおなじように対等な当事者へかわりました。弁護人の役割は被告人が対等な当事者になるよう支援することです。

iii 自白のみで刑罰を科せられないためにー黙秘権保障の担保がされているのです。これがないと拷問に流れがちとなります。

A戦後は起訴状一本主義といわれ、裁判官・裁判員が予断をもつことを排除するために法廷に入る前に裁判官が事前に予習できるのは原則として簡単な起訴状だけです。裁判が始まっても沢山ある捜査記録のうち裁判官・裁判員が読めるのもは弁護人が同意したものだけとなります。ただ不同意文書を裁判官・裁判員に読ませたい検事は冒頭陳述の後、証人尋問を要求できます。そこで初めて裁判官・裁判員はそれを知るわけです。

B伝聞証拠の原則禁止ー反対尋問権の保障

C三浦事件で有名になった一時不再理

D刑法に条文はありませんが「疑わしきは、被告人の利益に」という考えがあります。

裁判員制度は国民主権を行使する制度として重要です。今後幾多の問題が待ち受けているでしょうが、なんとか成功させたい制度です。

判事は違憲判定もできる大きな権限を持っています。これはロシア皇太子ニコライが琵琶湖訪問時、護衛の警官に襲撃された大津事件の時、政府の圧力にもかかわらず司法権の独立を守りぬいた大審院長児島惟謙の功績です。

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February 13, 2009

Rev. June 3, 2009


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