鎖大師とその周辺

鎌倉古道に江ノ島道、大師道、巡礼道がある。

深沢から県道を西に行くと手広交差点の手前、脇道角の植え込みのなかに江戸時代に建てられた「弘法大師千年」の供養碑がある。ここから南下する脇道が大師道である。

この大師道に沿って、内海家、和田家などの旧家が連なっている。萱葺きの家も手入れ良く残っている。手広交差点からこの旧道に平行して江ノ島に至る県道からは想像できない、閑静なところである。

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内海家の門

内海家を過ぎて右折し、県道を渡ればそこが鎖大師である。飯盛山青蓮寺(はんじょうざんしょうれんじ)という。 高野山真言宗の寺で関東八十八ヶ所霊場の第五十九番である。 弘法大師が開山でかって30近い末寺があり、江ノ島の寺もここの末寺だったという。この辺で一番古い寺である。地下室形式の永代供養や水子供養などの住職の積極経営で寺は繁栄している。

県道建設により境内が狭くなってしまったようだが、伝承では弘仁10年(819年)弘法大師がここに17日間滞在して、護摩の修法を行ったとされる。本尊の弘法大師坐像膝に鎖を使っているので、鎖大師といわれる。鎌倉時代中期の写実的彫刻で国の重要文化財に指定されている。

青蓮寺に右折せず、大師道をそのまま直進すれば道は急坂になり、谷戸坂(やとざか)の切通しに入る。県道の切り通しが出来るまではここが鎌倉山や津に抜ける唯一の道だったという。(2002年には崖崩れの危険ありとのことで通行止めとなっている)

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谷戸坂の切通し

切り通しを出てすぐ左折し、すぐ左に入る山道を登ると畑を遠回りする山すその路傍には庚申塔がある。

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庚申塔

この庚申塔を過ぎるとやがて山中に取り残された広い畑に出る。4軒の農家が耕作を続けているという。時は2月上旬で畑のなかに梅の花が咲きまさに桃源郷である。この桃源郷も世代が変われば宅地になってしまうだろう。

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桃源郷 (2002/2/6撮影)

この山すその道を上り詰めれば、鎌倉山の西の外れの住宅地にはいり、近くには鎌倉画廊がある。

Rev. January 21, 2008


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