鎌倉プロバスクラブ卓話

おいしい味の意味

味の素ライフサイエンスラボ上席理事鳥居邦夫

2009/4/8

鎌倉プリンスホテル

人類は長いこと飢餓に耐えて生き残るように進化してきました。このように飢餓に耐えるように進化した我々の体は飽食の時代に至り、変調を来たして、肥満が問題になってきました。我々の食物の主成分はタンパク質とデンプンです。デンプンはほとんどブドウ糖ですから単純です。一方タンパク質は20種類のアミノ酸で構成されています。それぞれのアミノ酸は平均すると5%になるのですが、植物でも動物でも例外なくグルタミン酸が抜きん出てて多く存在しております。味の素が小麦粉からグルタミン酸を抽出して工業化に成功したのもここに理由があります。

酵素は摂氏40度で最も活性が高くなりますので、食物の保存中にタンパク質はアミノ酸に分解されます。これを煮ると水分が細胞の中に入りこみ、細胞膜が破れると、アミノ酸が水に溶け出します。これがスープであり、ダシです。細胞の核にある核酸であるイノシン酸も同様であります。しかし一番多いのはグルタミン酸です、昆布ダシはすこし変わっていてアスパラギン酸とグルタミン酸しか入っていないという独特のものです。これにカツブシを加えてとる一番ダシにはイノシン酸が加わります。シイタケもイノシン酸が多い。平安時代に京の公家達が北の領地の昆布と南のカツブシを混ぜて作り上げたダシ文化を地方任官のときにもって行き、全国に広める役をになったのです。

米大陸から西洋にもたらされたトマトにもグルタミン酸が多く、西洋料理のベースになっている理由はここにあります。特に赤いトマトにグルタミン酸が多くなります。味の素が海外に作った味の素の工場で唯一つぶれたのがイタリアであったのは理由があるわけです。プロシュートにも無論グルタミン酸は入っていますが特に多いわけではありません。程よく各種アミノ酸が入っています。しかし熟成の過程を追うとグルタミン酸だけが次第に増えております。職人の出荷判断の指標になっているようです。チーズの熟成過程も同じくグルタミン酸が指標になっております。

我々がおいしいと判断するのは記憶に残っている前回の味と比べて同じならおいしいと感ずるのです。

我々の体のエネルギーの元はグルコースですので、エネルギーが不足すると甘いものがほしくなります。動物も同じで甘い物がすき。酢味は腐敗したものや未熟の果物を意味しますから普通の動物は口にしません。塩味は生物が発生したジュラ紀の海水の濃度が0.9%でしたので、地球上の全ての動物の体液は同じ濃度を維持しております。ですから我々の血液の塩分濃度を維持するために食塩がほしくなります。苦いものには毒性がありますので動物は食べません。酢味とか苦味はトレーニングの結果食べられるようになるのです。旨みはタンパク質があるということを意味していますのでタンパク質を含む細胞を食べるための指標になるのです。食材を調べるとグルタミン酸が多いものを我々が選んでいるということがわかります。

羊水の中にグルタミン酸が多いため、母親のお腹のなかにいる時からこの味に親しんでいるわけです。母乳にもグルタミン酸が多いのです。世界中でどこでも乳牛は子牛が生まれてから2ヶ月はミルクを市場に出荷しません。このため我々はグルタミン酸濃度が低下した牛乳しか飲んだことはないのです。このため欧米人は牛乳を多量に摂取して育ちますので、グルタミン酸にたいし感受性が低いのです。母親が砂糖と間違えて多量の塩を牛乳に混ぜて与えて赤子を殺してしまった事件がありましたが、赤ん坊は生まれて100日間は塩味を感じませんので平気で水と思い致死量の塩分を摂取してしまうのです。砂糖は無論旨いと感じます。そしてグルタミン酸も旨いと感ずるのです。それは羊水で刷り込まれているからです。

我々の体の中のアミノ酸の濃度は一定に維持されています。これは遺伝子の指令ですぐに必要なたんぱく質を合成出来るようにしているためです。しかし脳にはアミノ酸は入り込まないようになっています。入れるのはグルコースと酸素だけです。頭の回転が遅くなったら飴をなめるのが一番です。

健康なときは体液のアミノ酸の濃度は一定です。しょっぱいものがほしくなるときはタンパク質が不足するときです。グルタミン酸がないと旨みを感じなくなります。グアニル酸は旨みを増幅します。

旨みを感ずると唾液が分泌されます。そしてすい臓や小腸はグルタミン酸に反応して活発化します。肝臓は影響をうけません。パブロフの犬はグルタミン酸に感応して胃液すなわちペプチンとpH=2.56の塩酸の分泌を盛んにします。胃の胃酸分泌刺激ホルモンであるガストリンが分泌されるからです。脳腸連携の研究結果から免疫力の増加も観察されています。核酸を加えると更に活発化します。胃にはグルタミン酸を検知する受容体があります。この受容体がグルタミン酸を感じて情報伝達物質であるセロトニンを介してこれを脳と全身に伝達するのは迷走神経です。グルタミン酸以外のアミノ酸や糖には全く反応しないことがわかりました。したがって食べた食物のなかにグルタミン酸が含まれていないと脳は消化酵素を分泌せよという指令を出し損ねてしまいます。

グルタミン酸がなくても胃が物理的に膨らめば食べたという情報は脳に伝わります。グルタミン酸に対する感度の低い米国人がコカコーラなどの炭酸飲料を飲んだりジャガイモのチップで胃を膨らませているのはそういうわけです。しかし炭酸飲料には多量の糖分が含まれているため、肥満になるのです。日本ではグルタミン酸の多い味噌汁で満腹感を得ているのです。

グルタミン酸が情報伝達物質として使われる働きはすい臓でインシュリンを分泌するラーゲルハンス島という器官でみつかっております。消化酵素と一緒にグルタミン酸も分泌して更に消化酵素を分泌するように刺激を与えるという機能です。高齢者はこのグルタミン酸合成能力が低下するため消化器系の障害が生じます。このような時はサプリメントとしておいしいスープを飲むことで改善されます。

グルタミン酸があればタンパク質の分解も促進されて早くアミノ酸が門脈に達します。大腸が荒れて下痢している患者にグリシンとグルタミン酸を投与すると下痢が止まります。またグルタミン酸を摂取すると体温が上昇します。

ネズミを2つのグループに分け、一方のネズミにグルタミンン酸の多い餌を与え。他方には少ない餌を与えますとと少ない餌のネズミが肥満体になるのに多いネズミはより多いカロリーを摂取しているのにスリムです。
MRIで調べますと胃にグルタミン酸を投与するとすぐ脳にその情報が伝わるのが見えます。迷走神経を切ると脳には伝わりません。糖の場合はすぐ脳にはつたわりませんが血中糖濃度があがって脳はこれを知ります。迷走神経を切っても何も変わりません。即ち糖の情報は迷走神経経由ではないことになります。

アミノ酸の場合なぜ迷走神経が必要かというと血中アミノ酸濃度はいつも一定に保たれているため脳はその変化を知りえないために迷走神経での直接情報が必要になるからです。そしてなぜグルタミン酸が検出対象かというとそれが一般的に一番多いアミノ酸だからです。

グルタミン酸を過剰摂取しているとドーパミンのような習慣性がつくのではという疑問に関し調べてみました。甘いもの、油、アルコール、コカインは癖になるという習慣性がありますが、グルタミン酸、イノシン酸、グアニル酸、食塩にはそれがないことが証明されました。

消化管の運動にどのような影響があるか調べたところグルタミン酸は刺激することが分かりました。

満腹感にも影響を与え、グルタミン酸があると早く満腹感を持つことがわかりました。

質疑応答

質問:一時、グルタミン酸を取ると頭が悪くなるなどとマスコミにもてはやされた時代がありましたが、いまだにその名残はのこっていると思います。なぜあのようなことになったのでしょうか。

回答:ハツカネズミの脳はグルタミン酸で確かにこわれますが、その他の動物たとえばドブネズミもモルモットもサルも当然人間もグルタミン酸は脳に入れませんので問題ないのです。というより今日お話ししたように重要な役割を持っているわけです。同じ米国の学者が提唱した 「脳ではグルタミン酸が重要な役割を持っているので、グルタミン酸を多量に摂取すれば頭がよくなる」という説もありましたがこれもウソです。グルタミン酸はどんなに多量に摂取しても脳に入れません。真実はひとつだけです。マウスのような極端な実験結果を持ち上げて社会不安をあおる評論家を私はサイエンティフィック・テロリストと呼ぶのですが、まことに困ったことです。このような論を取り上げて金儲けをする「週間新潮」のような週刊誌もあるわけです。今日まかりこしたのもその誤解を解くためであります。

質問:高齢者に対するアドバイスをお願いします。

回答:高齢者はグルタミン酸合成能力が低下するのでサプリメントの助けが必要となります。ただ自分で自分をコントロールできるうちは高齢者ではない。食べたい時に食べるのがよいのであって、食べられるのは健康の証拠です。ガンなどで胃を摘出するときには神経はできるだけ残すように医者にたのむのがよろしいとおもいます。

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May 14, 2009

Rev. June 3, 2009


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